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タリカの見世物小屋



北の広場は、いくつかの巨大な布でできた建造物で埋まっていた。その中のひとつに長い行列が飲み込まれていく。


大きな布を張り出した建造物は風が吹くたびにバタバタと音を立てる。土埃が乾いた空気に舞うと、リルはけほけほと咳き込んでしまった。


これが見世物小屋。中は一体どうなってるのかしら。


巨大な黒布の塊を見つめ、彼女は好奇心と、すこしの不安に唇を引き結ぶ。列に並び、自分の番で入り口にいる係員に声をかけた。


「あの、こちらで虹孔雀を見ることはできますか?」

「虹孔雀?ああ、今回の興行にはいないね。あれは寒さに弱いから」

「そ、うですか……。ありがとうございます」

「ん?入んないのかい?お嬢さん」

「い、いえ。見せていただきます!」


羽は手に入らないだろうが、興味を惹かれたリルは小銭を払って、見世物小屋のなかへ足を踏み入れた。


✳︎✳︎✳︎✳︎


「わぁ……」


数歩あるくごとに、彼女は感嘆の声を上げる。そこにはありとあらゆる珍しい道具や宝飾品が木箱に入れられ、並んでいた。中はいくつものランプの光が揺らめき、布でできた建物の内側とは思えない豪華な内装だ。


ゼンマイ仕掛けのおそろしく精巧な人形。魔獣の剥製。世界中の魔術師の血を集めて作ったという短剣は不気味に輝き、その隣では月のない晩にしか咲かないと言われている巨大な青い薔薇が重たげに花びらを揺らしている。


リルは、感心したようなため息や、訝しげな囁き声を交わしては陳列品を楽しむ人々の列に混じって進んでゆく。


城の宝物庫では、由緒正しき鎧や歴代の王の肖像画など堅苦しい物ばかり飾られていた。だがこのように出所の怪しげな、けれども嘘とも言い切れないモノたちは見たことがない。彼女は目を見張りながらひとつひとつを食い入るように見つめていく。


すごく、すごく不思議なものばかり。とても面白いわ。

帰ったらダーナ様に話してあげよう。ほら、あれなんて「伝説の魔女が使っていた手鏡」なんて書いてある。魂を映すことができる、ですって。まさかダーナ様のことじゃないわよね。


思わず立ち止まって鏡の説明書きを丁寧に読んでいるうちに、彼女は列から逸れてしまった。ふと顔をあげると、ひとり、広い空間に取り残されている。慌てて周りを見回すと、奥の方に向かう通路がいくつか見えた。


あっちだわ!


ざわざわとした気配を追いかけてリルは早足で端の通路に入っていく。慌てている彼女には、「立ち入り禁止」と書かれた札が目に入らなかった。


なかは薄暗く、見物人の姿はなかった。話し声を追いかけてきたつもりだったが、通路を間違えたと気づいたときにはもう、リルは異質な空気に飲み込まれていた。


彼女が入ったのは様々な大きさの檻が整然と置いてある場所だった。大半の檻は空っぽだったが、薄暗い光の中でもそもそと動くシルエットがいくつか見える。金や赤の対の目がぎらぎらと瞬いてリルを見ていた。


「あ……」


華やかで奇々怪怪としたさっきまでの雰囲気とは違い、埃っぽく殺伐とした様子に気後れしたリルはすぐにくるりと背を向ける。そして部屋から出て行こうとした。


「待って!ねぇ、誰かいるの?」


大きな声が後ろで彼女を呼び止めた。リルはえ?と足を止めた。檻の列の間から聞こえる声に、誰かが迷子にでもなってしまったのかとおそるおそるあたりを見回す。


「あの、どなたかいらっしゃるのですか?」

「いるの!いるのよ!アナタ聞こえるの?ワタシの声!」


妙に切羽詰まった声音にリルは、


「聞こえていますよ。ここにいます。貴方はどちらに?」

「ここよ、こっち!一番端のところ。きてちょうだい。出られないのよワタシ」


出られない?閉じ込められてしまったのかしら、もしかしてこの、この、動物ばっかりの檻に?


リルはそろそろと歩き出した。見たこともない動物が数匹、彼女を用心深く見ている。視線を痛いほど感じながらリルは声の主を探して檻の列を彷徨う。


こっち、こっちよ!



声が近くなると、嬉しそうな響きに変わる。


「ここよ!」


リルは場内の端にある檻、大型犬が入るくらいのものを目に留めた。そして、唖然とする。


「ちょっと!ここだってば。ワタシよワタシ!アナタを呼んでるのよ」

「え?……え?」


鉄格子の隙間から鼻面を押し出して、牙を見せながら彼女に向かって呼びかけているのは、先日森のなかで出逢ったあの、尖った耳を持つ犬のような生き物と全く同じ姿をした獣だった。違いといえば、真っ黒な毛並みと青い瞳くらいだ。


リルは言葉を失って立ち尽くす。動物が話している。


「よかった!ここでは誰もワタシの言葉をわかってくれないから困ってたの」

「は」

「さっそくだけどここから出してちょうだい。狼種が人間の見世物になるなんてごめんだわ」

「あ」

「なによアナタ、急に口がきけなくなったの?ぽかんとした顔してないで!」


ぐるる、と牙をむいて唸られリルははっと我に返った。目の前の獣は人語を操り、彼女に助けを求め、もとい助けを要求しているようだ。だが、リルの頭はなかなかそれを受け入れられない。


「おおかみ……?犬ではなく?」


狼は精獣の一種で、神聖な生き物とされている。人と関わることはあまりないが、彼らの中には人語を操り、魔力を持つ種もあるという。その程度の知識しか無いリルは、森で会ったシリウス王子似の青年とその連れの獣を思い出してなぜだかそんな疑問を口に出してしまう。


あの真っ白な毛の生き物、狼だったんだわ……。


「犬なんかと一緒にしないで。失礼ね。ほら、鍵とか持っていないのアナタ?」


つんつんとした物言いにリルはたじろぐ。ダーナ様よりもはっきりものをいう狼のようだ。


「あ、ええと、鍵は持っていないの。けれど、ここは貴方のその、おうち、ではないのかしら?」

「そんなわけないでしょ!狼はこんな檻に入るような生き物じゃないのよ」

「ご、ごめんなさい……」


しゅんとして謝るリルを見て、黒い狼はふう、とため息をついた。


「捕まってしまったのよ。人間に。何日も眠らされて気づいたらこんな所に入れられてたの。誰もワタシの言葉をわかってくれなくて、とても困ってるの」


ここは臭いし、狭いし、嫌だわ。


檻の外を見回して狼は青い瞳を震わせた。その心細げな様子に、リルは思わず眉根を寄せ同情の声をあげる。


「あの、お気の毒でしたね…」

「まさか、このワタシが捕まるなんて本当……」


首を振る様子は途方に暮れた人間と同じだ。


「ね、アナタ。お願いよ。ワタシのこと、ここから出して。声が聞こえるの、この中では貴方だけなのよ」


すがるように頼まれて、リルは混乱しつつもその切羽詰まった様子にこくこくと頷いてしまった。


















読んで頂きありがとうございます。今回のお話は数日おきの更新になる予定です。よろしくお願いします。

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