表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/14

クリスマス

#小説 #恋愛 #ショートショート #クリスマス #悲しい

(注意・全体を通して、当作品は雰囲気が暗いです。苦手な方はご遠慮ください)

冷たい空気、

積もる雪、

震えている手。


長靴が雪を踏みつける心地よさを感じながら、俺は歩いていた。


今日はクリスマス。

まるで光の粒子があたり一面に飛び散ったみたいに、

町は煌びやかに輝いている。


そんな中で、俺の心も弾んでいた。


クリスマスで心が弾む、と聞けば、考えられるのは一つだろう。

俺は今日、とある女に告白をするのだ。


カップルや夫婦など、通り過ぎる人の波が俺に目を向けることはない。


俺もそれに習い、深々と雪降る中、

浮き立つ心を押さえ、ゆったりと歩いた。

時折、屋根に積もった雪がドサッ落ちる音や、車のクラクションを聞いた。


大丈夫、待ち合わせの時間までは、まだ余裕がある。




待ち合わせの時間まで、

五分の余裕をもって約束の場所に着いた。


さっきまでいた街から少し離れた場所だった。

喧噪から離れて、どことなく落ち着いた、貫禄のある雰囲気が漂っている。

カウンターの後ろには大量の黒い豆が並べられた──まぁ、俗にいう「コーヒー専門店」だ。


俺が座っているのはカウンター席で、店内に他に客はいないようだった。

つまるところ、俺が独占している状態である。


「お客さん、なんだか、気分がよさげだね」


『マスター』が、眼鏡越しに俺と目を合わせて言った。

とりあえずこれ飲んどきな、と彼は俺にコーヒーを一杯渡す。

マグカップにそそがれたソレを受け取り、

俺は、ありがとうと礼を言った。


コーヒーに鼻を近づけた。

肺をゆっくり満たす独特の香りに、唾液を飲み込む。

コーヒーは結構、得意だった。


でも、個人的にはアメリカーノ、つまり通常のコーヒーをお湯で薄めたものが好みである。

普通のブラックコーヒーとか、苦すぎて飲めないじゃん?


マスターの渡してきたコーヒーは湯気を発していて、見るからに熱そうだった。

俺は、口を開き、啜るようにして飲んだ。


まずは一啜り。

いつもならうまく飲めるのだが、

なぜだか今日は火傷してしまった。


次に二啜り。

もう火傷はしないぞと心に誓い、さっきよりも慎重に。


よし、上手く飲めたぞ。

次に三、四……


一口すするたびに、心温まる感覚がする。

舌の上で液体を転がしていると、早々に俺は確信した。


ああ、ブラックコーヒーだね、これ。


飲めないかも。


俺はマグから手を放し、時計を見た。


すると、自然と息が吸われた。


時計は、待ち合わせの時刻を指していた。

俺の心に緊張が走る。

目は自然と、外に向いた。


扉が開く気配はない。


そうだ、君は結構、時間に余裕をもってくる奴だった。

まだ焦る時間じゃない。

窓越しに、まるで、イルミネーションみたいにキラキラした街が見えた。

その光景は、やけに遠かった。

ぼんやりと、綺麗だな、と思った。




待てど暮らせど、彼女が来る兆しはなかった。


「なぁ、マスター。茶色い髪の、かわいい女、来てないかい?」


痺れを切らした俺は、用具を磨いているマスターに、そう尋ねた。

すると彼は、そっけなく「知らねぇな」と返す。


暫くの沈黙。

店には暖房が付いていない。全体的に空気が冷たいようだった。

そのお陰で、コーヒーの温かみをより感じれるのも、事実だが。


やっぱり、女という生き物は時間に無頓着らしいぞ、と俺は薄く笑う。

こう見えて俺も30代だ。

年甲斐もなく恋愛なんてモノに手を出したのが、

よくなかったのかもしれない。


とうとう、苦手なはずのブラックコーヒーを飲み干してしまった。

俺は、マスターにマグカップを返却しながら言った。


「うげげ……。俺、フられちまったのか……」

「フられた?」


マスターが眼鏡を外し、興味深げにこちらを見た。

相当の年配である割に、彼の目ははっきりと見開かれていて、驚いた。


冷たい空気が、肌を刺す。

俺は深々と、白い息を吐き出した。


「いや、気になる女の子ができたから、呼び出してみたんだよ。でも、全然来なくてさ。待ち合わせの時間なんて、もうとっくに過ぎてんのによ……」


少しイライラしながら、腕時計を見る。

マスターは、再び眼鏡をかけ、

なぜだか寂し気に言った。


「……もう、帰んな、おまえさん」

「えっ、なんで……」


あまりにも突然の宣告に、俺は驚いた。

マスターの口調は、突き放すような物に代わっていた。


降り積もる雪が冷たくて、重い。




……あれっ、俺はついさっきまで屋内にいたはずなのに。

どうして俺は、雪に晒されているんだ?


それに、なんだか、体の真ん中が『熱い』。


「きゃぁぁぁぁっ!」


誰かの劈くような悲鳴と、車のクラクションの音が聞こえた。

俺は頭を上げて何が起きたのか確認しようとするが、体が言う事を聞かない。

体が動かない。


「うそ……」


聞き覚えのあるかすれた声が、俺の耳に入った。

俺はすぐに、ピンとくる。


それは、間違いなく、俺が告白しようと思っていた女の声だった。


俺の視界に、彼女が入ってくる。

彼女は血に濡れていた。


『返り血だ』と俺は感じ取る。

それも、誰かの返り血なんてものじゃない。


俺の血だった。


クソ、なんで今まで思い出せなかった。


俺は車に轢かれそうになった彼女を庇って、

代わりに車に轢かれたのだった。


彼女は呆然自失のまま、俺の頭に覆いかぶさるようにして倒れた。

さっきまで腹部が熱かったのに、今はもうそれさえ感じない。

体が引きつっていくのは、朧げだった。


深々と降る雪に、意識がとけてゆく。

俺の頭に、ある言葉が浮かんだ。


……もう、帰んな、おまえさん。


俺ははっとした。

俺は本来、このまま死ぬはずだった。

なのに、あのマスターは俺をここに帰してくれた。


なら、何か、言うべき言葉があるはずだった。


だから、俺は言った。


「……愛してるよ」


まるで、イルミネーションみたいにキラキラした街が見えていた。

その光景が、やけに遠い。

ぼんやりと、綺麗だな、と思った。


そして、俺の意識は、まろやかな珈琲の匂いと、クリスマスの光に溶けてしまった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ