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125・パウンドケーキ

「あっ、ユピテル、そっちは強力粉よ!こっちの薄力粉を使うの!あっ、それは粉砂糖!」


「ええ?粉は粉じゃないですか……、ところで何故強い粉の反対が弱い粉じゃなくて薄い粉なんです?」


「…、なにしてんの?」


シャウラとのデートを終え、帰ってきたらユピテルが見当たらないので他の使用人に聞いたところ厨房にいるというので行ってみたら、ヴェラとユピテルがあーでもないこーでもないとモメながら何やらしている。

僕は厨房を覗くと二人に声を掛けた。


「お菓子作り!!」


ヴェラがぱあっと花が咲くような満開の笑顔でそう言った。

二人とも良く見たらエプロンをしてるけど、ユピテルめちゃくちゃ似合わない。


「二人で?」


「いえ、ヴェラ様がレシピを見て一人で作りたいと仰るので暇ですし、見守り兼お手伝いを…」


「でもユピテルお手伝いにならないわ」


ヴェラがぷくーっと頬を膨らませた。ユピテルが僕にこそっと「紅茶など飲料品はともかく、自分が食べない食品はどれがなんだか分からないのです。」と言う。なるほど。


「お兄様一緒に作らない?」


「え?僕が?」


料理は全くやったことが無いわけではないけど前世以来だ。

ヴェラは食後のデザートなのとにっこり笑う。


「何を作るんだい?」


「パウンドケーキよ、お兄様材料出すの手伝って」


「いいけど手を洗ってくるよ」


「うん!ユピテルは味見係!座ってて!」


ビシッとヴェラがユピテルを指さす。

ユピテルはえっ、あ、はい、とヴェラの勢いに押し負けて厨房の隅の椅子に座った。邪竜形なしである。





「出来たー!!!」


ヴェラが焼き上がったパウンドケーキを見て嬉しそうに飛び上がった。

プレーン、バナナ入り、チョコレートと三種類のパウンドケーキだ。

僕は本当に材料を量るのを手伝ったり、必要な材料を持ってきたりとかだったりあまり大したことはしてなくて、ほとんどヴェラ一人で作り上げた。


ヴェラが参考にしたというレシピはミラが書いて冊子にしてくれたらしい。

ご丁寧にイラスト入りで分かりやすい。

てか絵がめちゃくちゃに上手い。絶対前世で同人誌とか描いてたでしょ。

今度問い詰めてやろう。


「ほら!ユピテル味見!」


ヴェラがユピテルの腕を引っ張って出来たてのパウンドケーキの前に連れてくる。ユピテルは味見ではなく毒見ですが…とこの期に及んでひねくれたことを言っている。

最近ユピテルはヴェラの作ったお菓子なら食べるのでそれを見てヴェラも張り切ってお菓子を作っているみたいだ。

ユピテルが普段何か食べるところを誰も見ないから周りのみんなが大丈夫なのか心配しているからヴェラのお菓子作りをみんなが手伝う。

まあ不老不死の竜だから食事が必要無いだけなんだけど。

でも、そう考えるとユピテルって割と使用人たちに信頼されてるし、慕われてるんだよなあ。


ユピテルがチョコレートのパウンドケーキを一きれ手に取って口にする。

それを見て満足そうなヴェラが可愛い。


「美味しい?ユピテル」


「…、ええ、美味しゅうございますよ」


ユピテルは本当に美味しいと思ってるのかよくわからない表情で食べながらそう言った。

でもぱくぱくと食べているので美味しいは美味しいらしい。


「お兄様もちょっと味見しない?」


「え、食後のデザートでしょ」


「焼き立てよ」


ヴェラがじっと僕の目を覗き込んでくる。

ウゥッ、僕の妹まじでめちゃくちゃ可愛い。


「じゃあ、少しだけ」


僕がそう言うとヴェラは嬉しそうに笑ってフォークでパウンドケーキを一口ぶん切って刺した。僕の側までそれを近づけてくる。

まさか、と思っていると、


「お兄様、あーん♡」


やっぱりまさかだった。


「ヴ、ヴェラ?」


僕が困惑してくるとヴェラはニッコリ笑顔のまま、無邪気な視線を僕に送ってくる。

是が非でも譲らないという意思を感じるので、僕が折れるしかなさそうだ。


ええい!ままよ!


僕がぱくっとそれを食べると、ヴェラは次をどんどん持ってくる。妹に餌付けされてる。

ユピテルがじーっと見ているので恥ずかしかったがなんとか一切れ食べ終わった。


「んん…美味しいよ、ヴェラ」


「えへへ!!良かったぁ!」


うーん、この笑顔プライスレス…!


ヴェラが嬉しいなら僕の恥ずかしさなどどうでもいいのだ。

本当に可愛いすぎてどうにかなっちゃいそう。


「ご兄妹、仲が宜しくて大変結構です」


ユピテルか見たこともない優しい笑顔と生暖かい視線を向けてくる。まじでやめろ。僕はコホンと咳払いをした。


パウンドケーキは父様と母様にも出してあげるらしく、それぞれの味を一切れずつ綺麗にお皿に盛りつけた。残ったのは切って袋詰めしている。

デザートを出す前に仕上げに乗せる為に生クリームも作っておく。

母様は元からスイーツ好きな女子だし、父様も実はお酒が苦手な甘党なので二人とも喜ぶに違いない。


ヴェラと一緒に盛り付けを終わらせてから、少し遠くで見守っていたユピテルをちらっと見ると何やら自分の手のひらを見つめながら手を閉じたり開いたりしていた。


「ユピテル、何してるの?」


ユピテルの肩がぴくりと揺れる。ユピテルはそっと閉じた手を下に下ろすと僕ににっこり笑った。


「…、いえ、何でもありません」


なんか様子がおかしいというか、どうしたんだろう。


「……、具合でも悪い?」


なんとなく今日観た劇のことを思い出してしまった。

あとでそれとなく内容を話してユピテルに聞いてみようか。


もしあれが事実を含むなら、今もしかしてどっか痛かったのかもしれない。


「すこぶる快調ですよ」


そう言うユピテルは確かに具合が悪そうには見えない。でもそもそも誤魔化しも嘘も上手な男なのであんまり信用はできないんだよな。

一応具合が悪いならちゃんと言うことと言い含めて

おいたが、はいはいと流されてしまった。


ユピテルって意外と…いや、結構自分に対して無頓着だ。

どうせ死なないからいいだろうという驕りがあるのかもしれないけど、死なないからこそ辛いこともあるだろうに。


お互いの秘密を打ち明け合った僕らだけど、まだ完全に気安い仲とは言えないらしい。そもそも主従という壁があるから仕方ないけど。

僕ももう少しユピテルに信用して貰えるように頑張らなきゃいけないみたいだ。








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