114・手紙たち
『(前略)…アトリア様に精霊眼のことを話してしまいました。もちろん転生のことについては未だ話してはいません…!話してしまった経緯は……(中略)…、ということです。ヴェラ様にも関わることなので無断で話してしまったことは申し訳ありません。』
旅行から帰って五日して、手紙が来ています、とユピテルに渡された手紙が分厚かったのでギョッとしたらミラからの手紙だった。
アトリアと馬車で話したと思われる内容が書いてあって、真面目だな…と思う。
というか、転生のことは僕に気を遣っているんだろうか。なんか申し訳ない。
『ギフトについてですが、私も持っているみたいです。手紙では難しいので、今度機会が欲しいです』
え、ミラがギフト…?
もしかして、やっぱりギフトって転生者で精霊眼持ちって言う条件だったり…?
今までのギフト持ちはそれに当てはまる。
そういえば星蝕の話はミラも聞いたんだろうか?
「四人で話す機会が必要かも……」
ミラがアトリアに精霊眼の話を打ち明けたということは、ミラの中でアトリアが大切な存在ってことに違いない。
いっそ四人で集まって転生についての話をしよう。
エリス兄妹には全部打ち明ければ今後動き易くなる。
それにユピテルにも……。
善は急げと言うし、シャウラにはデートで話すつもりだった話も話そうか。
まあだからとはいえデートはするけどね。
僕は机に向かうと引き出しからレターセットを取り出した。
これから書くのは招待の手紙だ。つまり四人でお茶しようというお誘い。
給仕はユピテルだけを同席させよう。
書き上げた手紙を渡すためにベルを鳴らしてユピテルを呼んだ。
「ユピテル、この手紙を出しておいて」
「畏まりました」
ユピテルが手紙を大事に預かって部屋から出るのを見届けてほっと息を吐く。
信じて貰えるかは分からないけど、前世の話をして、聖女についての話もしよう。
ミラが精霊眼について話してしまった経緯は話に説得力を持たせるため自分についての秘密を話したとのことだった。
最重要目的はアトリアのプライベートなことを知っているということに対しての謝罪だったらしい。
仲良くなってしまったことで勝手に事情を知ってることに罪悪感を抱いたと。
ミラは攻略本を持っていたからゲームで与えられる情報よりずっと色々知っている。故に僕よりずっとこの世界やゲームでキャラクターだった人たちには詳しいのだが、ミラが悪いわけではない。
勝手にでもこちらがアトリアやシャウラの秘密を知っているのなら、話さないといけないような気持ちになり、これ以上仲良くしていいのか悩んだ。
そういうことらしいので、ミラの精神衛生の為にも早めに打ち明けた方がいいだろう。
僕はミラの手紙と共に届いた手紙を確認した。
毎日手紙は届くので細かくどんなものかチェックしないといけない。面倒だけれど。
ミラの手紙があまりに分厚くてびっくりしたので一番最初に確認したのだ。
いつも通り取り合う必要のない手紙は混じっている。
こっちは侯爵家からの婚約者乗り換えの打診だし、あっちは伯爵家からの愛人で良いから関係を持ちたいという手紙、共同事業を起こしたいなどと言ってクソみたいな条件を突きつけてくる手紙だってある。子供だと思ってナメてるのだ。
まあ家から届けられた手紙なんかまだ可愛いほうで、令嬢個人からの手紙は狂気じみてるのもある。
自分がどれだけ僕を愛しているのかという手紙を毎日飽きずに送ってくる令嬢もいれば、シャウラの悪口をひたすら送ってくる令嬢もいる。
以前は『私のものになって下さらないなら死にます』とか『あの女に盗られるくらいならリギル様を殺しに参ります』とかそういう手紙も来ていた。
もちろん内容が悪質すぎるので諸々処理済みだ。
ただの好意の手紙はそれはそれで処理のしようがないので困りものだけど。
一番下に埋もれていた手紙に目を向けた。差出人を見ると、アヴィからのものだった。
魔力の暴走に関しての捜査の進捗だろうか。
封蝋はアスピディスケ侯爵家の家紋で間違いなく、アヴィからの手紙だ。それを確認するとペーパーナイフで封を開けて中身を取り出した。
アヴィからの手紙の内容は僕らが隣国を出てからの国の状況の説明とユレイナス家から何人か調査班と騎士が派遣されたという話が綴られていた。
『……というわけで、アルケブ子爵の見立て通り件の魔力暴走は最初の被害者である魔族が起こしていたようでした。彼を捕らえて魔法で自白させたのですがテュシアー伯爵の件は知らないようでした。複数犯人がいる可能性があります。彼を捕らえても魔力の暴走が起きていることからも明白です…』
「…、複数犯……」
『…古の魔族様の為にと、彼は叫び続けております。アルケブ子爵の言うように、魔石を飲まされ従属させられている可能性が高いのですが魔石を取り出す方法がなく、閉じ込めておくしかない状況です』
「魔石を取り出す方法……」
そういえばあの魔獣は倒した後に魔石が出てきたんだった。
普段は善良な魔族だったのなら殺すわけにはいかない。魔石だけを取り出す方法が必要だ。
アヴィも調べてるだろうけど、ユピテルに聞いたり僕が独自に調べる必要もありそうだなぁ。
「魔石を取り出すには首謀者を殺すほかありません」
「えっ?」
後ろからの言葉に思わずびっくりして振り向くとユピテルがいつの間にか戻ってきていた。
どうやら僕の独り言に反応したみたいだ。
「戻ってきたなら声かけてよ…」
「すみません、集中している様子でしたので」
ユピテルは口に手を当ててくつくつと笑う。
足音もさせず近づいておいてよく言うよ。
「魔石を取り出すには魔石を飲ませた者を殺すしかないでしょうね。魔族の魔力は宿主…魔力の持ち主が死ねば消えますから」
「…そうなの?」
ユピテルはこくりと頷く。殺生はちょっとなんか嫌だな。
でも複数人の魔族が操られておかしくなってるなら天秤にかけるしかないのだろうか。モヤっとする。
「……他に方法は無いの?」
「まあ本人を説得して従属魔法を放棄させる方法もありますが……、こんな大規模な事件です。簡単に説得なんてされないでしょうから、消したほうが楽かと」
消した方が楽って。この邪竜いちいち物騒なんだよな。
対話できる相手なら僕としては対話で解決するべきだと思う。
十中八九、レグルスとエルナトの一派が企てたことだろう。個人的な見解としては実験の第二段階なのかもしれない。
つまりレグルスかエルナトを殺すしかなくなるかもしれない。それはちょっと嫌だ。
しかし、最終的にはこの国で何かしでかそうとしている気がする。
ゲームの主人公は武力じゃなく、対話と慈愛で解決したようなものだった。
けれど主人公はアレだし、ちょっとどうしようもないかもしんない。
「とりあえずは操られた魔族を拘束しておいて頂くしかないでしょう。全員捕まえられればこれ以上の被害は出ないはずです」
「うーん…まあ、そうだね…」
操られてる人数が分からないから事件が起きなくなるまで捕まえるしかないのがアレだけど。
わざわざ隣国でこういった事件を起こしたのはやっぱり被験者になる魔族が多いからだろうか。
ゲームでも同じことがあったのかな?国の外のことは描かれてないから知らなかっただけで。
「父様に追加で応援を送るよう要請しよう…。似たような事件が国内で起き始めてないか調べる必要もあるかも…」
魔力の暴走ってのは割とレアケースだから起こればすぐ分かると思うけれどね。
この国で独自に調べる事柄は他にもある。エルナトかレグルスの隣国への渡航歴とかだ。
とはいえ“古の魔族”の名で二人が浮かぶのは転生者くらいなもので、犯人足るには物証も証人も必要だ。状況証拠じゃどうにもならないし、秘密裏に調べさせるにしても難しい。
てか状況証拠だって普通じゃ知りようがないことだ。転生者以外は関係性が分からないのにレグルスやエルナトが犯人だと急に言い出したらおかしい奴すぎる。二人は人間のフリをしているし。
古の魔族が関係してるかも、から古の魔族と関係している者…って地道に割り出すしかないのだ。
犯人はほとんど分かっているのにもどかしい。
僕がもう頭を使いたくない!疲れた!と叫び出しそうになると同時に、ユピテルが甘い紅茶とお菓子をくれた。
ユピテルのおかげで疲れが少し癒やされたので叫び出さずに済んで良かったと思う…。




