ダーナとリル
死ぬまで魔女にこき使われる希望のない人生。
そう思って嘆いていた十五のリルだったが、数週間、数ヶ月経つうちに少しずつ自分の境遇を受け入れていく。
もともとリルは楽観的な性格で、好奇心の旺盛な少女だった。城でも、長兄や姉たちが纏っている王族としての覚悟のようなものを不思議な気持ちで眺めていた。四番目の姫ということで、周りの重圧もほとんどなかったからかもしれない。
屋敷に来てからはじめは何もわからず、がらんとした厨房のなかで呆然と立ち尽くすばかりだったが、ダーナはリルを強く叱ることはせず、「わたし本当に嫌いなのよね、料理も掃除も」と言いながら彼女にひとわたり手本を見せた。
「はじめはできなくてもいいわ。少しずつ覚えていけばいいのよ。ここには長い時間があるんだから」
そう言うダーナに励まされるようにして、リルは見よう見まねで次第に家事や仕事を覚えていった。
宝石作りにいったん取り掛かってしまうとダーナは数日工房から出てこない。創作中は魔力も集中力も相当消費するらしく、彼女は全てのことに無関心になるようだった。
ダーナ様のお造りになる石はほんとうに綺麗で、吸い込まれそうになってしまうけれど、終わるととっても疲れてしまわれて……。ちょっとお気の毒なくらいだわ。
月日が経つうちに、森の魔女への恐怖心は薄れ、時には彼女の身を心配するまでになっている自分に、リルは
「ひとって何があるのかわからないものね」と苦笑いしてしまう。
孤独な魔女と、魔女の弟子になり損ねた元王女の不思議な共同生活。リルは近ごろ自分の生活を楽しい、と感じることも多くなってきていた。
でも、さっきの男のひと。
本当にシリウス王子じゃなかったのかしら。
頭にこびりついて離れない、紫の瞳と銀髪。
楽しそうだった、白薔薇の庭での二人の王子。
彼女はベルンの城を思い出し、自分の家族を心に浮かべる。普段は閉じ込めている懐かしさや、心細さが波のように彼女の足元をさらっていく。リルはつま先にギュッと力を込めた。
みんな、元気かしら……。
「リル?どうかした?」
食事の手を止め、表情を歪めているリルにダーナが気づいた。
「あ……。いえ、っあの。なんでもありません」
慌てて皿の中のシチューをかき回し始めるリルに、魔女は訝しげな目を向けた。
「なんだかうわの空だったわよ」
「い、いえ。シチューがすこし熱くて……」
赤い髪が、ふわりと揺れる。室内にはそよとの風もないのに髪はふわりふわりと広がっていく。
「リル」
硬い声音に、リルははっと顔を上げた。
「どうかした?と、聞いてるのよ」
深緑の瞳が一段と濃くなる。ここにきて数年、薄らいでいた恐怖心が久しぶりに鎌首をもたげる。リルは郷愁を消し去り、ごくりと唾を飲み込む。
「あ、の……。さきほど、森で……、昔お会いした方に似ている人を見かけたので、その…」
上ずった声でそれだけ絞りだす。
「昔?」
「ええ、お城で…」
「あら、そうだったの。それは、懐かしいわね」
ダーナはにこりと微笑む。うって変わった落ち着いた響きに、リルはほっと胸を撫で下ろした。よかった、怒られなかったみたい。
「でも、人違いでした。わたしが勘違いしてしまったようです」
「当然よ。ベルンのお城にいるような人がこの森にいるはずないもの。でもリルには残念だったわね」
彼女はそう言いながら食事を続ける。ちらりとリルを見ると、ダーナは思い出したように続けた。
「三、四日後に私、工房に籠るつもりなの。いつもみたいに保存のきく食事をお願いね。それから、タリカの街へ行っていくつか探して欲しいものがあるわ」
街へのお使いだ。リルはまた顔を輝かせた。いろいろな店を覗いたり、歩き回って道を探したり。街への買い物はリルにとって小さな冒険と同じで、いつもワクワクしてしまう。城にいた頃には味わえなかった楽しさがそこにはある。
「ハイ!ダーナ様のお探しのものをしっかり見つけてきますね!」
元気な返事に、ダーナはため息をついた。
「貴方、今度は迷子になったりしないでね。また変なものを掴まされても私はついていてあげられないんだから」
「だっ、大丈夫です。今度はきっと、上手にやれます….」
リルは真っ赤になって口ごもった。