129・夏休み最終日
「アリオト侯爵ですか、確かにいい話は聞きませんわね」
シャウラは優雅にミルクティーを飲みながらそう言った。
夏休み最終日、僕はシャウラを呼び出していた。すっかり忘れていた聖女の件を伝えるためや、今後の相談のためだったりする。
ユピテルはまたヴェラに連れ出されたので二人きりだ。
「アリオト侯爵子息って関わったことある?」
「あまりお見かけしたことはないですわね…」
まあシャウラも社交界デビューはしてないしそりゃそうか。
ちなみにだいたいの貴族は学園卒業してから社交界にデビューする。社交界のマナーを学び、慣れる…そのための学園でもあるし。
「三男がヴェラに話しかけてきたらしくて」
「まあ、ヴェラ様可愛らしいですものね」
シャウラがふふっと笑うので僕は頰を膨らませた。
僕にとっては本当に重大な問題なのに。
「まあアリオト侯爵の噂がなんであれ、子供には関係ないことですわ。そうでしょう?」
「まあ、そりゃそうだけど…」
エリス公爵だって決していい人間とは言えない。アリオト侯爵の何倍も上手くやっていて評判…外面はいいけど僕の父様や身近な人間からしたら傲慢にしか見えない。
けれど娘のシャウラも息子のアトリアも優しくて聡明なんだから、親がやな奴だからって子供もそうとは限らない。
だからアリオト侯爵子息だっていいやつかもしれない。
「いいやつでもヴェラに近づくならやだもん」
ついそう口にするとシャウラがまたクスッと笑った。
「ヴェラ様のお婿さんになる方は大変ですわね」
まあ、確かに、誰がヴェラの恋人になっても許せる気は全くしないけど。
せめてアトリアみたいな…、まあアトリアにはミラがいるんだけれど……。
せめて僕より強くてヴェラを大切にしていて顔面偏差値も高い方がいいな…、それから頭も良くて仕事が出来て……、
「ユピテル様くらいでは?」
それをシャウラに話すとシャウラがそう言った。
「えっ、ユピテルかあ……」
ユピテルは確かに優秀だし顔も良いしヴェラを大切にしてはくれているけど。
シャウラは知らないけど竜だし年齢的にもどうなんだろう。最近は特に仲良しだけど兄妹って感じ。
以前ならユピテルは絶対駄目だと言っていたけど、今はそんな拒絶感はない。とはいえちょっとやだけど。
「…、年齢が離れすぎてるしね」
「まあ、それはそうですわね…。恋愛って感じではないですかね…」
シャウラは僕の言葉に納得したようだった。
貴族の政略結婚なら全くない話というわけでもないのだけれど、ヴェラは政略結婚なんかする必要は全くないしね。
「まあきっとまだ先の話ですわ」
「とはいえ、あと三年もすればない話ではないんだけどね…」
貴族の結婚や婚約は一般国民より早い。僕とシャウラのように。
まあよく幼い頃から許嫁が…なんていう設定があるけど、この世界のこの国においては自由恋愛が重んじられるのでそんなことは少ないけど。
王太子の婚約者だって候補がたくさんいつつ、正式な婚約は成されてなかったのだから。
今から考えても仕方ないのは確かなんだけどね。
性格が悪かったりするような問題がある相手ならヴェラが好きになるわけがないし。
「…、婚約、といえば、聖女に婚約を申し込まれて」
話の流れでぽつりと僕は言った。本当はもっと早く…正確にはデートのとき話したかったけど、楽しくて聖女のことなんかすっかり忘れてしまっていた。
「え、聞いてないですけれど」
「うん、今初めて話した。アトリアには言ったけど」
シャウラがむーっと頬を膨らませる。申し訳ないけれどすごく可愛い。
「断るつもりだし、シャウラと過ごすときは楽しくて聖女のことな忘れてたんだよ」
シャウラの顔が怒りから照れたような表情に変わる。照れと怒りが入り混じった複雑そうな顔をしていて、これもすごく可愛い。
くすりと笑うと「笑わないで下さいまし!」と怒られてしまった。
「…、聖女様はリギルが好きなんですか?」
ムスッとしたままシャウラが聞いてきたので僕は軽く首を横に振る。
正直言えば僕の想像でしかないけれど、聖女は転生者で今のところ同じ転生者は僕しか知らない。
家柄や見た目、それから唯一の前世を知ってる同士として一番妥当だと思ってるんじゃないだろうか。
「だからそういうんじゃないと思うよ」
僕が説明してもシャウラはどうも納得していない様子だった。
やっぱり心配症というか何というか。難しい顔をしている。
「聖女様に呼び出されたら、私も同席させて下さいまし」
「えっ、構わないけど…、ちゃんと断るよ?」
「リギルを信用してないわけではありませんわ。信用ならないのは聖女様のほう…、そ、それにやっぱりリギルが異性と二人きりなんて嫌です…」
シャウラがそう言いながら顔をふいと逸らした。なんこれめちゃくちゃKAWAIIすぎる。
ヤキモチ妬いてくれてるの???
「抱きしめてもいい?」
僕が真剣にそう言うとシャウラがふえっと声を上げる。
さらに顔を赤らめてあわあわしている。正直この姿だけで満足だし、ご飯三杯イケる。
シャウラをじっと見つめながら手を広げて見せると余計にあわあわしてしまった。
「……えう、す、少し、だけなら…」
許可貰っちゃったよ。まじか。いいのか。
許可を貰った以上遠慮する必要はない。僕は立ち上がると座っているシャウラの頭を包み込むように抱きしめた。
シャウラのつむじが鼻のあたりにくるような位置でいい香りがする。…って、変態か僕。
しばらくぎゅーっと抱きしめていると、シャウラからか細く「あの、…もう……」と声が聞こえたので大人しく離した。
真っ赤な顔を両手で覆い隠しているけど耳まで真っ赤で完成に隠せていない。
「シャウラ可愛い」
僕がそう言うと、無言で脇腹のあたりを叩かれた。ぺちという感じで全然痛くなくて可愛い。
僕は席に戻るとしばらくシャウラを見つめていたが、落ち着くまで会話してくれなかった。
まあ見てるだけで楽しいからいいけどね…!
誤字報告等ありがとうございます!




