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狂人ダイアリー ~大正浪漫幻想活劇~  作者: アザミユメコ@書籍発売中
第十一幕【かはたれ時の追悼歌】
98/143

十一 舞台で踊るか、踊らされるか?

 黒菊(クロギク)四天王最後のひとり、劇作家・天津風(あまつかぜ)(しのぶ)

 『天津風しのぶ』名義で舞台に立つ俳優でもあり、世間の婦女子から熱狂的な人気を博す男装の麗人である。



「私の刻印は『荊棘(いばら)』。咲き誇る花の土台は苦難の道……」



 鎖骨の間に刻まれた黒い薔薇のシンボルがうっすらと光る。

 彼女は指揮者のようにゆらりと両手をあげると、そのまま腕を大きく開き、()()()()()()


 演目はシュトラウス作曲『ばらの騎士』──若き愛人オクタヴィアンのパート。

 独逸(どいつ)語のオペラだ。


 虎丸は音楽にも外国語にも精通していないので、その曲を知らなかった。だが、気になったのは音楽そのものではない。

 しのぶの中性的でありつつも美しい歌声(アルト)が空気に溶けていく。すると、『詞』は『文字』となり、他の作家たちと同じように虚空に浮かんだ。


 

「……歌で文字が!? 筆記具なしで書けるってこと!?」



 これまで見てきた操觚者(そうこしゃ)は、全員なんらかの道具を使用していた。インクが手元にないときは自らの血さえ利用し、古傷が原因でペンを握れない白玉はタイプライターを使っている。力の発動のために文字を綴る手段が必要なのは、絶対条件だと思っていたのだ。


「へぇ、すごいな。こんなの上位互換だよねぇ」


 十里(じゅうり)も初めて目にしたようで、焦りつつも感心している。


 情景描写による薄紅色との薔薇とは別に、歌に合わせて銀色の薔薇が舞い始めた。鋭利に輝く花弁はまるで刃物だ。虎丸たちの肌をかすめ、引き裂いていく。


「素晴らしい声だねぇ。このオペラは初演を独逸で観たよ。美青年オクタヴィアンは大貴族である元帥夫人の愛人だったんだけれど、夫人の頼みで銀色の薔薇を届けに行った家の若い娘に惚れてしまうんだ。夫人と娘の間で揺れ動く恋心……。未来ある男女を見守る夫人の葛藤……。せつないよね~。でも僕なら夫人派かな」

「ジュリィさん、歌に聴き入っとる場合とちゃいますよ!?」


 たしかに見事な歌声だが、刃の薔薇乱舞で傷だらけにされているというのに呑気なものである。

 拓海は薔薇を手で振り払いながら、しのぶのほうを窺っている。


「演目に沿った効果が現れるのか。筆記具を必要としないのは強力だが、細かい調整が難しそうだな。しかし、花とは……。攻撃にしては殺傷力が弱すぎる。何か狙いがあるのか?」


 視線に気づいた男装の麗人はふっと笑い、歌の合間に言った。


「さあ、一片は弱いが退けるには厄介な薔薇の乱舞。きみたちはどう動く?」


 その言葉からは、拓海の疑念どおりこちらの様子見をしているような調子が含まれている。


「さあて、どうしよっかな。拓海、虎丸くん、ちょっと下がって」


 ちょいちょいと手招きのジェスチャーで十里が仲間を呼ぶ。警戒しつつ敵に声の届かない位置まで下がると、耳元で言った。


「彼女、逆に歌でしか力を使えないんじゃないかな? だって両方できるなら、僕だったら隠しておいていざというときに不意打ちで歌うと思うんだよね」


 呑気なようでいて、しっかり相手を観察しているのが十里らしい。


「あと、この花弁はせいぜい薄い剃刀程度の切れ味だけれど、数が多すぎて直接どうにかするのは無理だね。となると、手っ取り早い方法は一つ」

「先輩と同意見です。なので、操觚者自身を止めましょう」

「せやな。歌で文字を書くなら、歌わせんようにする。しのぶ様の口塞いで終わり!」

「それしかないよねぇ。虎丸くん、特攻お願い!」


 十里が虎丸に文字の付与をする。今回は敵襲に備え本物の刀を持ってきていたのだ。

 瞼にはお馴染みの動体視力をあげる『見集』、肉体を強化するいくつかの言葉、そして刃には仏蘭西(ふらんす)語を綴っている。

 

「あのー、特攻はええとして。さっきから女学生にばっちり見られてますよね? 大丈夫なんですか?」

「面倒事は困るなぁ。しかたないからさ、こっちも舞台の演出っぽくして誤魔化しながら闘おう! 派手にいこうか~。虎丸くんも真っ白の燕尾服着る?」

「絶対似合わないんで、大丈夫です……」


 女学校はまだ昼休みだ。大スターの突然の訪問に集まってきた女生徒たちは、いまだ寸劇か何かだと思っているらしく、戦闘を鑑賞しながら黄色い声援をしのぶに送っていた。


 文字の付与が終わると虎丸は刀を顔の右横に構え、敵に切っ先を向けた。


「商売道具のご尊顔に怪我させたら、高額の賠償金(しょくざいきん)とか請求されそうやな〜。おお怖い」


 ぼやきながら、しのぶに向かって斬り込んでいく。

 もちろん本気ではなかった。こちらも様子見だ。虎丸の性格上、女性だとわかったあとに問答無用で斬りかかったりはしない。



 すると──ずっとしのぶを守るように控えていた(ふじ)が、漆黒の長弓を構えて虎丸の正面に打って出た。



「顔も体もだ! 万が一にも(しのぶ)様の肌に傷をつけるなどということがあれば、三百円は請求するからな!」

「出てくると思ったわ、藤ィ! 和弓使いやろ!? 三百円て、オレの稼ぎじゃ一年分でーす!」


 藤が闘者(とうしゃ)として出てくることは先に予想していた。そのまま勢いを弱めることなく、細目の男に突っ込んでいく。


「今日ついたばかりの傷くらい俺の能力で完璧に消せる。思いきりやっていいぞ」

「えー、それでも怖いわ。年収やで!?」


 後ろから飛んできた拓海の野次に冗談で答えながら、弓幹(ゆがら)を狙って刃を斜めに振り下ろした。


 常識の範疇で考えれば、矢を(つが)えて弓を引くには相応の時間を要するはずである。

 しかし、文字の力があればタカオ活版所所長の(あい)が使う銃のように、装填の必要ない飛び道具にもなり得る。あらかじめ警戒はしていたが、やはり敵の攻撃も同じだった。


 しのぶの歌う曲が変わる。藤の持つ漆黒の弓の周りに『文字の矢』が生まれた。



 毒矢 痺れ矢 追跡の矢 爆撃の矢



 しかも、想像するだけで恐ろしげな効果つきだ。


「げ、シンプルにえげつない文字やな!」


 藤が弦に手をかける。虎丸に狙いを絞ると、四本の矢が次々と自動的に番われた。

 シュッと風を切る小気味良い音が連続で響き、縦列に並んだ四本の矢が放たれる。


「くそぉ、こういうのは、とにかく気合いで乗り切る!!」


 先の二本を刀で斬り落とし、一本は柄を当てて無理やり軌道を逸らすと上空で爆発した。そして避けたはずの最後の一本が、ぐぐっと方向転換して虎丸のほうへ戻ってくる。

 一本ならば造作もない。たたっ斬るだけだ。


 四本すべてをあっという間に退けて、虎丸は得意げに口の端をあげる。


「は~~、どや!! っていうか……」


 作戦も何もない、反射神経だけに頼った防衛である。

 そんなことより、と虎丸は振り返って十里を問い詰めた。


「刀を振るうたびに白薔薇が出るんやけど!! ジュリィさん、これ、何の文字を付与したんです!?」

「なにって、| Jeanne d'Arcジャンヌ・ダルクだよ~。仏蘭西の薔薇の品種! 先陣のきみにはぴったりの名前だと思って」

「は、恥ずかしい!! 効果は!?」

「え。出るだけだよ。あといい匂いだよね。女の子たちは喜んでるしさ、いいじゃない~」

「そういうのは自分でやってください!!」


 剣先の軌道に合わせて白い薔薇がシャラーンと乱舞するという、完全に無用の効果である。

 現在この場に舞っている薔薇は薄紅、銀、そして白と、もはや本物の舞台より派手なのではないかという有様だ。


「ふうむ。関西弁の彼、(あまね)姉の報告よりも身体能力が高いな。守るときや避けるときには発揮するようだが、攻撃時には無意識で手加減をする性格なんだろう」


 腕を組んで、しのぶが感想を漏らした。矢を防がれたことは気にもしていないようだ。



──なんやろ、しのぶ様。さっきからめっちゃオレのこと見とるな。

 戦闘中の警戒ともちゃう感じやし、もしかして惚れられたとか……?



 双方とも、相手の出方を窺うような闘い方。

 女生徒に囲まれているため本気で斬り合えないのもあるが、敵の目的は観察そのもののように見える。


「くっ……。(しのぶ)様、次の矢をくださいませんか。十本……いや、二十本でも!」


 しのぶに失態を見せたくないらしく、藤だけが焦りを隠せていない。虎丸を睨みつけ、再び弓を構えた。


「よし、虎丸が莫迦(ばか)っぽく白薔薇を出しながら注意を引いている隙に……。十里先輩、あれをやりますか」

「そうだね! こっちから動かなきゃ、むざむざと何らかの目的を達成されちゃいそうだし」


 次々と飛んでくる矢を虎丸が懸命に叩き落としている間に──。

 なにやら、拓海と十里が動きだした。


「あっ!? しれっと囮にされとるやん、これ!?」


 特攻といえば聞こえはいいが、盾にされていた事実によくやく虎丸は気づくのだった。

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