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ほっとけない2


青年はリルの手を引き素早く立ち上がらせた。


「俺は、シンだ。それより」


端正な顔がぐっと近づく。走れるか?と低く囁かれた。リルに股間を蹴られた男はよろよろと相棒を助けに向かっている。油断のならない状況にリルはすばやく頷いた。


「じゃこの道をまっすぐ走れ。俺の相棒が案内するから、ついていけ」

「あ、貴方は?」

「俺は後から行く。早く!走れ!」


それはあの深い森での出会いと同じ力強く、落ち着いた声だった。リルは唇を引き締め、走り出す。


迷いなく駆け出す姿を見送ってから青年はようやく体勢を立て直した二人組に向き合った。悔しそうにリルの去った方向を見ながら、一人は拳を、一人はナイフをシンに向けている。


「さて、さっきキース商会の名を聞いたんだが、お前たち、商会の関係者か?」


ナイフを強く握り直して片方が顎を突き出した。


「てめえに関係ねえだろ。だが、そうだよ、文句あんのか?」


シンはふん、と鼻で笑う。


「昨日も会ったが、あいにくキースはお前たちのようなゴロツキに依頼するほど落ちぶれてはいなかったぞ?むしろ彼は、世間知らずの娘を騙して金を奪うような人間が仕事仲間だったら間違いなく制裁を加えるはずだ」


二人はとっさに顔を見合わせる。どちらも心なしか青ざめてきていた。


「さあ、嘘つきにはきついお仕置きだ。それと、二度とあの娘に近づくなよ」


不適に微笑んでシンは躊躇なく距離を詰めていった。



✳︎✳︎✳︎



風にぱさぱさと翻ってまとわりつく裾が邪魔だ。それでもリルは走り続けた。


シン。あの人はそう名乗った。ほんとうにシリウス王子じゃないのかしら。でも。


石の壁や店をいくつか通り過ぎながら、彼女は頭を振る。わからない。似すぎてるもの。でもとにかく今は走らなきゃ!


だんだんと息が上がってくるのを感じながらもリルは止まらずに足を動かし続けた。いつのまにか、横にピタリと寄り添う気配がする。


見ると白の毛をふさふさと靡かせた生き物が、もとい狼が彼女の傍を当然のように走っていた。びくんと震えたリルを見上げて、あの時と同じようににかりと牙を見せる。


「意外と速いんだな」

「ひゃ、」

「おい、また驚くのか?」


面白そうに言う。


「いえ、いえ、あの。、ラス、さん?」


さらに大きく口を歪めたが、どうやら笑ったらしい。


「さん、とはね。ラスでいい、人間」


新雪のように輝く毛並みを波打たせ、狼はリルを誘導して並走する。腹の横にひと筋、金毛がすっと入っている。それが不思議とリルの目に残った。鼻先で示され、目の前の角を曲がる。


不意に潮の香りがリルの鼻をくすぐった。いつのまにか彼女たちは港の近くまで来ていたのだった。


赤茶の煉瓦造りの似たような建物がいくつも並ぶ。それぞれ開け放した入口には様々な大きさの木箱が積んである。どうやら港の荷置き場らしかった。


白い狼はようやく止まると、リルを振り返った。彼女は両膝に手をつき、荒く息を吸っては吐きを繰り返している。


「はぁっ、はっ…っ。こ、こんなに走ったこと、ない…っ」


言いながら咳き込む。体を折り曲げて息を整えようとする姿を白い狼は面白そうに見ていた


「シンはそれくらい走ってもなんともないが、お前はかなり「やわ」なのだな。それでよくあの闇深き森で暮らせたものだ」

「精獣と、それも狼種の方と走ることなんてないですもの…」


反論しようにもぜえぜえ言うだけで、ちっともラスには響いていないようだった。しばらくしてようやく彼女は感謝の言葉を口にして深く膝を折った。


「あ、ありがとうございます。とても、助かりました、あの、ラス……」

「私は付き添いに過ぎない。礼ならシンに言ってくれ」


狼はふ、と微かに微笑んだように見えたがすぐに彼女から視線を外し湾を見つめる。きりりとした姿にリルは今まで犬と間違えていたことをとても申し訳なく思った。息を整えてからもう一度、ラスに向き直る。



「あの、貴方は狼種だったのですね。私、勘違いしていました。森ですこし、その、失礼な態度をとってしまったかもしれません。お許しくださいませ」

「そうだったか?覚えていないが」

「きっとお前を犬か何かと間違えたんだろう、な、ラス」


面白そうに言う声が建物の影から聞こえてきた。同時に、フードの青年が姿をあらわす。こちらは息ひとつ上がっていない。彼はラスの頭をぐりぐりと撫で、「よくやった。ラス」と優しく語りかけた。


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