95・本当にてぇてぇ
「推しを泣かせたかったわけじゃないんだ…」
ハダルが片手で目元を覆い、天を仰ぎながらそう言った。
泣き止んだヴェラはハダルのその言葉に首を傾げる。
「おし…?」
「気にしなくていいよ、ヴェラ」
僕がヴェラを撫でると、ヴェラは僕ににっこり笑った。
どうやらスッキリしたみたいだ。
「泣いてごめんなさい、お兄様…」
ヴェラは少し眉尻を下げて僕を見つめた。
「ヴェラが僕の為に悲しんでくれたのは、嬉しかったよ。でも本当に今が幸せだから大丈夫」
こくんとヴェラは頷くと、僕にひしっと掴まった。
どうやら甘えん坊モードになってしまったみたいだ。
やっぱり僕の妹は天使すぎる。
「てぇてぇ……」
ハダルがボソッと呟いた。今度は違う意味で天を仰いでいる。
ふう、と落ち着きを取り戻してからハダルは僕の方を向いた。
「…、星蝕のことだけど、私もついさっき知った。このことは、私からはこれ以上言えない」
「えっ?ついさっき…?」
ついさっき、というと、つまり僕の後に鑑定した誰かから聞いたってことくらいしか考えられない。
シャウラとヴェラはもちろん除外されるから考えられるのはミラくらいだ。
ミラから聞いた?でもミラからそんな話聞いたことはない。
本物の聖女が生まれるのは五百年に一度という似たような話なら聞いた。
精霊眼がたくさん居ないと聖女が出ないって言うし、きっと星蝕に関係があるんだろうけど。
ハダルが駄目と言う以上追及はできない。
むしろさっき知ったと考える余地を与えてくれただけ助かる。
仲間内でもプライバシーは大事だし、共有すべきことならミラも後から教えてくれるはずだ。
「そういえば、この国にはあとどれくらい滞在するんだ?」
「ん?一週間だからあと五泊くらいかな…」
僕の返事にハダルはフゥン…と答えて少し考えている様子だった。
「首都では少しバタついているからあまり近寄らない方がいい。観光ならこの辺りを…」
「もしかして魔力の暴走の件かい?」
言葉を遮ると、ハダルは少し驚いた様子を見せてから頷いた。
「アヴィオール・アスピディスケ侯爵代理から聞いたんだ」
「侯爵代理…ああ、高校…じゃなかった。魔法学校の先輩だな」
高校という言葉にはもちろん聞き馴染みがある。まあ似たようなものではあるよな。間違えるのもわかる。
アヴィはあまり交流が無かったと言っていたし、ハダルは覚えてないかもと思っていたけどしっかり覚えていたみたいだ。
「そうか。彼から聞いたのか…、まあそういうことだ。原因も全く不明だ。ただ首都だけで起きている」
「首都だけで……?」
アヴィはそこまでは言って居なかった。まあどこで起きたかなんてわざわざ言う必要ないけど、首都だけなんて異常じゃなかろうか。
「意図的に引き起こされた可能性は?」
「ないとは言えない」
ハダルはそう言い切った。そりゃ首都だけで五件立て続けにだなんて意図があるとしか思えない。
どこかに犯人がいるということで、首都にいればリスクがあるということ。
それをアヴィがあえて伝えなかったのは事件があった事は適度に話して警戒してもらいつつ、旅行を台無しにしない様に被害が及ぶ恐怖を感じさせない、そういった気遣いなのだろう。
「だから首都には行かないように。首都以外が安全だとは言えないけれど」
「…、分かった」
現状、この事件に対しては僕らに出来ることはないだろう。巻き込まれて迷惑をかけないようにするのが一番だ。
「妹君、やけに静かじゃない?」
ハダルがぽつりとそう言ったので反射的にヴェラを見る。
よく見るとヴェラは僕に寄りかかりながらすやすやと寝息を立てていた。かわいいかよ。
「寝てる……」
「ぇえ……、尊い…」
ハダルが感動している。わかる、この尊さはDNAに素早く届く。
泣き疲れたところに難しい話をし出したので眠くなってしまったんだろう。
「…、今日はお暇するよ。鑑定も終わったし…」
ヴェラを早くベッドに寝かしてあげたい。
このままじゃ、身体を痛めてしまうからそれは良くないよね。
「分かった。そうだ、リギル様、コレを」
ハダルがポケットから何やら丸い石を出した。
丸く加工された透明な石…、もしかしてダイヤモンド?
「これはダイヤを加工した連絡石。魔道具だ。風と電気で音を伝える。まあ電話みたいなもん、いや、無線の方が近いかな…?とにかくそういうやつ」
そう言いながらハダルは僕にダイヤモンドを差し出した。
「私が対になるダイヤモンドを持っているからいつでも連絡して。何度かは繋がる」
正直これってめちゃくちゃ高価なものではないだろうか。受け取るのがどうも憚れる。
だけどハダルが真剣な瞳で見つめてくるので、連絡を取り合うことは今後重要だと考えているんだろう。
「分かった、ありがとう」
僕はそれを素直に受け取る事にした。
ハダルの助言が必要になってくる場面はもしかしたらあるかもしれない。
今日会ったばかりとはいえ、彼は立派な協力者だし…。
「それと、契約書にサインを」
ハダルが僕に契約書を向けた。これは最初に話した時にハダルが提案してくれた秘密を外部に漏らさないという契約書だ。
秘密を無闇に許可なく漏らした場合罰が下ると書いてある。
こういう契約は血判を押して精霊の承認を受ける。
内容を確認して、サインをしてから軽く指先を切って血判を押すとハダルに返した。
「ちなみに罰って?」
「秘密を漏らした無用なお喋りな口を引き裂いて喉を焼く」
「重くない!???」
僕が絶叫するとハダルはしれっと守れば良い話だと言った。いや確かにそうなんだけど。
ハダルは本当にそれでいいのか。
ハダルは自分もサインし血判を押す、それが終わると紙が光に包まれて、空白に星のマークが浮かんだ。
精霊が契約を受理した証拠。これでハダルが約束を破れば精霊がハダルの口を引き裂いて喉を焼く。いや、怖っ。
「コレで終わりだ。お喋りにまで付き合わせてすまない」
「いや、僕こそ色々ありがとう…」
窓の外を見るとすっかり日が傾いていた。暗くなるのも時間の問題だろう。随分長居してしまったみたいだ。
鑑定には時間がかかるし、僕も話を沢山聞いたし…。昼食もご馳走になってしまった。
「じゃあ、またそのうち会って話そう、ハダル。友達だからね」
僕がそう言うとハダルは少し驚いていたが、ふっと笑った。
「ああ、また会おう。リギル」
僕は未だすやすや眠るヴェラを抱き上げるとハダルに会釈をして、その場を後にしたのだった。




