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130・夏休み最終日2

ヴェラから解放されたユピテルがヴェラの作ったお菓子を持って戻ってきた。

その後に今後の話になると、だいぶ状況が変わってるので参考にならないかもしれないが、と前置きをしつつ、シャウラと“古の魔族”がしようとしていることについて話していた。


ゲームの“古の魔族”たちは王族を狙って攻撃をしてきたのだが、その過程で学園自体を襲ってきた。もちろんまずは王太子であるアルファルドを狙って。

何故か正気を失った魔族たちを引き連れてやってきた“古の魔族”たちはあらかじめ仕込んでおいた“精霊に愛されし者”の魔力暴走を同時に引き起こして学園を混乱に陥れた。

で、ここからが乙女ゲーム設定なのだが、同じように魔力暴走してしまった攻略対象を聖女が愛の力で正気に戻し、攻略対象と協力しながら光の力で“古の魔族”を撃退、魔族の正気も取り戻させた。

そして“古の魔族”を優しさと勇気を持って説得したのだ。


こうしてゲームのあらすじを考えると、隣国で起きたことは確かに実験なのだろうと予測できる。

何故か正気を失った魔族、とされていたのは今思えば操られた魔族のことだったんだろう。


そこまで話すと、ユピテルはぽつりとこう言った。


「精霊には未来視ができる者も居るそうです」


「未来視…?」


ユピテルの話によるとこの世界には予知(つまり予言)と未来視というものがあるらしい。

でも人間ができるのは予知だけで未来視は神に近い存在しかできないので伝説上の能力となる。

予知は近い未来を知覚することで必ず起こりうることがわかる能力、未来視は数多の起こりうる未来を視るという能力で様々な干渉によって変わる未来がわかる。


「リギル様の元の世界にあった予言書のようなものなのですが、精霊が干渉して創ったものではないでしょうか」


「えっ?」


「精霊の“精霊眼”の“精霊に愛されし者”に対しての愛は本物と言いますか…、むしろ、他の何を犠牲にしてでも守りたい存在なのではと、私は思うのです」


ユピテルが言いたいことはこうだった。


未来視で転生者は決まっていて、その転生者の未来もある程度分かっていた。

その中で主人公に立場を置かれているヴェラとアンカや脇役でも登場したシャウラの未来が特に不安定で不幸が多かったのではないだろうかと。

複数の未来が予言書にあるのもその関係かもしれない。

わざと前世で干渉し、予言書ゲームで知識を植え付け、記憶を残した。ヴェラは手に取らなかったので僕も一緒に転生させた。

故にゲームにないような“ギフト”を持っていたり、ギフトでなくても特殊なスキルがあったりする。


「まあ、想像でしかありませんがね。ミラ様に確認して頂くのが正確でしょう」


「…精霊ってそんなに異世界に干渉できるもん?」


「上位の精霊、特に精霊王レベルともなればほとんど神ですから普段から多少の異世界への干渉ができてもおかしくはありません」


この世界では勇者の逸話から精霊を特に信仰している。世界を形作った神が居ないわけではないが、より精霊のほうが身近で直接人間を助けてくれた存在だからだ。

この国の教会だって精霊と精霊を作った神を信仰するものだ。ちなみに精霊を作った神は人間を作った神と一緒だとされている。


「でもミラは予言書では精霊眼では無かったって言っていましたわ」


シャウラが首を傾げながらそう言った。

シャウラの言う通り、ゲームでもミラは精霊眼でもなんでもない主人公のサポートキャラクターだった。


「保険、かもしれませんね。事情を知り、ギフトを持ち、状況を変えられる人間は多いほど良いとは思いませんか?鑑定のギフトを持ったハダル様が都合良く居る時点で仕組まれた感じはしますし」


「まあ確かに都合は良いよね…」


そもそも鑑定のギフト持ちが居なければギフトの詳細は分からないし、下手したら使い方すら分からない。

まあ結局は予測でしかないので真実は精霊のみぞ知るってやつだ。


精霊ならアンカの逆ハーも予測出来なかった訳はないとは思うんだけど、それはアンカが無事なら攻略対象ほかはどうでもいいってことかもしれない。


「特にヴェラ様は悪い結末しかなかったんですよね?ですから余計に身近にリギル様が転生する必要があったのではないでしょうか…」


僕はユピテルの言葉にうーんと唸った。

ヴェラがどうやっても悪い結末に行くというのなら、元凶の一人であるリギルに前世で一番ヴェラを大切にしていた人間を据える、というのも確かにあるかも…。

リギルだから折れたフラグはたくさんある。関係ないモブ貴族とかだったらここまでの干渉は難しい。


「とりあえず、夏休み明けたら一旦またみんなで相談しないとね…」


「それが宜しいかと思います」


なんか情報過多だし整理もしておかないとなぁ。


ふうとため息を吐いてお菓子を一つ口に運ぶ。ユピテルが持ってきたヴェラのお菓子、今日は小さな焼きドーナツだ。


「あ、美味しい……」


顔を綻ばせる僕を見て、シャウラが微笑ましそうに笑った。

シャウラもひとつドーナツを手に取る。


「ヴェラ様、どんどんお菓子作りが上手になりますわね」


そしてそう言ってから口にドーナツを運んだ。ぱくりと口に入れるともぐもぐ嬉しそうに食べている姿がかわいい。


「お菓子作りにハマっているご様子ですね」


ユピテルはそう言いながらお茶のお代わりを淹れてくれている。

ヴェラのお菓子作りに一番付き合わされてるのは多分ユピテルだもんね。


まあ僕もこうやってヴェラの作ったお菓子の処理を任されているのである意味手伝っているようなもんだ。ヴェラの成長を感じられて役得。


「ミラにレシピを貰ったとか…」


「ああ、そうみたい。すごい丁寧に書かれてたよ」


見して貰ったけど結構細かいだけじゃなく、前世でしか見なかったようなお菓子のレシピまであった。

ミラってかなり記憶力が良いんじゃ無いだろうか?


「私も頼んでみようかしら」


シャウラがそう言いながらちらっと僕を見る。上目遣いでかわいい。


「いいと思うよ」


僕がそう言うと、シャウラがクスッと笑って、何故かユピテルが呆れている。

これだからリギル様は…とか言っている。なんだよ。

むっとしながらユピテルを見ると、ユピテルがこっそり僕に耳打ちした。


「作ったら食べて欲しいという意味です」


「えっ?あっ…!?」


なるほど…!?それであのかわいい上目遣いか…!


「あ、その、作ったら僕も食べたいな」


慌ててそう言った僕にシャウラはくすくすと笑う。

まあやりとりはまるっきり見られているからね…。恥ずかしい。


「もちろん、リギル様に一番に食べて欲しいですわ」


シャウラがそう言いながら僕に笑いかけてくれた。


控えめに言って女神。


不甲斐ないのでもう少し乙女心について勉強した方が良さそうだ。

今日は難しい話はもうやめにしようか、とシャウラにそう言って、そのあとは穏やかな時間だけが流れた。


明日になればまた忙しくなるだろう。



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