104・食への目覚め…というやつ?
タラッタ王国滞在五日目。
シャウラとミラとヴェラの三人はウィンドウショッピングに向かった。まあというより、色々お店を回ってお土産を探したいらしい。騎士を二人にメイドをひとり付けておいた。
初日に案内役として同行してくれたベルンハルドも一緒に行ってくれたので安心だ。
リオはリオで屋敷の執事ユーハンに案内役を頼んで気ままに出かけていった。心配だから一応騎士を一人つけた。
大丈夫だよぉ〜とゴネていたのだが魔力の暴走事件のこともあるしと物理的説得をした。
「それでリギルは出かけないのかい?」
アトリアが手に持つお茶が湯気をくゆらせている。
「アトリアこそ」
僕が部屋でだらけていると午後になってアトリアがお茶でも飲もう!とユピテルと一緒に入ってきたのだ。
たまにはユピテルも一緒にどうだい?とアトリアが誘ったらしいので三人でお茶を飲みながらお菓子をつまんでいる。
とはいえユピテルはお茶にすら口をつけていないのだけど。
お菓子や料理、植物、前世とそう変わらない名前でこの世界には存在している。公共語自体は全く違う言語なのだけれど不思議なものだ。
語源とかはあるはずなんだけど、マカロンはなんでこの世界でもマカロンなんだろう?
そう考えながらマカロンを一つつまんだ。
「僕は昨日少し疲れたからね。行きたいところは充分見て回れたし」
あとは医者が見つかれば御の字なんだけど、という感じだ。
「まあ、あんなことがあったからね。私もあれには肝を冷やした。アスピディスケ侯爵代理とは話をしたんだろう」
「…、うん、細かいことは調査中みたいだから話せないんだけど…、人為的で犯人がいるみたい」
アヴィには魔族が関わっているかもしれないことや操られた魔族が事件を起こした可能性があること、それから事件の仔細についてはなるべくまだ伏せるようにと言われた。
とりあえずユピテルの話は憶測であり、確定しないうちは無駄に偏った思想を生んでしまうからだと言うことだ。
ただ“精霊に愛されし者”である以上気をつけないといけないので、人為的なものの可能性がある旨を伝える許可は貰っている。
「人為的なものか…、じゃあ犯人は首都にいるんだろう。例のテュシアー伯爵も前日にこちらの保養地に来たばかりだったんだろう?」
「そうみたい。まあ警戒するに越したことはないけどね」
犯人が移動している可能性も否めない。
今現在はアヴィが最初に魔力の暴走を起こした魔族の居場所を調べているようだ。
その魔族は商人をしていて比較的に地位も確立しているらしいけど…。
まあその魔族を見つけたところで事件が止まるかは分からない。真犯人がどこにいるかも、ほかに操られた魔族がいるかどうかも謎なのだから。
「…、とにかく私たちに出来ることはありませんでしょうね」
ユピテルがそう呟いた。ユピテルの言う通り僕らはこの国の貴族ではないから事件へ介入する権利がない。
アヴィに分かることをアドバイスして、それが精一杯の出来ること。
それに七日目の昼、つまり明後日の午前中にはタラッタ王国を出て帰らないといけないので、滞在は今日含めてあと二日だ。
もう短い時間で出来ることなどないだろう。
近況が気になった時はハダルに連絡をして聞くしかない。
「…歯痒いね」
アトリアが少し悔しそうな、辛そうな顔をする。
アトリアは若干Sっ気があるのだが、基本的に妹…つまりシャウラが絡まなければ穏やかで優しい人間だ。
シャウラに優しくない…つまりわざわざ辛く当たるような人間に厳しいだけで、“昏き星の救世主の良心”と呼ばれていた。
シャウラと仲良くさえなれば三人で幸せに暮らすルートが確約されている。
ともあれ、優しく正義感も強いので身近に事件が起きてるのに何も出来ないのは悔しいのだろう。
「リギル様もアトリア様もあまりお気になさらないように…、多少の援助が出来ないかは公爵様にご相談してみましょう」
「そうだね」
ユピテルの言う通り、他国からでも多少の援助はできる……父様のような人を動かす立場の人間であれば、だけど。
僕たちはまだ未成年なので出来ることは本当に限りがある。
父様はただでさえ家族との時間を作れないくらい忙しいのに可哀想だけど仕方ない。
「魔力の暴走で炎の加護持ちが火だるまなら、氷の加護持ちは氷漬け……、雷はどうなると思う?」
思わずふと考えていたことを呟いた。くだらない呟きにアトリアは首を捻らせている。
ゲームでのアトリアはシャウラ関係でブチギレて魔力の暴走を起こした。王城に雷を落として王族を皆殺しにするという暴挙に出たのを覚えている。
魔力の暴走では場合によっては理性も失ってしまうらしい。
「四方に雷を撒き散らすのかな…?」
「感電しちゃうねえ……」
僕が呟くとアトリアはクスッと笑った。穏やかなアトリアからは理性を失ってブチギレるのなんて想像も出来ない。
まあシャウラに何かない限り大丈夫だろうから、シャウラを守ることで僕はアトリアも間接的に守るよ。
「風の加護持ちは風の刃を纏わせていたから鎮めるのが大変だったって話を聞くよ」
「なんか、すごそう…」
とりとめのない会話をしていると、ユピテルがおやっと声を上げた。
ユピテルの視線は三段のケーキスタンドの真ん中、マカロンの下のクッキーに向いている。
「これはヴェラ様が作られたものでは?」
「…えっ?」
ユピテルの言葉に首を傾げるとアトリアは笑みを浮かべた。
「そうだよ。ヴェラちゃんがお兄様たちのおやつにって出掛ける前にくれたんだ。今朝方ミラ嬢に作り方を教わっていたらしい」
手作りっぽいなとは思っていたけど、まさかのヴェラの手作りとは。いやというかユピテルなんで分かったの???
ユピテルがクッキーをひとつ手に取ってまじまじと見つめている。
かと思うとポイっと口に放り込んだ。
どうでもいいことだが、意外に鋭い八重歯が覗いていた。竜姿の名残り?
いや、それよりユピテルが自らお菓子を食べた…?
「ふむ、毒はないようです」
いや、毒見か?????
「っあはは、ヴェラちゃんに失礼じゃないかい?」
「ヴェラ様が入れなくても何処かで混入する可能性はあります。お二人も頂いては」
アトリアが笑うとユピテルは澄ました顔をしているけれど、本当は食べたかったんじゃないのか?
言い訳がどうも雑な気がする。昨日のサンドイッチで食事というものに多少の価値を見出したのかもしれない。
だってほら、さっきまで口をつけてなかったお茶を今飲んでいる。
「リギルより先にユピテルが気付くとはね」
「ユピテルの洞察力は異常だよ…」
邪竜の力で僕らが分からない何かを見ているような部分がユピテルには多々ある。
鑑定に似た力があるなら“ヴェラが作ったクッキー”と表示されている可能性だってあるだろうし。
僕たちが見ていない隙にユピテルはクッキーをもう一つ口に放り込んでいた。
いや、うっすら見えてたけどね?
もうそれは毒見じゃないぞユピテル。




