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120・竜と亡国のお姫様 下 (未改稿)

竜と人間の寿命は大幅に違っていた。

竜は永遠の時を生きるのに、人間は百年生きればよいほうで、竜からしたら短すぎる命だ。


「ああ、泣かないでアルク…、もっと生きられないなくてごめんなさい。でも私は幸せだったのよ」


しわがれた声、握ったシワシワの手、彼女が、スピカが精一杯生きたことはアルクトゥルスも十分理解ができた。理解はできたが感情はついていかない。


彼女はアルクトゥルスにとって世界で一番大切な人だからだ。

息子たちが二人の側を離れて独り立ちしていったときもこんな気持ちになどならなかったのに。


「…****、あとは…アルクを…お願いね…」


「…母上、そんなこと仰らないでください」


離れたところで二人を見守っていたのは二人の末子で、竜に一番近い性質に生まれた子供だった。

****なら、アルクトゥルスと長い時を一緒に過ごせるだろう。安心して後を任せられる。


「でも、私はもうきっと……」


「そんなこと言わないでくれッ…!!」


スピカはごめんなさいと言いながら苦笑いをする。

そんな姿にアルクトゥルスは胸が痛んだ。困らせたいわけではないのに、でも笑って見送るなんてアルクトゥルスには出来なかった。



「結局、我は彼女に何もしてやれなかったのだ」


「母上は父上と居て幸せだと、毎日言っておられましたよ」


母の墓の前で項垂れる父を見て、****はそう語りかけた。

母が父をどれだけ愛していたか、父が母をどれだけ大切にしていたか、****は知っていた。


「我も彼女と一緒に老いて、死にたかった。何故我は死なぬ竜なのだ、何故……」


輪廻転生を信じるならば、生まれ変わった母と再び出会うこともあろうとアルクトゥルスに言ったが、彼にとっては今のスピカだけが愛した人だと、そう****は言われてしまった。


「父上、ひとつだけ貴方も母上と一緒に、死ねる方法があると言ったらどう思いますか?」


「…なに?」


****は、アルクトゥルスがスピカが老いていくたびに、我も一緒の時を歩めたら、と言っていたのを覚えている。

いつか母が亡くなったとき、父はどうなってしまうのだろうと心配ばかりしていた。


だから、考えて考えて考えた。


魔族の魔法についても調べて学んだ、アルクトゥルスは魔法の力など嫌っていたが、****はそうでもなかった。

魔法を持って生まれて上手く利用している魔族たちの知識はアルクトゥルスよりずっと豊富なもので、調べるたびに****の知識欲は刺激された。

それにいつか父の力になれるかもしれないと。


「私に父上の魔力を全て移してしまってください。父上の動力源はその溢れて余りある魔力でしょう?父上の魔力を分たれた私とは比べ物にならない」


「そんなことが出来るのか…?しかし、出来たとて、お前は……」


「私は大丈夫です。人を愛する気持ちなど、分からないですから」


アルクトゥルスと****は違う。****は情こそあれど恋愛の気持ちなど全く分からない。

漠然と今後も絶対ないだろうと思っていた。父のように人を愛し永遠の命に絶望したりしない。

だから、****は、父上の代わりになろうと思ったのだった。だってそうすれば、アルクトゥルスの望みは叶うから。


魔族の魔法にはいくつか禁術と呼ばれた魔法があった。

効果が強すぎたり、リスクが高すぎたり、成功率が低かったり様々だが、その中で****がアルクトゥルスに提案したのは成功率の低いものだ。

だが、****は絶対的な自信があった。きっと自分なら大丈夫だと。


「魔法です。父上。魔法で魔力の源である、心臓を交換するんです」


魔力は心臓を核とし、血と共に体内を巡り、心臓で生成される。

臓器を移動する魔法は医療用に開発されたが、失敗リスクが高い上に魔族にはあまり必要ないことや、患者か提供者のどちらかが術者でないといけないことから廃止された禁術だった。


「私の寿命ぶん生きる必要はありますが、死ぬことくらいはできますよ」


「…、****…、わ、我、我は……」


****の姿が揺れる。スピカ譲りの美しい黒曜石のような黒髪に、スピカの面影がある綺麗な顔立ち、大切な二人の子である****。


「もう、いいのですよ、父上。これ以上苦しむ必要は無いです。解放されてください」


スピカによく似た彼にそう言われてみれば、


そうか、我はもう解放されても良いのか。彼女の元にいけるのか。


アルクトゥルスは、そうしたい、と思ってしまった。



「ッ……!!!」


椅子に手を掛けた拍子に椅子ごと転がして****は床に倒れた。

心臓がどくどくと跳ねて脳が熱い。


「……これが“本物の竜”の魔力」


脳が焼き切れそうで、身体が言うことを効かない、手足が痺れて力が入らない。

でも父が死ぬまではなんでもないようなフリをしないとならないと****は思っていた。

今更アルクトゥルスに遠慮させたり、心配をかけたり、心残りをさせたくなんてない。


人間の血が混じる****には、人間ほどではないとはいえ、アルクトゥルスの魔力は毒だったのだ。

しかし、毒とて耐性ができさえすれば慣れるだろう。それが何年、何百年かかるかなどわからないが。


…死ぬことはないから父に気にさせることではない。


「父上、お加減はいかがですか」


「…、身体は少し痛いが、気分が良い。彼女と同じように老いていけるとは」


すっかり老いたアルクトゥルスはベッドに寝たきりになっていたが、毎日穏やかな表情を浮かべていた。

スピカとの再会をまるで待ち侘びているようで、アルクトゥルスと****の心臓を取り替えたあの日から憑き物が落ちたように穏やかになった。

スピカを想って泣き腫らすことも、絶望に打ちひしがれた顔をすることも無くなっていた。


それだけでも****は、本当に良かったと思っていたのだ。


あのまま私が先に死んでいたら、この人は壊れていたでしょう。


壊れた竜が何をするかなんて分からない。無駄や苦しみや犠牲を生むなら****の苦しみなど大したものでは無いのだ。



アルクトゥルスの亡骸は竜の姿でしっかり残った。

死んだら核を残して消える魔族とは、魔力という動力源は同じでも全く違う生き物だとアルクトゥルスの亡骸は物語っていた。


父は“竜”という生き物だった。


「父上、貴方が異世界の存在だと言うのは本当だったのですね」


アルクトゥルスが異世界から零れ落ちた異端だと本人から聞いていたが、こんな風に再確認するとは****は思ってもいなかった。

そしてアルクトゥルスが異端なら、****も、きっと…。


「今はゆっくり眠ってください。父上。貴方は来世などと言ってましたが、来世で貴方と母上が再び出会うことを私は祈っておりますよ」


母の隣に埋めた父に****は語りかける。身体の痛みは未だ酷いものだが****は穏やかな笑みを浮かべていた。


「…、物語は、ハッピーエンドでないと」








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