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タリカの食堂へ2

そうは言って出てきてしまったものの。


どうしよう。


本日のおすすめ料理、『魚介たっぷりのトマト煮』を無表情で半分ほど平らげたリルはとうとう木のスプーンを横に置いてしまった。


さっきの雑貨屋さんに行って、鍵を開ける道具を相談してみようかしら、それくらいしか思いつかないわ。でも、まるで盗人のようじゃない?怪しまれないかしら。


うんうん頭をひねってもなかなか名案は浮かばない。途方に暮れてざわついた店内の様子を眺める。誰も彼も忙しなく動き回り、慌ただしく食事をかっこんでいる。

もう一度ため息をついたリルを見かねたのか、不意に隣の席の男が彼女に声をかけた。


「お嬢さん、なにかお困りですか?」


はっとして目をやると、男が人懐こそうな笑顔を浮かべていた。すこしくたびれた茶のベストに革のズボン。街のあちこちで見かける典型的な服装の男は、リルを気遣わしげに見ている。


「いえっ。なんでもありません お気遣いありがとうございます……」


小さくなって彼女はさらに目を落とした。恥ずかしさで顔が熱くなる。


私ったらぼんやりしてしまって。ここは森の館ではないのだから、もっとしっかりしないと。


笑みを深めて男はいやいやと手を振った。


「すみません、こちらこそ不躾で。あんまりにもあなたが途方に暮れた顔をしてたものでつい……。もしかして料理が口に合わなかったのかと思いましてね。いや、この店は知り合いがやってるのでね」

「そ、そんなことありません!とっても美味しいです」


彼女はあたふたと答える。


「その、少し考えごとをしていたものですから。決してお料理のせいでは……」

「考えごと?やはりなにか困りごとですか?」


人の良さそうな男はすかさず気遣わしげな声を上げる。


「もしよかったら話してくれませんか?それだけでも気分が楽になるかもしれませんし、何より知り合いの料理をもっと楽しんでもらいたくて」

「え、いえ、そんな…、大したことじゃ、ないんです」


とんでもなく大したことではあるが、まさか初対面の人間に話せることでもない。彼女は助けを求めるように目を左右に向ける。だが皆それぞれの食事と会話に忙しそうだ。 


檻を開ける方法なんて、まさか聞けないし……。


「あ、あの、わたし、虹孔雀の羽を探してるんです。けれどなかなか見つからなくて……」


リルは考えたあげく、もう一つの困りごとの方を口にした。男は目を見開いて、へえ?と眉を上げる。


「なんだか面白いものを探してるんですね」

「ええ、珍しい物のようですね。見世物小屋にも行ったんですけれど、見つかりませんでした」


男はゴブレットの中身を勢いよく飲み干すと、彼女にすっと近づいた。


「よければお手伝いしましょうか?そういう珍しいものを扱う場所なら知ってますし」

「ほ、本当ですか?この街にそういうお店があるのですか?」


彼女はぴょんと顔を上げた。こちらも大事なお使いには間違いない。だが流石に警戒心が頭をもたげる。


「あの、でも、なぜ…?」

「ああ、あなたみたいに困ってる方はほっておけなくて……。って、全然信用ない答えですよね?分かってます。もちろんきちんと紹介料は頂きますよ」 


男は苦笑いを浮かべ、両の手のひらをリルに向ける。


「紹介料、ですか?」

「ええ、僕の仕事の一部と思ってくれて構いません。この街にはいわゆる何でも屋というか、いろんな依頼を有償で受けてくれる組織があるんです」


そこへご案内しますよ、と男は明るく言った。


「この街はお金さえ出せば大抵のものは手に入ると言われてます。ただ、払う先を知らない人間もたくさんいるのでね。橋渡し役を買って出てるんです」


怪しげな親切心で声をかけたわけじゃないから、安心してください、と男は頷いてみせる。


「あなたにお金を払えば、虹孔雀の羽を手に入れてくれる人を紹介してくれる、ということですか?」

「その通りです。失礼ですが……」

「ええ、手持ちはあります」


曖昧な仕草で金を持っているか尋ねる男にリルはしっかりと答えた。


「そうですか、なら、ご案内しましょう」


男は自分のテーブルですっと立ち上がる。リルもそれに倣った。店員を呼び食事の支払いを済ませると慌ただしく席を立つ。


「あっ、ええと、よろしくお願いします!」


連れ立って出て行く二人に、店のものは気に留めもしない。ありがとうございましたと調子のいい声が二人を送り出す。不意に男はくるりと首を回す。店内の隅で杯を開けている大柄な男とちらりと視線を交わすと、そのままリルを促して出ていった。




✳︎✳︎✳︎✳︎



銀髪の青年はそのやりとりをしばらく前から聞いていた。建て付けの悪い椅子が音を出さないよう、テーブルに突っ伏して酔い潰れたふりをしながら、人の良さそうな面の男と先日森で出会った娘との会話に集中する。


栗色の髪の娘、リルシーユ王女は嬉しそうな表情で男についてゆく。なぜこんなところにいるのかわからないが先日見たときと同じ鞄を抱きしめて。


ちらりと見せた、男の狡猾な表情と、目配せを受けて立ち上がるがたいのいい男。三人を見送ったシンは、深く被ったフードの下で思い切り舌打ちをした。


「くそ」


小さく吐き捨てると彼はがたりと立ち上がる。

小銭をテーブルに置き、すたすたと厨房へと向かうと、「裏口使わせてもらうぞ」と中に声をかけ素早く出て行った。



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