132・とあるティーハウスで 2
「まずは謝罪を。隣国に行ったと聞いた。迷惑をかけてすまない」
まず謝られて驚いた僕らは顔を見合わせた。
どうやらやはり隣国の魔力暴走事件は“古の魔族”の仕業だったようだ。
「君は確か、アステロイド伯爵家の…」
「ああ、レグルス・アステロイドだ」
アトリアの言葉にレグルスは頷いた。僕はユピテルにちらっと視線を配る。
「とりあえず、席に着きなよ、ユピテル、椅子を」
「はい」
ユピテルが空いている椅子を引いてレグルスを座らせる。
レグルスは躊躇っていたが、促すと素直に座ってくれた。
「それで…ええと、どうしてここが?」
「すみません。私の独断でお呼びしたのです。カフに連れてこさせました」
僕の質問にレグルスではなくユピテルが答えて頭を下げた。
「ユピテルが?」
ユピテルのことだから何か考えがあるのだろう。
元々は学園で僕から接触する予定だったのはちょっと早まったくらいなので別に問題はない。
ここに来たと言うことは僕らの作戦に同意しているということだろう。
「だいたいのことは説明してあります。レグルス様は作戦の要になるでしょう」
「…、聖女を、救ってくれると聞いた。このままでは破滅の一途だからと。だから話を聞いてみたくて来た」
レグルスは少し俯く。聖女が心配、と顔に書いてある。
魔族、しかも“古の魔族”の血が半分あるので魅了は全く効いていないはずだが、彼女のことが好きみたいだ。
「…聖女を救いたいの?」
「そうだ」
レグルスは僕の質問に迷いなく答えた。じっと僕を見据える目は真っ直ぐで真剣なものだった。
レグルスは間違いなく、一点の濁りもなく本気だろう。
「…それはどうしてだい?」
「…、俺にとって彼女が大切な人だから…」
やっぱり。どうゆうわけか結構聖女が好きらしい。
好きになる要素あった?とは思うけれど、まあそこは人それぞれだよね
「とりあえず、聖女が古の魔族に狙われたりしないよう手を打ちたいとは思ってるんだ。彼女の本意ではないかもしれないけど…」
国外追放みたいな形になるからね。この世界では国から出ればわざわざ追われたりはしない。国外追放刑なんてのもあるくらいだし。
あれって周りの国からしたら迷惑だよね。
「…、隣国に逃すとは聞いた。俺は何をすればいい」
「とりあえず聖女を隣国に逃す手伝いと、魔族の動向を知りたい」
「…、いつ、作戦を決行するか、とかか?」
レグルスがそう言ったので僕は頷く。
「そうなるね」
「分かった」
わりとあっさり了承する。カフとの間にどんな会話がなされたのは分からないが、レグルスが納得いくように説得してくれたんだろうか。
「とりあえず今考えている作戦を詳しく説明するからよく聞いて」
僕はそう言うと、昨日ユピテルと話したことと先程話したことを交えてレグルスに話した。
レグルスは頷きながら真剣に聞いている。
「……、そうだな、聖女では無くなるとも、今この国に居るよりはいいだろう」
「まず魅了が解けた王太子がどうするか分からないからね」
処刑するなんて、王太子が言い出さずとも周りや陛下はどうだろうか。
王族なんか意外に貴族の意見に押されがちだ。
「魅了が解けても彼女に惚れていたら?」
「可能性は少ないとは思うけど…」
「分からないだろう」
まあ確かに完全にないとは言えない。でもイザールから聞いた話によると相当やばい感じに惚れてるみたいだし、極端さを見ても魅了のせいだと思う。
「……、まあ無理矢理作戦を決行して、ミラを聖女にして、引き離すしかないかな…」
「…、聖女…アンカが出国を嫌がった場合は?」
「聖女が出国を拒否した場合は無理矢理連れて行くしかなくなる」
「まあそれも仕方ないだろう。…俺は彼女が生きてさえいればいい。だからエルナトに協力した。ただ、もっとマシな方法があると聞いて…、だからきた。魔族の思い通りにするのも本当は癪だしな」
意外と淡々としていると思えば、そういう考えがあったのか。
レグルス曰く、生きてさえいればなんとかなるもんだ、らしい。
「古の魔族は嫌いだから、そのうち滅ぼすつもりだ」
レグルスのその根底にある古の魔族を滅ぼすという考えはゲームと一緒だ。どうやるつもりなんだろ。
まあ続編でもできてなかったけどね。
完全復活までは時間があったからかもしれない。
「…、いずれ何をしでかすか分からない」
レグルスが視線を落とす。嫌なことでも思い出したような顔だ。
「まあそれは確かにね…?」
今回学園に乗り込んでくるだろう、古の魔族は皆、レグルスのような古の魔族が普通の魔族に産ませたハーフの子供たちだ。
じつは古の魔族自体を憎んでる子や、生きるためにやむを得ずやっている子も少なくはない。
聖女の説得がゲームで容易だったのもそこに原因かある。まあつまりゲームでも根本は解決してない。
「古の魔族たちが自分で動かないのは…」
「やはり万全ではないからだ。またやられたら次までが長くなるところが次こそ消滅する。完全に回復したいんだろう。でも聖女や王族は憎いからこうしてできる限りの嫌がらせをしているんだ」
めっちゃ迷惑だなあ…。
「ちなみにどれくらい回復してる感じ?」
「まあ次の星蝕には万全…くらいだろうな」
と、なると五百年後くらいかな。古の魔族が受けた傷は相当深いものなのだろう。
ってか、レグルスは星蝕について知っているのか。
古の魔族の知識?
「とこでタラッタ王国の事件についてだけど、君たちがやったってことだよね?」
そこでアトリアが口を挟んだ。レグルスはアトリアのほうにゆっくり向いた。
「…俺はプラネテスを出てないから直接は関わってないせいで細かくは分からない。エルナトがやったんだろうということは確かだ」
「手口の詳細とかはわかるかい?」
「…魔族には魔石を飲ませて操る。人間の頭にはこれを埋め込ませた」
アトリアの言葉にレグルスがポケットから出したのは小さなビースのような玉だ。黒くきらきらと光っている。
僕が手を伸ばそうとするとレグルスが止めた。
「人間には害だから触るな。魔族の魔力を凝縮した小さな魔石だ。…頭に埋め込むと魔族の魔力で魔力暴走を起こす」
僕は黒い玉をじっと見つめた。確かに黒いオーラが出ている。触るとダメなのか?そういえば、魔獣から出た魔石を触った時は平気だった気がする。
ひとつ手に取ってみると黒い小さな石がすぐに透明になった。
それをみてレグルスやアトリアたち、ユピテルも目を丸くした。
「これは…」
「まさか浄化したのですか」
ユピテルが思わずといった様子でそう言った。僕も無意識だったので何をしたのかわからない。
透明なった玉をみんなじゅうが見つめている。
「え、あ、浄化…?」
「浄化スキルはどうやらやはり魔族の魔力にも効くようですね」
ユピテルがすっと僕の手の上の玉を手に取る。水晶のように、きらきらと光を反射している。
というか、やはりとは?ある程度の推測はしていたのだろうか?
「つまり、人間にとって毒なら魔力すら浄化できるということです。そして…人間に害がある部分を除いて魔力だけ残っているようです」
「…もしかして、浄化スキルで魔力の暴走止められたりする?」
「…可能性はあります。魔力暴走を起こすのは毒の部分。残った少量の魔力は害はないでしょう」
魔力の暴走をした人間を止めるにはどうするか、は課題のひとつではあったけれど…。
実はゲーム中でも死人が出てしまっていた。聖女が正気を取り戻せたのは攻略対象だけだから。
誰も犠牲を出さずに解決する糸口が少しずつ見えて来た。




