107・帰路
魔力枯渇症は予想していた通り身体から魔力が抜けていくが故に大気中の魔力を吸い上げるという病気だった。
イア曰く、魔力の流出を止められれば吸い上げも止まると言う。まあその流出を止める方法が分からないのだけど。
吸い上げる魔力の範囲は半径5メートル、空気中の魔力や他人が使うために身体から出した魔力を主に吸い上げる。
身体に溜まる魔力に準じて吸い上げるため、魔力枯渇症だからといって必ず隣で魔法が使えないわけではないらしいが、ヴェラの身体に入る魔力の量が多いため吸い上げる魔力も多く、ヴェラの隣だと完全に使えなくなると予測される。
この身体に入る魔力の量というのが、人間の魔力量なのだけど精霊の加護を受けるほど広がっていくらしい。だいたい十五歳で固定される。
つまり、ヴェラの魔力が尽きないように精霊が魔力を与えていたため、ヴェラの魔力容量はだいぶ大きい…。
とはいえ、ミラ曰く、ヴェラの魔力枯渇症は重篤なものらしく生命力すら流出させてしまうため、精霊が悪いというわけでもない。必然なのだ。
このことについてもイアに尋ねてみたが、確かに魔力枯渇症が酷いと生命力を流出させる場合があるらしい。
魔力は胸のあたりから入ってきて心臓から血液同様身体の隅まで送られて循環する。その為、一応サンプルとして血液を摂った。
とりあえず他に出来る事はないとのことなのでこっちに何かあったら連絡をする、逆に研究に進展があれば連絡を貰えるそうだ。
ヴェラが魔法学園に入学するまであと三年。まだ時間はあるようで、もうあまりない。
「リギル〜、暗い顔しちゃってどったの〜?あっ、もしかして帰るのが嫌とか?」
考えごとをしていると、リオが僕の頬を指でつついてきた。
リオを睨むときゃっこわーとリオは離れた。
タラッタ王国滞在7日目…、というわけで今日は帰る日である。
結局、魔力の暴走事件については僕らに出来ることは何もなく、戻ったら父様に援助出来ないか打診するとしかアヴィには言えなかった。
アヴィや使用人たちに感謝の意を告げ、アヴィの邸宅から出たのが一時間前、今は馬車の中だ。
ミラが何故か「アトリア様と一緒の馬車は…」と嫌がっているのか恥ずかしがっているのか、僕に別にして欲しいと頼んできたので帰りの馬車は男女別になった。
「アトリアもなんかボーっとしてるしさぁ」
リオがつまらなそうにそう言うのでアトリアの方を見るとたしかにボーっと外を見つめている。
もしかしてミラとなんかあったんだろうか?
進展ならいいんだけど怖くて聞けない。
「ホームシックの反対のなんか?」
「ホームシックの反対って何…?」
リオの言葉に首を傾げた。一般的に家に帰りたくなるのをホームシックって言うけど帰りたくないのはなんて言うんだ?逆ホームシック?
…、ああ、いや、どうでもいいんだけど。
とりあえずどうでもいいことを考えたせいか、幾分か気が紛れた。
魔力枯渇症のことは治せなくても上手く隠す手立てとかも考えればいい。悩みすぎても仕方ない。
ダメならヴェラが魔法学園入学しない方向で考えないといけなくなってしまうけど、危ない目に遭うよりは良いのかもしれない。言い訳は大変だけど。
根を詰めなくたって最悪を避ける方法は存在するのだから。
「てか、リギルは昨日ヴェラちゃんとお医者さんとこ行ったんだっけ」
「ああ、うん。治療法はまだ無かったけどね…」
「だからリギル元気ないのかぁ」
リオがそう言いながら肩を落とした。リオはリオなりに僕の心配をしてくれているようでそれは嬉しい。
でも大丈夫だよ、と笑いかけるとリオはちょっと元気になった。
リオを見てると何か既視感があるんだよなぁ…ううん……、あっ、わんこか…?
そう思うとリオがだんだん犬に見えてきた。ちょっとおバカな犬っぽい。
「それでアトリアはどーしたの?」
リオが心配そうにアトリアに声をかける。その様子はやっぱり主人を心配する犬だ。
「…、なんでもないよ」
アトリアはリオの方を見ると苦笑を浮かべた。
どう見てもなんでもないという感じのアトリアにリオがムッとする。
「ミラちゃんと喧嘩してなかった?」
「えっ、喧嘩?」
「あっ、…あー………」
リオの指摘にアトリアは気まずそうに目を逸らした。顔にどう見ても図星ですと書いてある。
ミラが別にして欲しいと言っていたのも気まずかったからだろうか。
「もしかしてリオが何か見てたかい?」
「別に見てないけど、ミラちゃんも何か変だし」
アトリアは参ったなと頭を掻いた。リオは意外と他人の気持ちに敏感なところがあるので変に誤魔化せない。
アトリアがちらっと僕を見るけど、諦めなよと視線を送った。
「…喧嘩、というより、怒らせてしまったんだ」
「怒らせた?ミラちゃんが怒ったの?」
リオは信じられない、というような顔をする。
ミラは普段は割と大人しく振る舞っているので、リオからしたらあまり想像が出来ないのかもしれない。
だけどミラはシャウラの事になると結構沸点低いし、口汚くなる。
だから今回もシャウラに関すること?それとも…?
アトリアはリオの反応に困ったように笑った。
「……まあ、私が悪いんだ」
…、話を聞くに、ミラが恋愛的な意味で自分を好きなのかもしれないということをアトリアはうすうす気付いていたらしい。
でもシャウラを慕う彼女だから、自分は兄だからついでじゃないかという気持ちもあって曖昧にしていた。
昨日僕とヴェラとユピテルが出かけている間、作ってもらったクッキーのお礼を言おうと帰り支度をしているミラの部屋をアトリアは訪ねた。
どうしてミラ嬢の作ったぶんをシャウラじゃなく私にくれたんだいと何気なくアトリアが尋ねるとミラが真っ赤になり、まずい、と思ったらしい。
“この子が本当に私のことを好きだったらどうしよう”
初めて戸惑いと恐怖を覚えた。
でもそれはアトリアがミラを嫌いだから…ではなく、…むしろミラの事が好きだったから。
恋愛かどうかは今まで経験がないから分からないがともかく、好きは好きで、女の子の中では特別だと。
そう気付いたのはその瞬間だったけど、気付いた瞬間様々な不安に襲われてしまった。
万が一ミラと両思いになったとして、あの家にミラを婚約者として迎えるのか…?と……
アトリア曰くあの家は魔窟で、アトリアが公爵位を継ぐのは父が現役である限りずっと後になるだろうと。
父が支配している以上、両親のせいで結婚相手を苦しめてしまうかもしれないというのは前々から考えていたことだった。使用人の質だって良くない。
あわよくば時期公爵夫人の座を狙うような人間もいるのだ。
とはいえ唯一の後継ぎである自分が居なくなってしまえばシャウラがとばっちりを食うので家から出るという選択肢だってない。
慌ててお礼だけ言ったアトリアはミラの前からさっさと去ろうとして、待ってと手首を掴まれた。
……そして、つい思わず強く振り払ってしまった、らしい。
その時のミラの顔は忘れられなかった。ショックを受けたような悲しそうな顔。
アトリアは逃げるように黙ってその場から去ってしまった。
今日になって冷静になって謝ろうと思ったがひたすら避けられている、ということらしい。
「避けられるのはどうも堪えてね…、やっぱり、私はミラ嬢が好きなのかな…」
「君も大概不器用だね…」
恋愛に関しては、とその話を聞いて僕はため息をついた。
ミラをアトリアが好きかどうかなんて僕からしたらミラに貰ったクッキーを一人で嬉しそうに食べてた時点でそうなのかなとは思ってたけど。
アトリアは避けられてるからきっと怒っていると思っているみたいだ、でもミラも気まずいだけな気がする。
「ちゃんと謝らないといけないね…、そもそもミラ嬢が私を好きだなんて気のせいかもしれないのに」
アトリアの方もため息をついた。すると黙って話を聞いていたリオがアトリアの両肩を掴んだ。
「オレが仲直りさしてあげるよ!!!!」
「え?」
アトリアはキョトンとしているが、リオは何故か自信ありげの様子で。
…あの、嫌な予感がするんだけど。




