タリカの街へ2
「いらっしゃいませ。おや、この間のお嬢さん!お久しぶりですね!」
からからと気持ちの良い音を立てるドアベルの音がなるとすぐ、店主が奥から姿を見せた。人の良さそうな顔にたっぷり蓄えた口髭。つるつるの頭が印象的だ。雑貨店の主人はいそいそとドアを支える。リルの姿を認めると、驚いたように眉を上げた。
「こんにちは。今日も探し物がありまして、こちらに伺いました」
丁寧に頭を下げ、リルも笑顔を向けた。
「おやおや、また難しいものをお求めですか?」
大げさにつるつるの頭に手をやって苦笑する店主は、さて、お客様のお探しのものは見つかりますかねえと心配げに店の奥に目をやった。彼は前回リルに、「曲がりくねった象の牙」がほしいという難題を吹きかけられたのだ。
昼の光が届かない奥の陳列棚には、生活用品からちょっとした娯楽物まできちんと並べられている。リルは自信ありげに店内を見回した。
「以前もありましたから、きっと今回も見つかると思います!」
二月ほど前、この娘は道に迷って偶然この店にたどり着いた。言葉遣いや態度に品があり、世間慣れしていない様子だったのでどこかの貴族の娘がお忍びでやってきたのかと踏んでいたが、店主はあえて口にしなかった。そういう類のことを詮索したり、首を突っ込むとろくなことにならないからだ。正当な理由から邪な背景まで、様々な理由のもと、タリカの街で人々は日々暮らしている。
「この前は本当にお世話になりました。とっても助かりました」
彼女は丁寧に礼を言うと、包み紙を店主に差し出した。
「今朝焼いた焼き菓子なのですが、お礼に。奥様にもどうぞ」
「これはこれは、とんでもない。ウチは仕事をしただけですよ」
「いえ、迷っていたのを助けて頂きましたし、とても良いお品を譲ってもらえましたから」
にこやかに答えるリルに、主人は顔を綻ばせた。
「では、ありがたく。ま、今回もそううまいこと品が見つかるかはわかりませんがね。なにをお探しですか?」
「ええと、こちらです。この、『耳に当てると綺麗な音のする貝殻』と、『虹孔雀の羽』です!」
リルは店主にメモを見せる。そして、期待のこもった目で彼の顔を見つめた。前回ダーナの期待通りの品を持ち帰って褒められたことで、リルはこの店主を心底信頼していた。
「ふむ。貝殻と、羽、ねえ」
「綺麗な音ですよ!それから虹孔雀」
「ええ、ええ。わかっておりますよ。お嬢さま。とはいえまったくもってなんの役に立つかはわかりませんがね」
店主はため息をついて空を見つめる。貝殻、ね、確か蔵の方にあったようなとかなんとか呟きながらぴたぴたと頭を撫でた。リルはじれったそうに頷いて、さっそく肩にかけた愛用の鞄から小袋を取り出した。ずっしりと重たいそれには、リルの小遣いとダーナからの資金が詰まっている。
「お待ち下さい!あのね、そんなにすぐには出てきませんよ。蔵へ探しに行ってみないと……」
「大丈夫。ここで待っておきますから」
「でもね、今日は店番が私だけなんですよ。あまり外していられないし、それからこの、クジャクってなんですか?聞いたことがないな」
「虹孔雀をご存じないのですか?ほんとうに?」
リルは目を丸くした。虹孔雀は南の地方に生息する大きな、飛べない鳥だ。昔、父王がどこかから手に入れてきたものを見たことがある。雄の羽は華やかな虹色をしていて、求愛のときにはさらに眩く光り輝くと言われている。残念なことに、その一羽はすぐに死んでしまい幼いリルは、美しいその羽を一度しか見ることはできなかったが。
「知りませんねえ、私は。動物ですか?それの羽と言われてもまったく…」
「それは…、そうなのですね。虹孔雀は鳥です。とても大きくて、美しい羽を持っているんですよ。この街にはいないのでしょうか」
店主は首を竦めた。栗色の髪を揺らして残念そうに俯く娘はやはり、貴族なのだろう。欲しいものがすぐに手に入る環境にいるに違いない。
「わかりました。ほかのお店を探してみますね。いつも無理を言って申し訳ありません」
娘は残念そうにぺこりと頭を下げた。傲慢さのかけらもないその様子に店主は思わず声をかけてしまう。
「ああ、ちょっと待ってください。ええと、貝殻は確かにうちでご用意できますから。それからそのメモの布!それもね、知り合いの仕立て屋の店主を紹介します」
「あ、ありがとうございます」
リルはぱっと顔を輝かせた。そういえば前回もこの、邪気のない様子に思わず手助けを申し出てしまったのだなと店主は思い出して苦笑する。
「それとね、その、虹クジャクは珍しい鳥なんですよね。街にはそんなものいませんが、今は北の広場に見世物小屋が建ってるんですよ。かなりの賑わいらしくて、珍しい動物もたくさんいるってことです」
「見世物小屋?」
さっきも見世物小屋って聞こえたわ。どんなところなんだろう。
「ええ。そうです。大きなテントでね。世界中のありとあらゆる珍しい物や生き物を並べてるんだそうですよ。
まぁ、中には胡散臭いものもあるでしょうが……」
そういうのはご愛敬でしょうね、と店主は咳払いする。入手経路が怪しいものも色々あるのだろうがそこは商売だ。興行主も何やら怪しげな人々だと聞くが、見る方にはあまり関係のない話だろう。店主は親切心でリルに伝えた。
「だからね、もしかしたらその鳥もいるかもしれませんよ。見に行ってみたらどうですか?お嬢さんがこっちに帰ってくるまでには私も貝殻を用意しときますから」
リルは人の良さそうな店主の提案を吟味する。その見世物小屋に行って、お昼を食べてまたこちらへ戻る時間はたっぷりあった。
「わかりました。行ってみます。いいお話をしてくださってありがとう、とても助かりました」
こちらは先にお支払いいたします、と銀貨を何枚も取り出し店主の手に握らせる。驚いているつるつる頭を残し、リルは再び意気揚々と雑踏のなかへ戻っていった。




