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プロローグ 三人だけの舞踏会2


不意に背中にかけられた明るい声に、彼女はびくっと肩を揺らして振り返る。


「えっ、あっ。いえっ」


慌てて目尻の涙をゴシゴシとこする。精いっぱい背筋を伸ばして主賓の一族らしくしようとした。


「薔薇を眺めておりました」


すました顔で顎をつんと上に向ける。声の主はにっこりと微笑んで、そうですね。とても美しく咲いていますね、と顔を花々へと傾けた。


黄色に近い金髪がさらりと揺れる。ふんわりと上品で、人の良さそうな顔立ちだ。白い礼服に身を包み、凛とした立ち姿からリルシーユは今回の宴の招待客だろうと推理した。そういえば、初日の挨拶でこの方を見たかもしれない。王女はドレスに手をかけて、すこし膝を折った。普段使いの飾り気のないドレスがとても恥ずかしく、つい早口になる。


「お気遣い感謝いたします。それでは」


そそくさとその場を去ろうとするリルシーユに、慌てた声が飛んできた。


「あ、待って。君はここの王女様だよね」


彼女よりいくつか年上に見える青年は、


「どうやら私は迷ってしまったようなんだ。申し訳ないが、ホールはどこだろうか」


と困ったように眉を下げる。なぜ自分のことを王女だと知っているのか訝しく思って青年を見つめる。彼女は挨拶の時も皆に隠れるようにしていたからだ。魔女の弟子になると決まった者は公務にもほとんど顔を出すことはない。


彼女の視線を受けた青年はくすりとあたたかな笑みを漏らして答える。


「人の顔を覚えるのは得意なんだ。私はムーンタイトの第三王子、アレルという。よろしくね」


青い瞳を親しげに細めて、アレルと名乗った王子は膝を折りリルシーユの手の甲にそっと唇を触れさせた。


その優雅な物腰に彼女は驚き、思わず張り詰めていた気を緩めた。兄たちから毎日小さい子供扱いされているリルシーユにとって、アレルの紳士らしい仕草はとても心地よく感じられたのだ。


彼女は微かに微笑み、自分も名乗ろうと口を開く。そこに、


「アレル!こんなところにいたのか」


ともう一人、石廊下をすたすたとやってきた。焦った声に安堵が滲む。


「探したぞ!あんなつまらない宴に俺一人で置いていくなよ!」


アレル王子よりもぐっと背が高く、月の光のような銀髪を後ろで一括りにした青年だ。どことなく似た顔つきの二人だが、こちらは深い青の衣装に身を包んでいる。アレルにホッとした表情を見せたかと思うと、そばのリルシーユを見て瞳を丸くした。


「お、っと。これは失礼いたしました……」


青年はリルシーユの姿に気づき、ぎこちなく頭を下げつつ、瞳でアルスに問いかける。誰だ?このご令嬢。


「こちらはベルンの王女だ。お前も初日にお見かけしているだろう?シリウス」

「あっ。ああ、ええと、も、もちろん」


銀髪の青年は曖昧に頷いてリルシーユに改めて挨拶した。


「ムーンタイトの第四王子、シリウスです」

「こんばんは。シリウス王子。宴を楽しんでいらっしゃるようでなによりです」


リルシーユは思わずつんとした声を出してしまう。出たくてたまらなかった舞踏会をつまらない、と言われてしまったのだ。ムーンタイトはリルシーユの国、ベルンからまるまるひとつ国を飛び越えた所にある王国だ。二国は親交も活発だったが、リルシーユたちが出会ったのは今夜が初めてだった。


シリウス王子は紫の瞳を丸くして、何やら口籠ってしまった。少しやんちゃな雰囲気は、長く優雅な銀髪にあまりそぐわない。


「申し訳ない。弟は率直なのはいいんだが、すこし口が悪くて」


アレル王子は苦笑いしてリルシーユに謝罪する。彼女は自分の大人気ない態度まで笑われてしまったような気分になる。


やっぱり今日はひどい日だわ。自分のことも嫌になっちゃいそう。早くお部屋に帰ろう。


「いえ、ごめんなさい。私も失礼なことを申し上げました。今夜は、もう失礼いたします。ホールはこの廊下をあちらへ向かうとすぐ見えてきますわ」


彼女は手で方向を指し示し、一礼して去ろうとする。再び心配げな声でアレルが尋ねた。


「本当に、大丈夫ですか?供のものも連れていないようですが」

「ええ。わたしは元々欠席ですので。こっそり見に行っていただけですから」

「欠席?なぜ?」

「こっそり?」


屈託ない問いにリルシーユは思わず、


「出てはいけないって言われてるから」


唇を尖らせて答えてしまった。二人の王子は驚いて顔を見合わせる。彼女ははっとして口に手を当てた。


「いえ、あの、わたし。まだ十四で、でもっ、もうすぐ十五になるけどっ」

「では僕たちと三つ違いだね」


アレルは優しく微笑む。リルシーユのしどろもどろの言いわけに眉を顰めることなく、穏やかな気遣いの表情に思わず本音が漏れてしまった。


「だ、ダンスだって先生に教えてもらって上手くなっているのに、一度もお披露してないの」

「おや、ダンスがお上手なんだね。それはぜひご一緒したかった」

「けれど出たらダメって言われてしまったから」


魔女の見習いに決まってしまったのだからもうダンスは必要ない。父王の言葉を思い出して王女は唇を噛みしめた。


「そうなんだね。それで、すこしだけ覗いてみようとホールに?」


彼女は素直に頷いた。悲しくてまた、視界がじんわりと歪む。アレルもシリウスもそっと顔を見合わせはしたが、理由を聞くことはなかった。代わりに、


「では、僕と踊っていただけませんか?この薔薇の広間で」


金髪の王子はリルシーユの手を取り、ちいさく頭を下げる。


「そんな、ご冗談を。やめてください。結構です」


リルシーユは首を横に振って顔を背けた。からかわれているに違いない。舞踏会への出席さえ許されていない年齢の王女など、彼らにとってはなんの意味もない人間だろう。それに彼女はもうすぐ王女でさえなくなるのだ。


「冗談なんかじゃないよ。君は可愛らしい。ここの薔薇がとてもよく似合う。もうすこし、大人になったらきっと」


悪戯っぽく瞳を煌めかせたその表情にはからかいの色はない。リルシーユは片眉をあげ、王子の顔を見た。


「アレル。優しいのは結構だが、音楽も何もないじゃないか。彼女に王宮内をいろいろ見せてもらうほうが楽しそうだぞ」


後ろでシリウスがあくび混じりに声をかける。こちらの弟王子はさして彼女に関心がないようで、辺りを興味深く見回している。


「音楽はないですが、いかがですか?」


アレルは柔らかく微笑んで再び手を差し伸べた。リルシーユは、美しい薔薇に目をやり、次いで頭上に輝く月を仰いだ。


この城での最後の思い出に。彼女はすっと息を吸い王子の手を取った。手袋ごしにも、彼の手は温かく感じられ、リルシーユの心はすこしだけ軽くなった。


静かな白い薔薇の庭に、ホールから漏れ出る微かな音楽が聴こえてくる。リルシーユとアレルはすこしぎこちないステップを踏み始めた。シリウスは呆れたように腕を組んでそれを眺める。


月明かりのもと、ほんのひとときの戯れはリルシーユ王女の心にいつまでも宝石のような煌めきとなって残っていた。


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― 新着の感想 ―
[良い点] アレル様、優しいー♪ 薔薇の咲く庭で踊る二人……きらきらした光景が目に浮かびます♪ [一言] きらきら可愛い恋の予感がします! もふもふが出てくるの楽しみ♪ どんなもふもふに会えるのか…
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