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97・とある使用人目線の隣国のはなし

「そういえば、あんたの兄貴リギルの執事なのよね?」


「は?」


どういう風の吹き回しか、自分に興味ないと思っていた聖女がカフの身内の話を振ってきたことにカフは驚愕した。

夏休み中は学園の授業がない為、聖女が退屈だとうるさいのであっちにこっちに買い物やらなんやらに付き合わされている。

やっと落ちついた貴族行きつけのティーハウスで一息つけると思ったらこれだ。


「いきなりなんですか」


「な、何よ。なんだっていいじゃない。気になったのよ」


彼女はそう言って唇を尖らせた。まあカフには理由はだいたい分かっている。

ユレイナス公子のことが気になるからユピテルに情報を聞き出して欲しいのだろう。


「確かに兄はユレイナス公子様にお仕えしていますが」


カフがそっけなく答えると、聖女はやっぱり!と瞳を輝かせる。あまりにも前のめりな聖女にカフは思わず仰け反った。


「何です」


「や、お兄さんからリギルのことなんか聞いてないかなって」


「存じてません」


カフはきっぱりとそう答えた。実際あまりユレイナス公子のことについてカフは知らない。

知っているのは“兄”のお気に入りだということと立場や評判くらいのものだ。あとは聖女から聞かされるグチとか。


「全く?全然???」


そう聞きながらムッとした様子で聖女はカフに縋り付いて来た。

縋り付いて来られても知らないものは知らない。


「隣国に旅行に行ったという話なら聞きましたよ」


「隣国に旅行?」


聖女の問いかけにカフは頷いた。

今はもう隣国に着いて、一泊くらいはしただろう。


「…、旅行…いいなあ…」


珍しくしおらしくぽつりとそう言った聖女を横目にカフはお茶を飲んだ。さすが貴族の行きつけのティーハウスだけあって美味いななどと考える。


「リギルと旅行……」


頬杖をついて窓の外を覗く姿は可憐な少女と言えなくもない。カフは人間の美醜に興味はないが、騒がしく無ければまだマシなのになとは思う。

どうやらこの聖女はユレイナス公子に恋心を抱いているようなのだが、いかんせん性格が最悪なので魅了が効かない彼への想いは叶わないだろう。

聖女が悪役令嬢と呼ぶエリス公女のほうがよっぽど聖女に向いている。


「おや、アンカ。こんなところで会えるなんて奇遇だな」


後ろから聞こえた男の声にカフはゾッとした。

言い知れない、嫌な感じがしたのだ。振り返らずいると、聖女がその男の声に反応して顔を上げた。


「あら、エルナト。それから、レグルスも」


カフがそっとそちらを見るとニコニコ人好きのする笑顔を浮かべたくすんだ金…麦わら色の髪色に緑色の瞳のそばかすのある少年と、その後ろには鮮やかな瑠璃紺色の長髪と瞳の色で眼帯をした少年がつまらなそうな顔をして立っている。

麦わら色がエルナト、瑠璃紺色がレグルスのようだ。


「あら、貴方たち仲が良かったの?」


不思議そうに聖女は首を傾げた。ぼそりとレグルスのほうが不機嫌そうに良くない、と呟くとエルナトは声を立てて笑った。


「幼なじみなんだ。否定されると傷つくな」


エルナトの言葉にレグルスは不快そうに顔を背ける。初対面のカフにも仲が良くないということくらいはわかった。


この二人、二人とも魔族ですね。


カフはさっき感じた嫌な感じの正体について考えていた。特にエルナトのほうから妙に嫌な感じがする。

他人を利用してやろう、蹴落としてやる、そんな野心のある目をしている。聖女を見る目もそんな風だ。


「幼なじみなんて初耳だわ」


「言ってなかったからな。ご一緒しても?」


「私は聖女様の従者なので決定権はありません」


エルナトがカフを見たのでカフはすぐさまそっけなく返事をした。

レグルスは同席が嫌なのか、エルナトにおいと声をかけて腕を掴むがさりげなく振り払われている。

弱みでも握られているのだろうか?レグルスよりエルナトのほうが力関係が上に見える。

だが、実力のほうはレグルスの方が上なのではないだろうか。

レグルスはため息を漏らしながら席には着こうとしなかった。


「もちろん、私はいいわよ」


「さすが聖女様!」


お忍びでも無いのに安易に許可を出す聖女を見てカフは呆れた。

未だ王太子と恋仲だと思われている聖女が従者はともかく男性二人とお茶なんて、噂好きの令嬢に見られたらどうするんだろうか。

ティーハウスにはもちろん貴族しかいないのに。

とはいえカフも忠告してやるほどお人好しではない。遠慮なしに聖女の隣を陣取るエルナトを見て狼狽した様子のレグルスを見て僅かな親近感と同情心が湧いた。


「そういえば、エルナトは隣国には行ったことはある?」


「どの隣国?」


聖女はエルナトにそう聞き返されて困った顔をしてカフの方を見た。プラネテス王国は大きな国なので隣接する国は五カ国ある。

カフから詳しくは聞いてなかったから、あんたなら知っているでしょ、という顔だ。


「タラッタ王国です」


「へえ?」


カフはエルナトの緑色の目がぎらりと輝いた気がした。

ハッとしてエルナトを見るが、にこにこと相変わらず笑みを浮かべている。


「行ったことはないけど、タラッタ王国がどうかしたの?」


「どんなとこなのかなって。旅行、に行ってるみたいで」


「誰が?」


「え、誰がって…」


聖女が狼狽える。友人でも何でもないのは確かだからどう言ったものか悩んでいる様子だ。

聖女はちらちらカフを見ている。いちいち助け舟を要請してくるのはやめてほしい、とカフはため息を吐く。


「ユレイナス公子様です。兄が仕えているので、兄がユレイナス公子様の付き添いで隣国に行ったという話をしていました」


「ユレイナス公子が?へえ?すごい偶然だ」


偶然、という言葉にカフは引っかかりを覚えた。エルナトは一体何をもって偶然だと言っているのだろう、と。


「それで隣国が気になるんだ。確かあそこは木工の工芸品と温泉地が有名だよ」


「ふぅん、そうなの。オンセン…聞いたことくらいはあるわ」


「しかし、今の時期に隣国なんて…」


「エルナト」


言いかけたエルナトをレグルスが制止した。エルナトはレグルスの顔を見てにやつくとなんでもない、と言葉を濁した。

聖女のほうは首を傾げているが、そう、と返事をすると特に気にしてはいないようだ。


「エルナト、今日は用事があるだろう。早く行くぞ」


レグルスの言葉にエルナトは一瞬つまらなそうな顔をする。そして嫌々といった様子で立ち上がり、聖女の方を向いた。


「そういうことみたいだからまたね」


「…?うん」


レグルスに行くよ、と言うとエルナトはすたすたと立ち去って行く。レグルスはエルナトを追いかけようとして一瞬立ち止まってこちらを振り向いたと思うと、


「エルナトにはあまり関わるな」


そう言い残して、早足でエルナトの後を追っていった。


「…、何かしら?」


聖女は首を傾げる。この残念な主人がレグルスの言葉を真剣に考えることはないだろう。

カフは厄介ごとに巻き込まれるのはやっぱり御免だと、今日で何回目か分からないため息をついた。




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