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116・お茶会

「私、聖女になろうと思うんです」


「…、何て?」


ミラの衝撃の発言に思わずそう聞いてしまった。

シャウラもアトリアも唖然としている。

そもそも何でそんな話になったのかは、もう少し時間を遡る。




「リギル、今日はお茶会にお招きいただきありがとう」


「楽しみにしてましたわ」


お茶会、という名の話し合い、僕の運命の日。

ユレイナス家の庭園の大木の下にテーブルと椅子をセッティングして大きなパラソルを差した。

プラネテス王国の気候は夏は確かに暑いが湿気が少ないので日差しが当たらなければ比較的に涼しい。

使用人はほとんど払って、遠くに護衛だけ配置している。こう開けた場所なら逆に護衛には聞こえないし、使用人が近づいてきたら分かるので大事な話にはうってつけだった。

給仕兼護衛にユピテルだけ側に立たせている。


「私も一緒で良かったんでしょうか」


ミラが控えめにそう言った。このお茶会で前世の話をしようとしていることはまだ伝えてはない。


「…、ミラ嬢も大事な話があると思ってね」


僕がそう言うとミラは瞬時に理解したらしくハッとした様子だった。


「そういえば、私もリギルにお願いがあったんだよね」


ミラを見てくすりと笑ったアトリアがそう言った。


「僕にお願い?」


「ミラ嬢と私の婚約の証人になって欲しくて」


アトリアの言葉にミラがお茶を吹き出しそうになって咽せた。

漫画みたいにブーとはならないもんだけど、貴族令嬢として吹き出さないよう我慢できたのは偉い。


「ごほっ…!あ、アトリアさま一体何をっ…!?」


「おや、ミラ嬢は私が好きで私はミラ嬢が好きなのだから、婚約するべきだろう」


アトリアは人畜無害なピュアピュアな笑顔でそう言った。

すげえ、悪意ってもんが全く全然なくて本気で言っている。からかいでは決して無い。


「えっ、あの、……えっ?」


ミラは寝耳に水だったらしく混乱している。

兄の様子にシャウラは呆れた様子だが、アトリアには元々こういうところがあるのか、諦めが顔に滲んでいる。


「…それで、僕が証人というのは?」


「難しいことじゃないよ。君が私とミラ嬢の仲を認めていて幸せになって欲しいと思ってると公言した上で婚約の証人になって欲しい。ミラ嬢の生家であるサダルスウド伯爵家は辺境で国境、政治的に重要だから父上も軽んじることは無いだろうが保険はかけておきたいのさ」


つまり、ミラとの婚約にエリス公爵が反対出来ないように僕の名前を貸して欲しいってことか。

シャウラとも婚約者だし、僕がシャウラの兄で友人であるアトリアとミラがお似合いであると言ってもおかしくはないし、僕の機嫌を無駄に損ねない為にもエリス公爵は否定出来なくなるだろうと。

婚約の証人というのは家族ではない第三者が二人の婚約を認めて婚約が成されたということの証人、つまり証言者…、身内でない人間が二人の関係が公式だと保証するということ。

僕の場合はユピテルに証人になって貰った。

ちなみに婚約には本人たちと本人たちの両親(保護責任者)、証人、教会の署名が必要だったりする。


辺境伯というのは基本的に国境の領地だ。国境を他国の侵略や魔物から守る大事な役割がある。

エリス公爵でも軽んじる可能性はたしかに無いだろうけれど、辺境伯より侯爵の娘とくっつけたがるだろうし、アトリアは不安要素は潰しておきたいみたいだ。


「まあ口添えするくらいならいくらでも」


「ありがとう」


「まっ、ま、待ってください…!いつのまに婚約することに…!?」


「おや、嫌かい?」


アトリアに見つめられてミラがヴッと唸った。

しばらく目を合わせると耐えきれないようで顔を逸らして真っ赤にしていた。

ミラはどうやら恋愛耐性が無いみたいだ。仲間。


「いや、では……しかし私はアトリア様には釣り合わない…分不相応と言いますか…」


「何故?ミラ嬢は優しくて様々な知識に富んでいるし、聡明で所作も美しいし、可愛いらしい。素晴らしい女性だと思うけれど?」


アトリアが何でもないようにそう言ってのけるので、ミラはタコみたいに真っ赤になって黙り込んでしまった。

その様子を見てアトリアは可愛らしいとくすくす笑っている。


「……、い、いいのですか……?恋人、私で…」


しばらくするとミラが胸の辺りをぎゅっと掴んでそう言った。

アトリアはこれまたすんなり、もちろんと答える。


「……、よろしくお願いします」


「うん」


ミラが軽く頭を下げるとアトリアは嬉しそうにニコニコ笑った。

シャウラもそんな兄の姿を見て微笑んでいる。

カップル誕生の瞬間を見てしまった。


「では今婚約の書類を書いてしまおう。リギルは証人の欄にサインして欲しい」


爆速で外堀を埋める男、アトリア・エリス。

抜け目がなくてマジで尊敬する。


「ええ!い、今はちょっと、こ、これ両親の署名も要りますよね…!?」


「実はサダルスウド辺境伯には婚約の申し込みの手紙を出していてね。君には私が話すからと伝えないでもらったんだけど署名は貰っているよ」


「えぇっ!???」


ミラが驚きの悲鳴をあげる。言質取った途端にこれとか怖すぎる。

そんなの知りません…!本当に全く聞いてません!とミラが慌てている。


「婚約式をしなければ後戻りもできる。……君が心変わりしたら嫌だなと思ってしまってね、書類上だけでも結ばれたいんだ。駄目かな」


アトリアはミラを少し下から覗き込むように見た。必殺上目遣いである。

とことん末恐ろしい男だ。ミラも満更でもないように顔を赤らめている。


「だ、だめ、では…ないです…うぅう……、でも心の準備が…」


困り果てたミラを見てアトリアがクスッと笑う。

それに何です…とミラがじとりとアトリアを睨めつけると、アトリアは首を振った。


「すまない。急き過ぎてしまったね」


アトリアはするすると書類を丸めると仕舞った。多分これは断られる前提だろう。引き際が良いから。

こうやってすごく先に書類を出してせっついて慌てさせることで、後で今度は書いてくれる?と次に頼んだときに、今ならいいかもとサインしやすくなるようにしている。きっとその時でも充分早い。

ダイヤモンド買って!って無茶振りしてから、だったら真珠ならいい?って買わせるようなものだ。


「でも私はこれくらい本気だから考えておいて欲しい」


アトリアがそう言ってミラを見つめるとミラは黙って頷いた。

もうアトリアの手のひらの上である。怖い。


「わ、私も私なりに、考えてることがありまして」


言いにくそうにミラが話し出した。ミラが考えていること?なんだろう?僕は首を傾げる。


「とにかくその、婚約よりも…いえ、アトリア様の将来はもちろん大切ですが、…私は目下の問題を先に何とかしたくて、その…」


聖女についての事柄を優先で何とかしたいということなんだろう。ミラに何か案でもあるのだろうか。

ミラにみんなの視線が集中するので緊張した様子だ。


「その、…私、聖女になろうと思うんです」


そして冒頭の話になった。





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