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タリカの食堂で

 


「はい、お待ちどう、お嬢さん」


 目の前にどん、といささか乱暴な仕草で置かれた木皿。湯気を立てる真っ赤なスープから貝や海老などふんだんな海の幸が顔を覗かせている。スパイスの効いた香りがリルの鼻をくすぐった。隣の皿でも焼き上がったばかりのパンがはやく食べてくれと言わんばかりにぱりぱりと音を立てていた。


 昼を過ぎてもまだ混み合う店内は話し声と食器のぶつかり合う音が混ざり合い、ざわざわとした空気に満ちている。繁盛している料亭らしく、店員が慌ただしくテーブルの間を動き回っては次々と料理を運んでいた。


 リルはそんな賑わいのなかで、ちょこんとひとり座っている。そして、食欲をそそるそれらの香りを楽しむことなくスプーンで無造作にかき混ぜては口へ運ぶ。空腹は感じているのに、何を食べているのかわからない。今回のお使いで最も楽しみにしていた昼食だというのにリルは全くの上の空で食事していた。


 結局虹孔雀の羽は見つからなかったし、その上とんでもない頼まれごとを受けてしまった。どうしたらいいのかしら。


 パンをちぎっては口に入れる動作を繰り返しながら、彼女は何度目かのため息をついた。



「私を助けてちょうだい」


 少し前、埃っぽい檻の中で真っ黒な耳を揺らしながら狼はリルに頼んできた。たしかに、精獣は意志も知恵もある誇り高い種で、このような場所に押し込められるような生き物ではない。リルも思わず頷いてはみたものの、名案があるわけではない。狼狽えながら、


「ええ、ええ。もちろんお助けしたいわ。でも、どうしたらいいのかしら。それに、誰かに見つかってしまったら」


 と彼女はおろおろとあたりを見回す。人の気配はないが、いつここの持ち主が来るかわからない。けれども黒狼は自信たっぷりにリルを見た。ふんふんと鼻を動かして、


「アナタ、ちょっと魔力の匂いがするのよね。魔法が使えるんでしょ?だったら簡単じゃない、ね?」


 狼は目の前の鍵を前足で指し示した。なるほど鉄格子の重たげな柵に、金属錠がしっかりと嵌っている。


「この鍵を開けてくれたらそれでいいわ。さ、早く」

「いえ、あの、魔力はない、んですわたし」


 期待を込めた瞳にリルはきゅ、と胸を痛める。


「え?うそよ!たしかに魔法の匂いがするのに」


 狼はすっと目を細める。申し訳なくて縮こまってしまった娘を狼は鋭い瞳で上から下まで眺め回すと、


「じゃあ、なにか魔力憑きのもの、もってるでしょう?まさか、無自覚にそんな匂いさせてるわけじゃないわよね」

「あっ、いえ。魔石。魔石は持っています。護身用のものですが」


 ほらやっぱり!と精獣は嬉しげにひと声吠えた。


「攻撃系のもの?そうよね?」

「ええ、まぁ、炎の魔石です……」

「じゃ、それをここにぶつけて。すぐに開くはずよ」


 リルは驚いて首を横に振った。こんな場所では火事になってしまう。


「あ、危ないです!燃えてしまいます!」

「いいじゃないのこんな所、ワタシは逃げられるし、アナタもすぐ走れば大丈夫でしょう?」


 そんなことをけろりと言ってのけるのはやはり、人間とは違う生き物だからか。リルは少し怖くなった。なるべく穏やかに狼に話しかける。


「他の動物もいますし、人も大勢別の広間にいます。布でできている建物ですから、本当に危ないです…ね?。何か他にいい方法を考えてみましょう?」

「じゃどうするのよ」


 機嫌を悪くしたらしい狼はリルに噛みつくように歯を剥き出した。大きく開けた口から真っ赤な舌が覗く。リルは鞄を抱きかかえ思わず後ずさった。


「か、考えてみます……。なにか、なにか、鍵を開けられる道具を探してみます!」

「信用していいの?アナタずいぶん怯えてるみたいだけど、さっき出してくれるってたしかに言ったわよね?」


 鉄格子の隙間から怒りをぶつけられる。だが、狼もこの境遇に怯えているようにリルには感じられた。彼女は左腕につけた腕輪をおもむろに外し、狼の前足へかける。そして静かに語りかけた。


「これは、私のお師匠さまのものです。こちらを貴方に預けますから。無くさないでくださいね。必ず取りに戻ります」


 凛とした声音に狼は少し驚いた様子で頷く。


「日が暮れる前にもどってきてね」

「わかりました。それでは、いってきますね」


 微かに笑顔をみせてリルは歩き出した。







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