122・ユピテルの考え
「もし、ミラ様を聖女に押し上げるなら、リギル様が懸念している点に関して私に手があります」
「え、手って?」
お互いの秘密を打ち明け合った次の日、とりあえず今後についてどうするかをユピテルと話し合っていた。
僕は状況整理の為に文を書いていた手を止めてユピテルを見る。
「アンカ様を上手く逃す…手です。あなた方が聖女の座の奪取に踏み切れないのは彼女が聖女の偽物とされてしまえば処刑の可能性があるからでは?」
「…まあね、それもある」
聖女を偽っただけじゃなく、邪悪なものとされる可能性もある。王族に魅了だって使ってるんだから。全てが公になればだけど…。まあそうなればどんなに重い罪になるか。
確かにユピテルの言う通り出来れば死んだりとかは嫌だからそれで踏み切れない部分がある。
全員ハッピーエンドとまではいかなくても、被害を最小限にして、不幸になる人を減らしたい。
「レグルス・アステロイド、彼を利用しましょう」
「え、レグルス?」
思わぬ名前が出てきたことに僕は目を丸くした。
いや、もちろん彼が古の魔族であることは話したし、ユピテルは気付いていたみたいだけど、ここで急に名前が出てくるのは予想外だった。
「…、実は私の弟…ああ、いえバレたのでもうぶっちゃけますが、弟ではなく眷属です。つまり家来、もしくは下僕」
「そこまで言う?」
その言いようはなんかちょっと可哀想だ。下僕て。
「冗談です。…まあとはいえ、私に仕える者であることは確かです。その片方のイザールから“古の魔族”の企みについて報告がありました」
「え」
つまり計画を何処かで聞いたってこと?ユピテルの諜報員たち優秀すぎる。
顔も見たことないイザールに心の中で称賛を送った。
「…ですがレグルス様は乗り気ではないようです。聖女…アンカ様を古の魔族から守る為に動いているように見える…だそうですよ」
つまり、やっぱりレグルスはアンカが好きってこと?
魔族に魅了って聞くの?とついでに聞いたら、効くわけないでしょうと切り捨てられた。効くわけないんだ。
そのへん曖昧だったのでハッキリしたのは良かった。
「……、聖女を守るためか…」
「ええ。そのようです。ですから彼と協力体制を敷くのです。一緒にアンカ様を守りますと。ついでにアンカ様はレグルス様に押し付けましょう」
「押し付けるて」
言い方よ。まあレグルスがアンカを好きなら…いや、恋は盲目だしな。本性を知ったらダメかもしれない。
そこは未来の二人次第だね。
「まあ、しばらくはカフも付けてあげますよ。最悪人間の寿命ぶんくらい何てことないでしょう」
カフちょっとかわいそう。聖女にずっと付き従うってことでしょ?
今でもなんか苦労が多そうなのに。
夜会で一度会ったきりだけど真面目そうな人…いや、魔族だった。
「…つまり国外逃亡させるんだね?」
「そうです。まあ…そもそもこのままでは王族に魅了をかけた件も穏便には済まないでしょう?少しずつ解くにしてもやはりキツイですよね?リギル様は毎日顔を合わせたりしませんし」
「…いや、まあ、そうなんだよね…」
正直言ってヴェラが王族に接触するのは無理だが僕が接触するのもなかなかに難しい。
一回会って解くくらいならなんてことはないが、何度も会いに行くとなると学年が違うし。
「ですからもういっそ思い切り犯罪者にして、レグルス様を使って国外逃亡させましょう。それが一番穏便です」
「そうかなあ…?そうかも?」
さすがにちょっと可哀想な気もするけど…、まあ逆ハーしようとして魅了かけまくったのは聖女だし、身から出た錆だ。
レグルスなら上手く彼女を隠せるだろうし、カフも付いてくなら身の安全は確かに大丈夫。
生きてりゃなんとかなるってばっちゃも言っていたし。あ、前世の近所のね。
「そして同じか少し早いタイミングでミラ様を聖女として押し上げれば教会もどうしていいか分からなくなり、アンカ様が犯罪者とされても一旦は抗議したりするのを辞めるでしょう。ミラ様のほうが本物となれば…まあ、残酷ですがアンカ様を捨て置くかと」
「…まあ、そうかもしれないね」
教会も教会で聖人揃いってわけでもない。
そもそも偽物の聖女を立てていたことがあるくらいだから。確かこれは以前ミラに聞いたことだ。
王城とグルで聖女が生まれない期間は聖女じゃない人間を聖女としていたって…。
聖女がもたらす経済効果ってすごいらしいから。
前準備として教会の人たちの魅了を解く必要もあるかもだけど。
代わりの聖女が居れば教会はアンカに拘る必要もない。
まあ実際は聖女はどっちもある意味本物なんだけどね?聖女は一人って固定概念があるみたいだからどちらかは偽物って事態には絶対になる。
「そして、丁度アトリア様とミラ様は恋仲のようですから、上手くエリス家にミラ様の後ろ盾になってもらいましょう。確実に本当の聖女がミラ様だと確信すれば教会との繋がりを求めてふたりの仲をエリス公爵も認めましょう。婚約が決まり聖女にもなれる…一石二鳥というやつです」
教会と繋がるってのはメリットがある。教会は独立した王城と同等の権力だから。
シャウラの婚約者が王子から僕に微妙にランクダウンしたので、教会とのコネはあのエリス公爵なら喜ぶだろうな。
「エリス家を筆頭にミラ様が本当の聖女だと主張させるのが良いでしょうね」
「なんか大丈夫かな…、エリス家の発言権が大きくなりすぎない…?」
「まあそこはリギル様もシャウラ様の婚約者ですし、ユレイナス家で上手く抑えるしかないですね」
なんかちょっと今後大変そう。早いとこアトリアに代替わりさせるプランも練らなきゃかな。
今のところは父様に負担をかけてしまうかも。
「んー…古の魔族の件はどうしようか?まずは交換条件でレグルスに居場所を吐かせる…?」
「そうですねえ…、協力していただければ動向や居場所も掴めますし、作戦内容も知れるはずです。交渉でレグルス様が急に抜ければ、戦力や作戦に穴が開くはずですし、本物の聖女が立てば混乱も起き、王族ではなくまずそちらを狙って動くかもしれませんね。殺しやすく民や国を混乱させられますから」
ユピテルが悪い笑みを浮かべた。
アッ、この顔はミラをおとりにする気だ!!!?
「狙ってきたら返り討ちにして魔族どもを消し炭にしましょう」
「え、いやぁ、せめて半殺しくらいで…?」
消し炭って……いや、元々魔族は死んだら核しか残らないんだけど…、つまり核すら消し炭に?えっ、怖すぎ…。
発想が鬼すぎる。ユピテルはまた冗談ですと笑ってるけど僕には分かる。許可したらやる気の本気の目をしている。
捕まえて大元も何とかしたいし、消し炭良くない。
「とりあえずはエルナト・メンカリナンが主犯格なのは確かです。ですが証拠もないので、現行犯で捕まえるため泳がせましょうということです。その為におとりになるのは仕方ないかと」
「…うん、まあ話し合ってみるよ」
アトリアは渋りそうだけどミラのほうはおとりでもなんでもするだろうな、とは思う。
将来的な推したちの幸せのために古の魔族は何とかしたいだろうし、僕だってシャウラやヴェラを守るために野放しにしたくはない。
レグルスの証言を取れれば穏便に捕まえることも出来るかもしれないけど、どうだろう…。
まあ…ユピテルの作戦は正直結構合理的というか、一番効率が良さそうではある。
現行犯逮捕が結局一番言い逃れできないんだよね。
でも僕の一存ではダメなのでアトリアやミラとちゃんと話し合って決めないと。
僕はユピテルと話した内容をしっかりと紙にメモをしていった。




