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105・白紙の封筒

「お兄様!ただいま!クッキーどうだった?」


戻ってすぐに僕の部屋を訪ねてきたヴェラはずっと気になっていたのかクッキーのことを聞いてきた。

駆け寄ってきたヴェラに僕は微笑みかけて頭を撫でた。

ソファで本を読んでいた僕の隣にぽふんと座る。


「とても美味しかったよ」


「本当?良かったぁ」


ヴェラはふにゃっと安心したような笑みを浮かべる。すると今度はちらっとユピテルの方を見た。

ユピテルはというと、ベッドメイキングをしている。


「ユピテルも食べた?」


「…、毒見は致しましたよ。約束したので」


「いや、五個くらい食べてた」


「食べてません」


いや絶対食べてた。ユピテルはじとっとこっちを見つめてくる。

ヴェラが僕らのやりとりを見ていてクスッと笑った。


「朝早く目が覚めちゃって、そしたらミラ様もいて…せっかくだからクッキー作り教えましょうか?って言われて厨房の一角を借りて作ったんです」


「そうだったんだ?」


「ユピテル美味しかった?」


ヴェラが聞くとユピテルはこっちに聞くなと言うように嫌そうな顔をした。おい、ヴェラにそんな顔するな。


「初めてにしては上出来だったのでは…」


五個も食べていたくせにコイツ。

ヴェラは素直にわぁいと喜んでいる。ヴェラの純粋さをユピテルには見習って欲しい。無理そうだけど。


「アトリアも喜んでいたよ」


「アトリアお兄様も?良かったぁ…、あ、出掛けるときに会ったからアトリアお兄様に預かって頂いたんです」


アトリアお兄様にも食べて欲しかったから!とヴェラはにこにこしている。


「そういえばアトリアは別のクッキーを食べていたけど、分けておいてくれたの?」


僕らがお皿の上のクッキーを食べている時、アトリアは綺麗なハンカチの上に乗ったクッキーを食べていた。

ヴェラが小分けにしてくれたのかもって思っていたのだけど、ヴェラは首を傾げている。


「…、…あ!ミラ様が作ったぶんかもしれません!お手本に……」


「え?ミラ嬢が作ったぶん?」


ほほう…??へえ??なるほどねぇ〜…??


僕が一人で納得していると、ヴェラはまた不思議そうに首を傾げているので頭を撫でた。

ヴェラにはまだ恋愛については早いからね…!


「…、そういえばリギル様、これを」


ユピテルが後ろから僕の顔の横に手紙を差し出してきた。

反射的に受け取って見ると宛先も差出人も書いていない白紙の封筒だ。封蝋で閉じられているし、中身はあるんだろうけど。

恐らく、ユピテルが直接受け取ったものだろう。

僕がそれを見ていると不思議そうにヴェラも見つめていた。


ユピテルがペーパーナイフをそっと差し出してきたので、封を開けて中身を取り出した。

そっと手紙を開くと、簡素な内容が目に入った。


『魔力枯渇症の件、明日お話ししましょう。

 午後二時に診療所にてお待ちしております。』


「え、ユピテル、これって」


「例の医者とコンタクトが取れました。リギル様と患者…、ヴェラ様に会いたいそうです」


「え?私も?」


流石に手紙の中身は覗いてなかったヴェラが目を丸くしたのでそっと見せてあげた。

文章を見ると、目をぱちくりさせている。


「こちらの国は魔族が居るだろう?魔族にとって魔力枯渇症はすぐ死んでしまう病気だし、人間なら命に別状がないせいで放置される。故に不治の病だから研究している人がいるらしいんだ」


「その人からのお手紙ですか?」


「ええ、そうです」


僕の代わりにユピテルが答えた。ヴェラを医者と合わせることはヴェラが魔力枯渇症だとバラすのでリスクが高いけど大丈夫だろうか。

ユピテルが一度患者と言ったのは僕のヴェラだとはまだ話していないからだろう。


「どんな人物だった?」


ユピテルの方を振り向いて聞くと、ユピテルは少し眉を顰めた。


「…、女性でした」


圧倒的な情報不足に頭を抱える。うん、女性…女性なのは安心…なのか…?


「どうなさるのかはリギル様にお任せ致します。ですが、万が一のことがあっても護衛としてお二人をお守りしますよ」


ユピテルがじっと僕の目を見た。ユピテルにそう言われると安心感が違う。

守秘義務はもちろんあるが、鑑定と違って医者には強制力や法的な罰則がない。情報を漏らされる可能性は避けたいけれど、ここで躊躇っていたら一生進展がないかもしれない。


「お兄様、私は大丈夫ですよ」


ヴェラが僕の左手の上に両手を置いた。微笑みながらも僕を見つめるヴェラの目には確かな意思が宿っている感じがした。

ユピテルもヴェラも覚悟している。僕が日和っているわけにはいかない。


「分かった」


僕の返事にヴェラは満面の笑みで返してくれた。思わずヴェラを抱きしめる。


「…僕が守るからね」


「えへへ…はい、信じてます。お兄様」


ヴェラは本当に可愛い。可愛いし、優しい。

だからこそ今度こそ失わないためにやれるべきことはやるべきだ。


「まあもしもの時は秘密裏に消します」


感動的な雰囲気を打ち消すようにユピテルが冷淡な声でそう言った。


「未練や恨みすら残さぬよう、魂ごと消します」


いやいやいや…怖すぎる。ユピテルなら出来そうなのが本当に怖い。

輪廻転生すら許さないとかヤバのヤバでしょ。

鬼かこいつ?…いや、邪竜だったわ。


「ユピテル、それは駄目よ」


呆気に取られていると、ヴェラがユピテルを見据えてそう言った。真面目な声だ。


「簡単に消すとか、ダメなの。私たちの事を思ってくれててもダメよ」


ヴェラにそう言われてユピテルはたじろいだ。昨日もヴェラの笑顔に気圧されてたけど、もしかしてユピテルはヴェラに弱かったりする?

あんまり接触させて来なかったから扱いをどうしたらいいのか困っているという感じもする。


「…、分かりました。消すのは記憶だけにします」


それもあんまり良くないけどね。


でもとりあえずヴェラは満足したようでニッコリと笑った。

ユピテルは気まずそうに目を逸らしている。


「お兄様も!ちゃんと言わないとだめよ!」


「えっ、あ、ご、ごめん…?」


僕までヴェラに叱られてしまった。確かに僕がユピテルにダメだって言うべきだったのかな。

ユピテルのことだから半分は冗談だと思うけれど。


うん、僕が悪かった、反省します。


気をつけるね、とヴェラを撫でると、ヴェラはうん!と元気な返事をした。


僕の妹が天使で優しくて真面目で凛々しい…。







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