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103・魔族の魔力の暴走について

「まさか、首都以外で事件が起きるなんて…」


深いため息を吐きながらアヴィが頭を抱える。


連続魔力の暴走事件についてはヴェラ以外にはコッソリ伝えていた。

まさか目の前で起きてしまえば誤魔化しようがないのでヴェラにもしっかり話してヴェラは何も心配しなくていいし関わろうとしないようにと言っておいた。

ヴェラは優しい子だから勝手に責任を感じてしまうかもしれない、そう思って黙ってたのにな。


「だが話を聞くに首都から出てきたところだったらしいです。条件に当てはまらないこともない」


屋敷に戻るとテュシアー伯爵家という家からアヴィに速達(魔法ですぐ届ける緊急用の手紙)でお礼と迷惑をかけたことに謝罪が代筆で届いていた。

だから帰るなり話を聞きたいと言われてアヴィと二人で…いや、ユピテルもいるので実質三人で話している。

テュシアー伯爵はすぐに意識を取り戻したらしい。


「もし原因の範囲が広がってしまったのなら不味いですね」


「その可能性も考えなければいけません」


僕の言葉にアヴィが取り詰めた様子で頷いた。


「とりあえずテュシアー伯爵が無事のようで良かったです」


「水をあまり飲んでなかったのと、魔力の暴走に対する応急処置も良かったからです。リギル様は氷魔法が使えるのですね」


「全属性使えます。でもまあ、魔力は他人より多めですが“精霊に愛されし者”の方々と比べるとそこまででは」


あそこで魔力が足りなかったら伯爵は死なずとも脳にダメージが残って後遺症ががあったかもしれない。

伯爵も精霊に愛されし者の中では少ない方だったんだろう。シリウスレベルの人間の魔力の暴走が起きたら僕には到底どうにもできない。


「全属性そこそこ使えるほうが僕には羨ましいですよ。精霊に愛されし者は強い力がありますが、精霊の属性しか使えませんから」


アヴィがそう言いながら苦笑する。ぶっちゃけ確かに“精霊に愛されし者”って不運かもって最近は思っている。

魔力の暴走に怯えて暮らさなきゃいけないし、本当は精霊に愛されているわけでもない。精霊は都合の良い好ましい人間に力だけ与えてほったらかしなのだから。


「三十代を超えた人間の魔力の暴走は二件目です。公になれば混乱を招くでしょう。慎重に取り扱わなければいけません」


まずは王家に判断を仰ぎますと、アヴィが言うとユピテルがすっと一歩近づいてきた。


「リギル様、アスピディスケ侯爵代理様、発言を宜しいでしょうか?」


「うん?」


「ああ、構わないよアルケブ子爵殿」


僕が首を傾げると、アヴィがそう言って微笑む。

ありがとうございます、とユピテルは頭を下げた。


「まず前提ですが、侯爵代理は魔族の魔力が人間にとって毒であることはご存知でしょうか」


「ああ、うん。魔族が多い国だからね、周知のことだし、魔族の人間への魔力行使は法律で禁止されている」


「魔族の魔力は主に人間に二つの害を及ぼします。まずは魔力の破壊、人間の魔力と相性が悪く、ぼろぼろに壊します。しかしこれに関しては相互作用ですし、触れ合うくらいなら問題ありません。二つめは、精神の破壊…、つまり、脳へのダメージです。魔力に充てられると気を失ったり、酷ければ発狂状態を起こします」


「精神破壊……」


ぽつりと呟いて、ユピテルの言いたいことが微妙に理解できたような気がした。

人間は精神と魔力の結びつきが強い。精神が不安定になれば魔力の暴走を起こす…。


「つまり、故意に起きた事件なら魔族が犯人の可能性があると?」


アヴィが呟いた。どこか不愉快そうな表情だ。

魔族と共生するこの国で魔族だからといって疑うのはしたくないのかもしれない。


「ええ、ですがそうなら高度なテクニックです。上手く脳に魔力を流し込み、暴走を引き起こした。魔力は心臓を中心に湧くので頭は遠いです。影響して壊しあう可能性も少ないので魔力が流し込まれてもすぐには消えません。伯爵が首都から離れてから引き起こしたなら何かの手を使い、時限爆弾式にしていたか術者が移動しているか……、何にせよ強い魔力を持った魔族ということになりますね」


…もし原因がそれなら、そんなことができるのはきっと“古の魔族”しかいない。

でも、エルナトもレグルスもプラネテス王国内だ。他のメンバー?そうなら面倒だ。


「もう一つとしては市場に何か出回っている可能性があります。装飾品かもしれませんし食料かも知れませんが…、呪いのかかったものが混ざっているのやもしれません」


「呪い…」


「前者なら魔力の暴走が起きた時に犯人が近くにいた可能性がありますね。お二方、心当たりは?」


僕とユピテルは同時に首を振る。余裕がなくて僕は怪しい人がいたとかは覚えていない。

でもユピテルも分からないならその場に居なかったのだろう。


「分かりました。…後者については僕も父も可能性があると見て調べている最中です。アルケブ子爵の意見は一つの可能性として受け取って審議します」


「ありがとうございます」


ユピテルが頭を下げる。それに対して微笑んだアヴィだったが、すぐに真剣な顔に戻った。


「しかしながら、魔族も魔力の暴走を起こしているのです。すぐ収まり、命は無事ですが」


「えっ?」


アヴィの台詞に思わず情報に耳を疑った。魔族が魔力暴走?聞いたこともない。


「しかも最初の被害者です。これに関しては秘匿されています。ですからご内密に。魔族が魔族の魔力に充てられて精神崩壊はしないですよね?」


「ええ、致しませんね」


ユピテルは冷静な表情を崩さなかった。特に驚きはない、と言った様子だ。


「ですからその方だけ原因が別なのではないでしょうか」


「原因が別?」


「魔力の暴走、ではなく、拒絶反応かもしれません」


「「拒絶反応?」」


僕とアヴィの言葉が重なる。思わず顔を見合わせた。


「…、これはあまり使われていないいにしえの魔術なのですが、従属魔法というものがあります。魔力の強い“精霊に愛されし者”あるいは魔族が魔力を捻出して石の様な塊にします。それを無理矢理でも飲ませれば、内側から魔力支配できます。魔族の魔石は人間に対しては拒絶反応どころか毒をまるまる飲ませるようなものですから失敗しぬするのですか、魔物や魔族なら或いは…」 


「あ………」


森で魔石を飲んだ魔物に襲われたことを思い出した。

まさか、あれは誰かの他の魔族を操るための練習?その誰かは魔物で練習が終わったから魔族の多いこの国に?


「しかし、精神と身体を支配する魔法ですから、本人の強い意思があれば魔石を体外に出そうと拒絶反応を起こし魔力を放出します。それが魔力の暴走に見えたのでは?と私は推測致します。そしてもし、最初の被害者が従属魔法で操られたのなら以降の事件に関わっている可能性があります」


ユピテルはすらすらと迷いなくそう言った。魔石の従属魔法の話なんて広く知られていないのに何でユピテルは話してくれるんだろう。

無駄に目立つことになってしまうのでは…。


「操られた魔族が人間の魔力の暴走を起こしているかもしれないってこと…?」


「ええ。与えたれた魔石の魔力の濃度が濃ければ魔族の方の魔力は爆発的に強くなります。操る優秀な術者がいれば繊細な命令も正確に遂行するでしょう。離れた場所からでも」


僕の質問にユピテルは頷く。魔石で強くなる可能性があるならあのウルウルフもそうだったんだろうか?

アヴィはユピテルの話を聞いて、息を呑んだ。


「……、確認しましょう」


「確認するにもお気をつけ下さい」


相手は強い魔族かもしれない。操られているなら危険かもしれない。


「アルケブ子爵殿は色々な知識をお持ちのようで」


「いえ、色々な文献を読み漁るのが好きなだけです。魔石での従属についてはリギル様だって知ってますよ」


アヴィがぱっとこっちを見た。

ユピテルが教えたんでしょ!!!…とはまあ言わず、笑って誤魔化した。


しかし、あの時は行動制限が手一杯だったのに今度は完璧に操っているのか?

失敗したのなら魔族から話が聞けるはずだけどアヴィが黙っているということは、もう操られていることが確実だろう。

操られそうになったのならそう本人が言うだろうし、その前に失敗したのなら…


「魔族が失踪したりはしませんでしたか?」


「…、そういえば、魔力の暴走事件の前に数件身寄りのない魔族が失踪しました。しかしながら捜索を訴える親族も居ず、後回しになってるうちに魔力の暴走の事件が起きて……」


アヴィの返事にやっぱり、と思った。従属が失敗した魔族は消されている。

魔族は死ねば核しか残らないから証拠隠滅がしやすい。


…これは用意周到にされた何かの実験の過程に違いない。




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