???? とある路地裏
「ねえ、なんであの聖女に拘るの?」
うるさい。
「分かっているだろ、あの聖女の言葉は全部偽りだって」
うるさいうるさい。
「君のことなんかどう見ても眼中にないじゃないか」
うるさいうるさいうるさいうるさい!!!
「あーぁ、馬鹿なやつ」
…うるさい。
エルナトは何も分かっていない。俺にとって彼女の存在がどれだけの救いになったかなんて。
俺のことを理解して優しく話を聞いてくれた。
眼中にない?そんなのわかっている。それでも彼女が幸せになれるなら、俺はそれでいい。
「本当に?」
本当に。
だから彼女には絶対手を出すな。彼女に危害が及ぶことは絶対にするな。
「でも分かってる?レグルス。僕らが殺したいのは彼女の恋人の一族だぜ」
分かっている。
「お前恨まれるかもよ?可哀想に。あはは、もしかして恋人が居なくなって傷心の彼女なら手籠にできるとかそういうやつか?」
違う。
彼女が多少傷ついても、生きてさえいればいい。
「一緒に死んだ方が幸せかもね。だってどうせ聖女も殺せって命令されてるのに。僕の優しさに感謝しなよ。聖女は上手く逃がしてやるからさ」
…、彼女は絶対に殺させない。何を引き換えにしても。
エルナトだって利用するだけ利用してやる。
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・
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「私を殺しなさい。生き延びるのよ。生きてさえいれば、いつか、幸せに」
母のいつかの言葉を思い出していた。
そうだ、生きてさえいれば、彼女はいつか幸せになれる。
不器用な俺と違ってきっと。
エルナトとの“作戦会議”は週に一度、バラバラの場所と時間で行われる、この前は酒場、その前はカジノ、今回は路地裏の怪しい店。
おおよそ貴族の来る場所ではないので万が一でも知り合いに見つかることはない。
まあそもそも防音魔法や認識阻害魔法をかけているのだが。
店のあった路地裏をゆっくり歩きながら空を見上げた。空に瞬く星は精霊の本体らしい。
精霊なんて嫌いだ。忌々しい。
「…貴方は聖女様を好いておられるのですか?レグルス様」
声に思わず振り向くと、澄んだ藍色の眼が俺を見ていた。真っ黒な闇に溶け込むようなロングコートの少年だった。
フードが邪魔なせいで、少年は片目しか見えてないが少年と判断したのは声と背丈だ。
何故聖女のことを?何故こんな子供がここにいる?何故俺の名を知っている?
疑問は沢山生まれたが、少年の雰囲気は有無を言わせないような、圧倒的なものだった。
それに話しかけられる直前まで気配を全く感じなかった。
本能と言うべきか、直感と言うべきか、逃げた方がいいとそう感じたが、何故か俺は立ち止まっていた。
そして、しばしの間、沈黙が流れる。
「…貴方が悪に手を染めずとも、殺したくもない王族を殺さずとも、聖女様を救う手立てはありますよ」
沈黙を破ったのは少年だ。少年は微笑みながら俺に手を伸ばした。
光る藍色の瞳に嘘を吐いているような様子は見えないような気がした。
突然現れた名も知らない怪しげな少年。
しかも、俺にとって良い条件を提示している。
ただの幻覚かもしれない。誰かの罠かもしれない。でもエルナトに協力し続けるよりは…。
………気がつけば俺は彼の手を取っていた。




