112・アトリアとミラ 2
「こんな事言ってしまうと気が触れたかと思われるかもしれませんが、私は身の回りのほとんどの方の細かい過去や内情を知っています」
ミラのその言葉にアトリアは絶句した。けれど先程のミラの話した内容で嘘ではない事は分かっている。
恐ろしく思うような気持ちももちろんあったが、アトリアの中では好奇心のほうが勝っていた。
「…、それは…スキルのようなもの?」
アトリアの問いかけにミラはゆっくり首を横に振った。スキルではないようだった。
でもミラの様子から知っている理由までは話してくれないような気がする。
「…理由は話せませんが、一方的に私は皆さんの内情を知っています。何から何までです。なのに私は皆さんに隠し事ばかりしています。勝手に知ってるくせに自分の事は話せないなんてそれだけで卑怯です…」
ミラの“卑怯”の理由がここで分かった。
何故かは分からないがアトリアたちの内情をミラは知っていて、それ故に罪悪感があるようだ。
そして自分のことを話せないことにも。
「アトリア様、今話せる範囲だけ、聞いて貰えませんか……」
ミラは縋るような目でアトリアを見た。
アトリアは静かに「分かった」と返事をした。
すると、ミラはぽつぽつと少しずつ話をする。
きっとショックだと思うんですけど、という前置きで“精霊に愛されし者”の実情と、本当の“精霊に愛されし者”、そして“精霊眼”に関する話をしてくれた。
シャウラが本来は精霊眼で闇の精霊に愛されたのも、闇の精霊のせいで他の精霊が離れてしまい、精霊眼をほぼ失ったのだろうという話さえ。
…そして、精霊眼とはピンク色の瞳、精霊に愛されている証、神木である桜の色、聖女の瞳の色である事、それから……
「私もそうなんです」
眼鏡を外したミラの瞳は鮮やかなピンク色だった。
幻覚の魔法のかかった魔道具で瞳の色を誤魔化していたのだ。
精霊に愛された証である瞳を持つ少女。
シャウラが闇魔法を持つように、聖女が光魔法を持つように、ヴェラが浄化のギフトを持つように…、それに鑑定士のハダルも普通ではない特別な鑑定の力があるとは思ってはいたし、ならミラも特別な力を有しているのではないだろうか?
ミラは周りの人間の実情…いや、それだけでなく、様々な知識に富んでいるのはこういった理由があったのか。
なんだかアトリアの中でストンと腑に落ちた感覚がした。
「とにかく、きみに何か特別な事情か力がある事は理解したよ」
「…はい、だから、その、ごめんなさい」
だからミラにとっては、その特別な力でこちらの過去や実情を知ってしまっていることが、申し訳ないということだったらしい。
「謝ることではないよ。不可抗力なんだろう?」
アトリアが訊くと、ミラは黙って頷いた。
ミラからしたら、たまたまファンブックを持っていてやり込んでいたゲームの世界に転生してしまったので不可抗力といえば不可抗力だ。
「あちこちに言いふらしたわけではないだろう」
「…はい、それは、これからもしません」
ミラがそう言うならそうなのだろうとアトリアは思った。
(…ミラ嬢が私のことを全て…いや、ほとんど知っている。ではこの好意もばれているのだろうか)
不思議とアトリアは気持ち悪いとは全く思わなかった。ミラの言う通り、貴方の何から何まで知ってますなんて言われたら不快なはずだが、多少の恐怖はあれど、全く何も不快ではなかった。
その恐怖だって、ミラに対する恐怖よりは他人の事を細かく知れてしまう能力のようなものに対する恐怖であり、むしろミラで良かったと思う。
ミラが周りに言いふらしたり、悪用する気があったり、わざわざ調べた訳では無かったからだろうか。
(それとも、やはり私がミラ嬢を好きだからだろうか…)
不快どこか、彼女なら構わないと思ってしまっているのは、そういう事なのかもしれない。
「…、では、ミラ嬢」
「え、は、はい…」
「私の好意も君にバレてしまっているのかな…」
「え、好意、ですか…?」
「私が君のことを好きだと…」
そこまで言ってアトリアはハッとした。ミラの表情が固まり、頬がみるみるうちに赤くなっていったからだ。
やってしまった、墓穴を掘った、そう思った。
ミラはアトリアの好意に気づいてなどなかった、それはそこまで万能な能力でないという証明でもあった。
「え、あの、す、すき、というのは」
「……、恋愛の好きだよ」
アトリアはここで誤魔化すこともできた。できたはずだが、はっきり伝えたいと思ってしまった。
「君に好きと言われて嬉しかった。同時に謝られて寂しくもあったけど」
「…でも、それはもしかしたら、私がアトリア様のことをよく知っているから、無意識に好かれるような行動をしていたのかも…、嫌がることもしませんでしたし…」
「私の好意を勝手に否定されるのは悲しいな」
「あっ、す、すみません」
ミラがすぐに謝るので、アトリアは思わずくすりと笑った。
それと同時に理由は分からないがミラはどうやら自分に自信が無いんじゃないかという憶測が浮かぶ。
元より控えめな性格だとは思っていたし…。
どうすれば自分の好意が正しく伝わるかアトリアは思案する。そして指先に当たるペンダントのことを思い出した。
「ミラ嬢、ちょっと目を瞑ってくれるかな」
「え?は、はい?」
ミラは素直に目を瞑る。全く警戒されていないのがなんだかなと思いつつも、ミラの素直さも好きだと改めてアトリアは思った。
少し身を乗り出すと、鬱金色のペンダントをミラの首に掛けた。
「いいよ」
ミラは目を開けてまず、アトリアが少し近くにいることに驚いてヒャッと声をあげた。少し飛び退いて後ろの馬車の壁に頭をぶつけるとまた小さく悲鳴を上げる。
その様子が可愛らしいやらおかしいやらでアトリアは口に手を当ててくすくすと笑っていた。
「アトリア様っ、笑わないで下さいっ…というか何を…」
言いかけてミラは首に下がったペンダントに気が付いた。
手に取るときらきらと輝くそれを見つめている。
「アトリア様の瞳と同じ色……」
「おや、目敏いね」
アトリアがそう言うとミラは再び顔を赤くした。思っていただけだったことを思わず呟いていたのが恥ずかしかったからだった。
「君に私の色を身につけて欲しかったなんて、重いだろう」
アトリアの言葉にミラは目をぱちくりさせる。どう答えていいのか分からなくなってミラは思わず俯いた。
アトリアは確かにリオにアクセサリーをプレゼントしろとは言われたが、自分の瞳の色にしたのもペンダントにしたのもアトリアだ。
買うときは深く考え無かったがやっぱり重い。
「君がシャウラと仲良くしてるのは、シャウラを好いてるからだろう?」
「え、は、はい」
彼女は周りの人とは言ったけど、ならシャウラのことだって細かく知っているはず。実際本人すら知らない情報を話していた。
でもシャウラを情報を使って脅すために近づいた訳でないのは明白だ。ミラがシャウラを利用してやろうとか思っていない事は見ていれば分かることだった。
「情報を使って私たちに取り入って、上手くエリス公爵家を乗っ取ろうとか」
「そんなつもりは全く!!」
思ってないだろう?とアトリアが言い切る前にミラは全力で否定した。
分かってる、というと安堵の表情を見せる。
「君は優しい人だと思う。隠しておけば済むことをこうしてわざわざ話したりするしね」
そもそも罪悪感を感じる時点で彼女の心は優しいのだと、アトリアはそう感じた。
「君のそういった人間性を私は好いている」
そうアトリアが言うとミラは黙ってしまった。
「もしかしてミラ嬢が自分のことを全部話せないのは、君だけの問題じゃないからじゃないかい?」
「え、なんでそれを…!」
ミラはハッとして口を自分で塞ぐ。どうやらそもそも隠し事をするのに向いていない性格なんだとアトリアは確信した。
『リギル様なら分かるんですけど…』
そして先程のミラの言葉も思い出した。もしかしたらリギルにも関係があることかもしれない。
そう思ったがアトリアはあえて口には出さなかった。
聞き出すのではなく、そのうち二人から自発的にしっかり話を聞きたい。
「そういうところも優しいね」
「…、あ、アトリア様こそ……」
ミラはそう言ってから俯いて、恥ずかしそうにペンダントを握りしめた。
貰っていいんですか?なんて言うので、アトリアが君のために買ったと言えばさらに恥ずかしそうにしている。
(ミラ嬢となら私の家の事情を理解して貰えるし、もしかしたら打開策が見つかるかもしれない。…なんて少し現金だろうか)
その後沈黙が続いたが、最初のように気まずいものではなくなっていた。
……ペンダント、ありがとうございます、ミラが小さくそう呟いた気がした。




