不戦姫には仕掛けるな
自由人主人公、厄介な人種に絡まれる。
とあるフルダイブ式のVRMMORPGがあった。
それはとてもベタなファンタジー系世界を舞台にした、とてもベタなシステムを積んだ、とてもベタなゲームであった。
ただひとつ違うのが、ゲームの自由度。
ゲームを管理するAIがよほど優秀なのか、プレイヤー達の動きや影響度によって開発会社や運営が用意していない、予想外のシナリオへアドリブで創作して差し換えてくる。
大きな物なら国や大陸単位で。
小さな物なら活動拠点とするホーム周辺の、ご近所さんから貰うリアクションまで。
つまりプレイヤー一人一人の動きが、一人一人へモロに反映されるシステム。
開発会社が大きく自慢する、作品最大の特長。
その影響で、このゲームは極端な動きをするプレイヤーが多い。
ほとんどが善人プレイ。 折角の遊び、ゲーム中で後ろ指を指されて、嫌な気分になりたくないと思う人達。
残りは全力悪人プレイ。 ゲーム中だからこそ旅の恥は掻き捨てとばかりに、普段できない犯罪行為に手を染める人達。
そして一番少ないのが、変人プレイ。
周りからどう見られようが、自分なりに楽しめる事を見つけ、それに全力を傾ける人達。
検証と称し、隠されたデータも含め全てを解き明かそうとする者。
戦闘を禁じ極力避けて、未知の地域へ乗り込むことこそが真の冒険だと言い張り、無茶な行動を繰り返す者。
特定の拠点で腰を落ち着け、住民として溶け込もうとする者。
他にも色々いるが、兎に角MMORPG内にて別のゲームをしてそうな連中である。
その中でも一番と言っても良いほどの、有名なプレイヤー。
二つ名は“鳥のお姉さん”“飼育員のお姉さん”と街のNPCまで含めて呼ばれる事もあるが、一番通りの良い二つ名は…………。
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「お、不戦姫じゃん」
「長い黒髪ですらっとした綺麗な立ち姿。 姫って呼ばれるだけあるよなぁ」
「着てるものはシンプルで、地の綺麗さのみでアレはすげーわ」
「あの人、よくこの“メジハの街”の噴水広場で鳥と遊んでるけど、MMORPGなの忘れてるんじゃないか?」
「MMOなんだから、遊び方は人それぞれ。 誰にも迷惑かけてないし、良いんじゃね?」
「でも戦闘イベントだけじゃなくて、討伐依頼さえ受けたことがないって話だぞ? RPGでどれだけ戦いたくないんだよ」
「それな?」
「な? まあいいか、今日も遊ぶぞ!」
「ういーっす」
ここは会話にもあった、プレイヤーが最初に降り立つ街。
違う街へ行かず、ひたすら非戦闘系の依頼ばかりこなす女性キャラクターがいた。
それが“不戦姫”だ。
プレイヤーのみならずNPC達の間でも街の名物となったプレイヤーキャラクター。
戦闘はせず、お使い・配達・手伝い・採取の依頼ばかり受けている変わり種。
採取依頼も戦闘の危険が極めて少ない、比較的安全な場所でしか行動しない徹底振り。
依頼の遂行中に鳥が沢山飛んできて、不戦姫を手伝う場面を見かけるのが特異と言えば特異だが、テイマーならあり得ない話ではないので特別ではない。
物腰柔らか、拠点とするホームのご近所へ気配りも忘れない、街での評判がすこぶる良いキャラである。
井戸端で奥様方と混じって会議する姿は、まさに綺麗な若奥様。 もちろん独り身だから、若奥様と言うのは錯覚だが。
そんな“不戦姫”だからか、ウザいのにちょくちょく絡まれる。
このゲームは善人プレイばかりじゃないのか?
そうなのだ。 でもそればかりでもないのだ。
善人プレイしていれば、評価される、ほめられる。
するといい気になり、つけあがって「ちょっと位なら許されるだろ」とヤンチャする者が、どうしても出てくる。
基本善人だけど周囲へ迷惑を振りまく、正直言って面倒な連中が。
結果、ちょっとヤンチャしていたプレイヤーから、掲示板等で下世話な話題になったら必ずこう注意が飛ぶ。
不戦姫には仕掛けるな。
注意する奴の目のハイライトが消えたり、震え声になったり、錯乱しかかると言う謎の反応込みで語られる。
これで理解できるヤンチャ坊主は不戦姫を不躾な目で見なくなり、大袈裟だなぁと甘く見た者は注意する者の仲間となる。
そう。 今もまた、こうして注意を聞き入れず下品な顔をする、ヤンチャ坊主みたいに。
~~~~~~
「お姉さん綺麗だねー。 どー? オレたちとパーティー組まない? 戦いかたとか、優しく教えちゃうよー?」
メジハの街の近くにある森。
そこで穴場とされる採取ポイント密集地である、まとまった日差しが森に差し込む、陽だまりスポット。
その環境が心地良いのか、鳥達がのんびりしている様子を良く見かける。
ここで採取依頼をこなしていた不戦姫に、チャラ男達が3人程集まって、威圧気味に口説いていた。
…………髪の色のみならず衣装等もあわせて、全体的に赤・黄・青緑と丁度良く、信号機トリオとでも言おうか。
戦い方を教えるとか、相手が誰だか分かった上でのナンパ狙い撃ちである。
言われた不戦姫の返事は当然、
「教わる必要はありません。 貴方達のパーティーには入りません。 お断りします」
拒否であるが、案外強く正面からバッサリと行く断り方である。
余計な事かもしれないが、その断る言葉さえ美しく聞こえる。 音の響きが良いのだ。
聞く人によっては背筋にゾクゾクくるかも。
『なにぃっ!?』
3人揃って驚くが、無理もない。
姫と呼ばれる上、街で鳥達と楽しそうに戯れている様子から、もっと大人しくてお姫様お姫様した性格だと決めつけていたからだ。
それで驚きはしたが、ナンパな信号機は断られ慣れている。 ナンパの成功率なんて……と身に染みているので。
なので素早く立ち直り、口をチャラチャラさせる。
「いつも非戦闘系の依頼じゃ飽きちゃうでしょー? 敵と戦うのはスリルがあって楽しいよー?」
「そうそう。 一人じゃ勝てない強い相手を、協力して倒すのって絶対楽しいから」
「一緒にゲームを楽しもうよぉ?」
語る順番も赤・黄・青緑の順。
と言うかアレか。 こいつらは共闘する緊張と興奮で、つり橋効果を狙っているのか。 なんてベタな。
こんな安いナンパをされた不戦姫の顔は、とても冷たい。
「お断りします。 私は戦闘をしたくないので」
再度飛び出たお断り。
ナンパ野郎達相手だから断るのは当然であるのだが、それにしてもはっきりと言う。
このゲームは年齢制限の無い健全な物なので、ゲーム内でどうにかなるものでも無いが、それでもかなり強い拒絶だ。
この後も信号機トリオはチカチカ順番に点灯させて言葉を重ねるも、不戦姫には届かず。
しまいにはもう貸す耳も無いとばかりに、採取作業を再開させてしまった。
この場を見守っているかの様に、周囲の木々にとまっている鳥達も、なんだか呆れている風にも見える。
「…………ふざけんなよ、お高くとまりやがって」
不戦姫の態度に、赤信号が真っ赤に染まる。
それはまるで夜間点滅信号。
「おい待てよ、ちょっと落ち着けって」
黄色信号が注意を促し、
「お、やる気? やるなら手伝うよぉ?」
そして青緑が「進め進め」と言うように追随する。
だが黄色の努力もむなしく、抜剣。
すっかり戦闘態勢となった2人を見て、何かを諦めたように抜剣。
この信号機トリオ、全員剣士の前衛職。 パーティーバランスが悪すぎだ。
どうせ、剣が一番格好つけられるから! とかって安易な考えからだろう。
「そんなにパーティー組みたくないってんなら、この場で戦い方を教えてやんよー!」
「なんだよその屁理屈! ごめんな不戦姫ちゃん、こいつはいつもこんなんだから」
「これでこっちが勝ったら、パーティーに入ってほしいなぁ?」
もはや因縁付け。
訳の分からない言いがかりをして、周囲の木々が小さくざわめく中、信号機トリオが攻撃を仕掛けようとしていた。
と言うか黄色。 こいつがトリオの中で一番ヤバい奴かもしれない。
常識人でストッパー役かと思ったら、変わり身が早すぎる。 これも恐らく何かのナンパテクニックなのだろう。
それを確認した不戦姫はため息をひとつ吐き、インベントリから何か小袋を取り出した。
「なんだその袋? そんなんで戦えるのかー?」
「自衛用の煙幕とか、使い捨て攻撃アイテムかも? 油断するな?」
「どうでもよくね? 兎に角斬っちゃおうよぉ?」
少し警戒する黄色を残し、いきり立つ他2色。
緊張感が高まり切り、トリオが襲いかかろうとしたその時。
ばちゃあっ!!
と、先制攻撃で不戦姫が小袋の中身を、トリオへ全部ぶちまけた。
「うわー!」
「なんだ!?」
「ベタベタするぅ!」
ぶちまけられた中身が当たったトリオには、なんかドロドロした物がベッタリくっついてしまったのだ。
ドロドロの正体が全く分からず、混乱して謎の踊りを踊る。
踊るが別にスキルではないので、特に何かが起こる事などないから、そこは心配いらない。
「うわわわーー!?」
「見えない!! なんだっ!?」
「チクチクするぅ!!」
そして周囲の木々から大量に飛び立ち、各々の嘴と足の爪で飛びかかる鳥の大群。
スズメに似た鳥、オナガに似た鳥、カワセミに似た鳥、キツツキの仲間コゲラに似た鳥、シマエナガに似た鳥等。
それらが信号機に集り、鳴き声をあげながら。
時にはフンをかけられ、防具の一部が白くなってもいる。
「みんな、餌をしっかり食べなさい」
この状況を作り出した当人が、平坦で冷淡な指示を鳥達へ下す。
そう。 この鳥達は、不戦姫がテイムしている魔物達である。
このゲームでは一般的な小鳥ほどのサイズで登場する魔物は基本的に、集団で一体扱いなのだ。
一羽一羽は弱くとも、数が揃えば侮れない。
しかもそう言った弱い魔物は生き抜くために、えげつない手段を獲得する場合もある。
「うわー、耐性を貫かれて痺れたー!?」
「はあ!? 凍結状態異常!?」
「攻撃力低下デバフぅ!!」
こうやって。
これもゲーム的処理で一撃辺りのデバフ発生率は小さいが、回数があるため期待値的には他の一体一ユニットのデバフ攻撃と同等である。
もちろんメジハの街は初期街なので、周囲にこんなのは出てこない。 でも不戦姫が育てていたらこう進化した。
「ほらお代わりもどうぞ。 まだまだ有るわよ?」
追加で投げられた餌に喜ぶ鳥達。
トリオが攻撃を無視して不戦姫へ駆け寄ろうにも、突っつき回す勢いが増して視界も塞がれ、下手に身動きがとれなくなっている。
強引に声がする場所へ走ってもすでにおらず、不戦姫は違う場所へ動いたりして、結局見つけられずウロウロしておしまい。
装備した剣だって、その持ち手をつんつんされて、思わず取り落として無手に。 抵抗手段はもはや無い。
「戦うと言っても、いつもこうやって生きたまま鳥葬するみたいになるから、戦いにさえならないのよね」
不戦姫。
それは戦わない様子からくる二つ名ではなく、一方的な展開で戦いにならない所から来ていた。
そしてこの戦い方を知った者には、姫ではなく鬼だろうと主張されるが、大抵は黙殺。
もしくは、それだけ嫌われることをしたんだろwと笑われて終わる。
「しかも指示しないで独自に動いて、勝手に狩りとかしててレベルも上がるし」
なんと残虐な鳥達なのであろうか。
シマエナガに似た鳥を見てみろ。
現実では空飛ぶ豆大福とまで言われる、愛らしい外見をしていると言うのに、このゲームで登場するコイツはとてもおぞましい。
「凍ったー!?」
「まだ溶けてない!」
「これじゃぁマンモスぅ!?」
ヤベーデバフをばらまく、恐怖の豆大福だ。
饅頭ならぬ、大福こわいが笑い話になりゃしない。
コゲラに似た鳥型魔物なんて、
「キツツキー!?」
「防御力貫通!?」
「固定ダメージだこれぇ!?」
一撃のダメージは小さいが、群れだ。 総計は馬鹿にできない。
まんまキツツキ。 つんつん突ついて、掘って貫く。 まるで信号機が穴ボコだらけとなっている様に見える。
「私は私なりにゲームを楽しんでるの。 それを貴方達はいつも邪魔してくれて」
「ごめんなさいー!!」
「許して!!」
「もうしないからぁ!!」
「そう言うアンタらはこれで終わりでも、また他のがやって来るんだよ。 もう謝罪は聞き飽きた、いい加減にしてくれよ。
アンタらを追い払う度にブラックリストへ放り込んでも、次から次から涌いてくる。
運営へ相談したら、どうにかしてくれるのかなあ……」
『ぎゃああああっ!!!』
ボロボロになった信号機への、生きたままでの鳥葬はまだまだ続く。
注:不戦姫が言った最後のセリフ。 これは狙ってます。 中の人がポロっと出てしまった演出となります。
彼女をかたくなにキャラクターと呼び分けた意味をお察し下さい。 不戦姫はただ、なりきりして遊んでいたいだけ。
そして二つ名の、鳥のお姉さん。
ここまで読んで頂けた方ならお分かりでしょう?
鳥(葬)のお姉さん。 この隠された危険物臭よ。
不戦姫だって、あくまでも不戦であって非戦ではない事に気付ければ、舐めてかからないで済んだと思われる。
ついでに街のNPCからも有名で、街の為に動いている不戦姫からBL入りを食らった事が何かの拍子に知られると、一気につま弾き。
それは他の街にも行商人NPC等によって広がり、悪い噂・悪評としてジワジワと立場が悪化する。
NPCから白い目で見られ、依頼を受けて依頼主と顔を会わせたら取り消され、物を売ってくれなくなり、避けられてNPCとの会話で情報を得られなくなる。
そう言った意味でも痛い目を見るから、不戦姫には仕掛けるな、となる。
物を売ってくれなくなるのは、NPCだろ? プレイヤーから買えばいい? 店持ちプレイヤーはご近所付き合いも重要。 評判の悪い奴と付き合いがあると知られた日には……。
小鳥集団のHP事情。
HPが減ったら集団の数が減るタイプか、それとも0になったらまとめて死亡扱いとなるか、その辺は未設定。
読者様方のお好みでどうぞ。
あと信号機。
普通なら青→黄色→赤→青……となるわけですが、トリオは赤→黄色→青→赤……と逆。
つまりバグって役立たずの、検品ではねられる“不良”品を示す。
まあこれは実際書いてて、思い付いた言い訳ですけどね(汗)