98・手作り体験
工芸品の手作り体験ができる工房というのは前回工芸品を買ったお店からそんなに遠くないところにあった。
というのも、この辺りのお店は全部工芸品のお店だ。
こないだ行った店は小物が多いが家具などを取り扱う店や、原材料を売っている店もある。
この工芸品の手作り体験ができる工房は割と旅行にくる貴族に人気らしい。こうした職人の体験というのはなかなか新鮮で珍しいものだからだ。
もちろん、傲慢な貴族ならわざわざ体験に来たりしないので工房側も貴族だからと警戒したりもしていない。
そういえば小学生のときの修学旅行で飾り皿や鏡、写真立てとかで彫刻体験したことがある。
作業のためエプロンを借りて身につけるとあの時のことをなんとなく思い出した。まだ両親が生きていた時期だ。
転写シートで柄を写してその通りに彫刻して、あれは結構楽しかったな。
まあ下手くそだったけどね。絵だけじゃなく芸術センスみたいなのは皆無みたいだ。
「お兄様、エプロン似合いますか?」
エプロンを身につけたヴェラが嬉しそうにくるっと回った。
うん、めちゃくちゃかわいい。
「すごく似合う」
貴族令嬢向けの可愛らしいエプロンだけど、きっとこの先の人生ヴェラのエプロン姿を拝む事はないかもしれない。料理はシェフの仕事だし。
とりあえず僕はヴェラのエプロン姿を脳裏に焼き付けておく。
「私はどうですか?」
小首を傾げてシャウラが尋ねてきた。
こっちもめちゃくちゃかわいい。お嫁さんにしたい。
こっちも脳裏に焼き付けておく。
「すごく可愛い」
正直に答えるとシャウラは恥ずかしそうにしながら頰を赤らめた。かわいい。
「オレは?オレはー?」
リオがヴェラのようにくるりと僕の前で回った。何が目的なんだ。
リオの後ろでヴェラがくすくすと笑っている。
「(後ろのヴェラが)かわいい」
「わーい!」
括弧の中はリオにはもちろん見えない。よく分からんけどリオは嬉しかったらしい。いやまじで意味わからん。
アトリアも腹を抱えて声を殺しながら笑っている。
「では、皆様、作業台へどうぞ」
みんながエプロンをつけ終わると、この工房の工房長がそう言って促した。
揃ってみんなが素直に席に着く。なんだか授業みたいだ。
目の前の作業台には木片がいくつか揃っていた。黒と白、茶色、種類の違う様々なものだ。
この体験では刃物は使わずに木片を組み合わせて好きなものを作る。丁寧に薄いガイドブックも置いてある。
組み合わせた木材を接着剤でくっつけて、ヤスリがけしてニスを塗るという事らしい。
「どの小物を作るかはお任せ致します。分からないことがあったらお聞きください。見本はこちらに」
工房長の近くの台に綺麗に飾られた完成品が見える。組み合わせ次第で色んなものが作れそうだ。
みんな真剣に材料を手に取って組み合わせ初めた。
僕は何を作ろうか………。
出来れば普段使い出来るものだったらいいよね。そうなるとやっぱりペンたてとか?
ちなみにこの世界では主に羽ペンやGペンみたいなつけペンが主流。最近は海外から輸入したガラスペンを愛用している。
僕の使ってるガラスペンは見た目も綺麗だしインクが長持ちするから好きなんだよね。
でもころころ転がって落ちたら割れちゃうし気をつけてる……うん、やっぱりペンたてかな。
大きめの木片、長方形を四つ、正方形を一つを手に取ってみた。
色を変えておしゃれな感じにしよう。長方形を組み合わせてから正方形をくっ付ければ安定感が出るはず…。
僕も真剣に木を組み合わせ始めた。表面に小さな木片をつけて柄みたいなのも作りたいな。バランスがなかなか難しい。
組み合わせが終わって接着剤を乾かすと工房長に教えて貰いながら綺麗にヤスリがけをしてニス塗りをする。
完全に完成したら見せ合うことになったので乾くのを待ってから自分たちの作ったものを見せあった。
「なにそれ?前衛美術?」
リオが僕のペンたてを目にしてそう言った。なんだァ?てめぇ……。
普通のペンたてじゃつまらないので丸い木片で目、三角ので耳をつけてネコチャンッ風にしてみたんだけど…。
「まあ!可愛らしいですわね、えっと…、これは…なんでしょう…?」
シャウラまでもが困惑している。そんなに酷い?
「わかった!魔物のゴブリンでしょ!!」
「ネコチャン…」
ボソリと呟くとリオがピシッと固まった。
いや、ゴブリンて、ゴブリンって…!!!!って言うかこの世界にゴブリン魔物として存在するんだね!?
お目にかかった事ないから知らなかったよ!かかりたくないけど!!!
「た、確かに三角のお耳が…猫さんですわね…」
シャウラが慌ててフォローしてくれたけどなんか虚しい。何がいけなかったんだ、僕のネコチャンッ…。
「顔の真横に耳があるから……」
リオが気まずそうにそう言った。耳の位置がダメなの??
僕は自分のペンたてをじっくり見つめる。よく見ると左右の目が少し上下にズレてるし、鼻と思って付けた三角の木片も下すぎて口みたいになっている。
出来たときは完璧!って思ったのに改めてみると酷い。今更直すことも出来ないし、仕方ない。
「っふふ、もう、リギルでも苦手なことはあるのですね」
シャウラが吹き出してしまった。傷ついた…けど、可愛いから許す。
シャウラは僕の作ったペンたてを持ち上げるとまじまじと見つめてまたクスッと笑った。
なんか、恥ずかしい。羞恥プレイかな…。
「これ、私に下さいませんか?気に入りましたわ」
シャウラは僕のペンたてを大事そうに抱えながらそう言った。馬鹿にするでも面白がるでもなく、嬉しそうに。
「…、構わないけど」
「私もペンたてにしたんです。リギルには私のをあげますわ」
シャウラが差し出したシャウラのペンたては大きな木片を組み合わせただけの僕のとは違って小さな木片をたくさん組み合わせて作った板を更に組み合わせて作った、綺麗な柄のついたものだった。
「な、なんか、お粗末でごめんね…」
思わず赤面した。これが圧倒的なセンスの差…。僕の小学生の工作みたいなのが恥ずかしい。
「リギルが一生懸命作ったんですもの。猫はシャウラに似てるって、言ってましたものね」
猫を作ったのは完全に無意識だったのだけど、そうシャウラに言われて更に照れてしまった。
無意識にシャウラのことを潜在的に考えて僕は猫にしてしまったのか…?そう思うと本当に輪をかけて恥ずかしい。
「わ、すごいです!!なんですかこれ!」
ヴェラの声が聞こえてハッとする。そっちを見るとアトリアとヴェラがミラを囲んですごい、やばいと褒め称えていた。
シャウラとリオと顔を見合わせて、僕らも見に行った。
「た、大したものでは…」
そう控えめに照れるミラの目の前には、彫刻と言って差し支えないような“龍”の置物が置かれていた。
そう、龍、厨二男子の憧れの龍。ドラゴンの竜ではなく、よく、入れ墨になったり、お土産の剣のストラップに巻きついてたりする龍だ。
リオがカッコいい!と目を輝かせている。
え、いや、というか、木片でどうやって錬成したの?怖すぎる。たしかに小さめのたくさんあったけど。
「ミラ嬢は手先が器用なんだね」
アトリアが褒めるが、器用ってレベルじゃない、マジックハンドや。
「まあ、ミラ、すごいのね」
ミラの才能に恐れ慄いてると、シャウラに褒められたミラが得意げな顔でこっちを見てきた。
得意分野で勝った気になるなんてズルいぞ…!




