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106・アグロス村

タラッタ王国滞在6日目。


医者はタラッタ王国のペルカ地区のアグロス村という場所に診療所を構えているらしい。

ペルカ地区は魔族の最も多い地区であり、アスピディスケ邸からは北に馬車で1時間ほどだ。

医者の元へはユピテル、ヴェラ、僕の三人だけで行くことになった。護衛たちには悪いけど、僕たち二人だけが護衛対象ならユピテルだけで充分だ。


シャウラにみんなに伝えてもらえるように事情をしっかり話してきた。さすがにみんなを集めてとなるとアヴィや事情を知らない護衛やメイドに不思議がられる。アスピディスケ邸の一室を借りなきゃいけないわけだし。


午後二時が約束なので先に昼食を取ってからお邸を出た。このぶんだと一時半過ぎにはあちらに着くだろうから悪くない時間だ。

少しずつ変わる外の景色はだんだんと建物の多い地域から田舎風になっていった。


「畑がたくさんあります!」


ユレイナス公爵邸は首都に本邸がある。身分の高い貴族は王の呼び出しにすぐ対応できるよう首都に土地を買い、そこに住む。

ユレイナス公爵領はぶっちゃけめちゃくちゃ広くて特色の違う地域ごとに違う治め方をしている。別邸があちこちにあって月に一度は行ったり、問題が起きればそっちに泊まりきりになったり、それに加え王から与えられた仕事をしたりして忙しい。領地が広いのも考えものだ。


もちろん補佐官は何人かいて重要事項以外は任せてはいるのだけれど直接確認が必要なことも多いのだ。まるで小さな国家みたいだ。

認められれば公国にできちゃうだろうけどそれは面倒くさいのでしない。


ユレイナス公爵領にもこういった田舎はあるし、領地経営の手伝いや勉強のためにも行ったことがある。

けれどヴェラは別邸に行った事がないため、こういった景色は物珍しいだろう。

タラッタ王国に入ってくる際も畑を見るとトマトだきゅうりだなんだと言っていた。ちなみに僕はトマトは苦手。


「あっ、トマト畑がありますよ」


ユピテルが明るい声でそう言った。

苦手だが食べれない…いや、食べないわけではない。

食べれないけど貴族だし兄だから無理矢理食べる。もちろん不味いなんておくびにも出さない。だけどユピテルにはバレているのだろう。ムカつく。


アグロス村は実にこぢんまりとしたまさに田舎な雰囲気が漂う村だ。RPGの最初の村って感じ。

離れた場所から馬車から降りて村に入って行く。

貴族だとバレないように平民の服を着てきたけれどモノが良すぎて目立っている気がしないでもない。


「リギル様、ここから真っ直ぐで赤い屋根の家から右手です」


「分かった」


ユピテルの言う方に歩いていく。ヴェラは僕の腕に手を回してくっつきながら付いてきている。

ユピテルは僕らの後ろを歩いている。後ろからの襲撃が一番怖いからね。

それにしてもユピテルは相変わらず平民服が似合わない。


ヴェラはきょろきょろ辺りを見渡した。村の人がチラチラと僕らを見ている。

明らかに身なりの良い人間が急に来たから気になるのだろうか。

 

「今回は話を聞くだけですし、正式な診察ではありませんからしっかり身元を明かす必要はありません。情報漏洩の危険性を鑑みてもその方が良いでしょう。先方も了承しております」


後ろからかけられたユピテルの言葉に僕は黙って頷いた。


しばらく歩くと『アグロス村診療所』と看板の掲げられた家が見えた。

ここが例の診療所に間違いないだろう。ネーミングが適当だな。


「時間は?」


ユピテルを振り返る。


「もうじき二時なので丁度よいかと」


あまり早すぎても迷惑なので一応確認したけどちょっとだけ早いくらいは大丈夫だろう。そう思って診療所のドアをコンコンとノックする。


「勝手にどうぞ〜」


気の抜けた女性の声が返ってきた。ユピテルが扉を開けると中は簡素だった。

うん、村の診療所って感じだ。

外装もそうだけど中もログハウスみたいだ。黒髪の女性が中に入った僕らを見つめている。


「お約束していたユピテルです。貴女を探していた主人と患者を連れてきました」


「そうか。適当に腰をかけてくれ」


ヴェラと顔を見合わせる。ユピテルが私は大丈夫ですと言うので適当な椅子に座った。背もたれのない丸い椅子だ。


「僕はリギル・ユ…ユリスです。こちらは妹のヴェラ…、この度はお時間を頂きありがとうございます」


ちょっと雑だったろうか。わざわざ苗字を名乗る必要はなかったかも。

恐らく貴族ってことは伝わっているだろう。


「医者のイア・ルイファンだ」


向き合った彼女を改めて見ると、後ろで一つに纏めた長い黒髪を前に垂らしている。少し長めの前髪から覗くアイスブルーの瞳が印象的だ。


「貴族への接し方や礼儀などはないのだが」


「あ、そこは気にしなくて大丈夫です」


僕の言葉にイアは分かった、と頷いた。

そもそも平民のフリをして来ているし、話を聞きたいだけだしね…。彼女は僕とヴェラを交互に見る。


「患者はどちらだ?魔力枯渇症だったな」


「わ、私です」


ヴェラが緊張した様子で軽く手を挙げた。

するとイアは机に積み上がった書類の下からバインダーを引っ張り出して、白紙を一枚挟んだ。


「まずは問診させて貰う。正直に答えて欲しい」


「…あ、は、はい」


ヴェラが頷くとイアはバインダーに視線を落として万年筆を手に取る。


「魔力枯渇症だと気づいたきっかけは?」


「あ、父がもしかしたらと教えてくれました」


「私が気づいて旦那様に伝えました。近くで魔法を扱えない等ありましたので」


ヴェラの言葉にユピテルが補足する。父様にもユピテルが気付いたことになっているので、矛盾を生まないためには妥当だ。


「身体の痛みや頭痛は?」


ヴェラが首を横に振った。

身体の痛みや頭痛?何か関係があるのかな?

イアは普通の問診のように健康状態や食生活についても尋ねてきた。

一通り質問が終わるとふむ…と考える仕草を見せる。


「魔力枯渇症の患者は頭痛や身体の痛みを訴えることが多い」


「頭痛や身体の痛み…ですか?」


「全ての魔力を吸い上げるため、魔族の魔力も身体を通るからだ。魔族の魔力は脳にダメージを与える。その過程で脳が誤認し、身体の痛みも出る。魔力枯渇症の患者は君だけではない、私が診ているのは他に二人いる。どちらも最初は身体の痛みや軋みだった」


魔族の魔力は人間には毒だ。とはいえ直接当てられたり流し込まれたりしなければ大丈夫ではある。つまり触れ合ったり会話したりで害が出ることはない。

魔族の多いこの国では魔族が魔力を使うこともあるため、魔力枯渇症の患者が脳にダメージを負い身体の痛みと脳が誤認してしまうようだ。


「一人は精神も酷く壊していた。充てられ続けてしまったのだろう」


「そうなんですか…」


幸いヴェラにはそういう症状がない。魔族がプラネテス王国に居ないから魔族が近くで魔法を使うという状況が無いからか、それとも浄化スキルが魔族の魔力すら浄化するのか、そこは分からないけれど。

ユピテルの魔力は一体どういう質なんだろう?それにもよる。ユピテルの魔力が魔族と同じなら浄化スキルのおかげだろう。

不幸中の幸いなのか、これも魔力を精霊が死なないようにヴェラに注いでいるように精霊の采配か。


「治療法はありませんか?」


「現状ない。研究中だ。魔族の魔力に充てられた患者には継続的な治療と魔族の魔力に対する注意をしてもらうしかない。普通に生きる上では本来は問題無いので研究が進んでいない」


イアが首を振ってそう答えた。まあ期待はしていなかったけれど、やっぱりそうだよな。


「そうですか……」


「…、何かあれば彼に連絡しよう」


僕が気落ちするのを見て彼女はユピテルをちらっと見た。


「とりあえずまずは魔力枯渇症についての細かい見解や注意事項。分かっていることを私から話そう」


イアにそう言われて、気持ちを持ち直すと僕は改めて力強く頷いた。







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