124・奇跡のような出会い
実は「竜と亡国のお姫様」はだいぶ有名な作品で昔からあるし何度も改稿されながら長く愛されて読まれている作品だ。
演劇になるのも一度や二度ではなく、様々な国で色々な劇団が劇にしているほどである。
何が言いたいのかと言うと、つまり今日のデートの観劇作品は「竜と亡国のお姫様」なのだ。
シャウラにヴェラに借りて読んだという話をしたら、そしたら次のデートは観劇に行きましょうと提案された。
取っておいたボックス席に着いたら、開演を待つ間、シャウラと小説について話をしている。
ちなみにユピテルは留守番。つまり置いてきた。
遠くにいても意外と大丈夫…つまり僕の危機はわかるし、すぐ来れるらしく、今日は試しにユピテルなしで来てみたのだ。
魔獣に襲われたときも実はこっそり監視していた訳ではなく、勘づいて駆けつけたらしい。
急にビビッときて駆けつけましたと言うと妙だからこっそり着いてきた体だったとか。
にしてもさすが邪竜…いや、竜である。
「今日の劇は初版の小説が元みたいですわ」
「初版?」
「ええ。最初のお話しです。結末が少し違うんですのよ」
楽しみにしててくださいね、とシャウラがウインクした。かわいいが過ぎる。
原本の結末が違うという話はユピテルから聞いたけど、初版って原本のこと?もしかしてそれに近い話?
でも、ユピテル曰く、原本は日記みたいだし、それがそのまま出回ることはないだろうから誰かが日記を小説にした、最初のそれ、だろうか。
さすが物語ということで全部が事実ではないらしいから、日記に創作を織り交ぜた最初の初版かな。
「初版の結末が変えられたのは…」
「ハッピーエンド否か、人によって分かれるからだと思いますわ。永遠に二人で幸せに暮らしました、の方が物語的にはハッピーエンドでしょう」
つまりやっぱり結末は姫の後を竜が追う、みたいな感じになるんだろうか。
「シャウラは初版?読んだことあるの?」
「ありますわ。ウチの書庫にあったんですの。今は珍しいから今度お貸ししますわね」
シャウラが嬉しそうに「本の貸し借りとかしてみたかったんですの」なんて言うもんだから可愛いくて、僕もおすすめの本を貸すという約束をした。
昔はノベルゲーもライトノベルも大好きだったし、リギルになってからも色々読んでるからおすすめしたい本は結構ある。
「まあ、始まりますわ」
会場が徐々に暗くなり、幕が上がる。しかし、さすがVIP席、すごく見やすい。
小さい頃来たとき…つまりリオに会った時だけど、あの時はボックス席は利用しなかった。
隣に他人がいるという状況がないのはストレスなくてゆっくり観られそうだ。
☆
「っやっぱり切ないですわ……、劇になると一味違いますわね……」
「息子が永遠の命を父親の代わりに請け負うかあ…」
シャウラが感動して少し涙ぐんでいる。劇はユピテルから聞いた話に限りなく近かった。
母親が亡くなって苦しむ父親を見て、息子である竜と人間の間の子が父親と自分の心臓を取り替えて父親の身代わりになった。
息子がその後どうなったのかなど説明がなく、その息子の今後を考えるとハッピーエンドか否かと意見が分かれるのはわかる気がする。
まあ本人は僕んちで元気に執事やってるわけですが。
「最後の方、息子は苦しそうにしていたけど…」
「ああ、文の説明がなく演技だけでは分かりづらいですわよね。息子の竜は半分は人間なので、父親の竜の魔力があまり身体に合わなかったんです。とはいえ、もう半分は竜なので死ぬことはないですが、痛みや苦しみを感じる…という設定みたいですわ」
「痛みや苦しみを感じる…?」
アレはユピテルの父親の日記にユピテルがその後のことを少し付けたしたもので、実話が元になっている。
そう考えると日記を元に小説を書いた人が付け足した設定ってことも考えられるけど、わざわざ必要かな…?
もしかして、これは実話のほう?まさかユピテルは今でも身体に痛みを…?
考えてみて少しだけゾッとした。いくら死なないとはいえ、いや、死なないからこそ、痛みをずっと感じ続けるなんて気が狂ってしまいそうだ。
「詳しくは本を貸すので読んでくださいまし」
シャウラの言葉にハッとした。少し生返事気味にうんと答えてしまった。
いかんいかん、今はデートなんだからしっかりしなくちゃ。
「どこかでランチにしようか」
「!…はい!」
僕がシャウラの手をぎゅっと握るとシャウラは手を握り返してすごく嬉しそうに笑った。
こう、なんていうか、その、ほんと、好き。
劇場を出てシャウラをエスコートしながら馬車に再び乗る。
これから向かうのは予約していたレストランだ。
「リギル様はあのお話はハッピーエンドだと思われますか?」
「ええ?うん、どうかな…、姫や竜が死んだことは自然の摂理だからバッドエンドではないけど…、竜の息子がどう思ってるか次第かなあ…、もし今も苦しみ続けているなら…」
「そうですわね…、あの続きはありませんから、竜の息子にも奇跡のような出会いがあればいいんですけど」
「奇跡のような出会い、かあ」
ユピテルにとって僕との出会いというのはどういうもので、どういう位置付けなんだろう?
お気に入りの本を見つけたから大切にするみたいな、そんな感じ?
劇の最後に竜の息子が言った、「物語はハッピーエンドでないと」という台詞を思い出していた。
この物語は意見は分かれますが、竜の息子にとってはハッピーエンドですという意味なんだろうか。
それとも、日記から台詞を取ったとしたらユピテルが日記にそう書いたということか。
物語はハッピーエンドないといけない、ユピテルがそう思っているなら、ユピテルにとって僕たちがお気に入りの物語なら、ここまで協力して良くしてくれるのは納得がいく。
「竜の息子にもハッピーエンドが訪れるといいんだけど」
シャウラはそうですわねと優しく笑った。
僕は“主人公の兄リギル”というところを除けば、取り柄というものがない。
ヴェラが居たから魔力が高いし、ヴェラが居たから浄化のスキルを間接的に使えるし、ヴェラの補助の為に記憶を持って転生したのかもしれない。
だからこそ、僕には願うことしかできない。
ユピテルが苦しんでるならその苦しみを取り除く、なんてこと出来なくて、傍観者でしかない。
精々必死にもがいて生きて、ハッピーエンドを見せて、ユピテルを楽しませることくらいか。
ユピテルを救える奇跡のような出会い。
永い永い、竜の生の中でいつかそんな出会いというのも訪れるんだろうか。




