九 花びら舞い散る薔薇の麗人
天に届きそうなほどの大喝采が校庭まで響いている。
すべて若い娘たちの黄色い声だ。
いったい何事かと虎丸が急いでそちらに向かっていると、途中にあった花壇脇のベンチで十里と鉢合った。
五人ほどの女生徒にキャアキャアと囲まれているが、女慣れしていない虎丸と違って余裕ある優雅な対応である。
日本人には馴染みのない気障な仕草が喜ばれるのは、金髪緑眼だからこそだろう。
自分がやってもドン引きされるだけとわかっている虎丸としては、少し悔しいのだった。
「ジュリィさん、ウィンクと投げチッスふり撒いてないで、マジメにやってくださいよー。取材は建前っていうても、今は仕事中なんですよ!」
「それじゃ、みんな協力してくれてありがとう、またね〜☆」
嫉妬でしかない虎丸の苦言をさらっと流し、十里は会話していた女生徒たちに満面の笑顔で星を飛ばして手を振った。
「虎丸くん、おつかれ〜。異人の外見って普段はもっと怖がられるんだけどねぇ、とくに年配の人には。華族のお嬢様といえども、若い女の子は柔軟だよね~」
「彼女らには世間の偏見より、かっこよくてトレンヂィかどうかのほうが重要なんですよ。はあ、こんだけ女子がおって、何でオレだけモテへんのやろか」
おみつの形容化が安定しないのは、人々の記憶にあまり残っていないからだと白玉から聞かされたが、もし自分がその立場だったらと思うと恐ろしさがわかる。
「もしオレが人形やったら、もっと早くみんなから忘れられて塵芥のように消えとる気がする……。オレの存在が、みんなの記憶から……想いから……すべての女子の視界から、消えていく……」
虎丸がさめざめと泣きながら愚痴をこぼしていると、またもやあっさりと流された。
「ほらほら、消えてないでマジメに取材するよ〜。ところで、さっきから聴こえてるすごい声はなんだろうね? 拓海が眼鏡をはずしたとか?」
まるで正体を知れば何かが起こる類の物の怪みたいな扱いだが、いくら生まれついてのモテ男といえどもこれほどの歓声を浴びているのは見たことがない。
十里とともに騒ぎのほうへと歩いていくと、今度は中庭で拓海の姿を発見した。
「あれ? 拓海がそこにおるってことは、やっぱり関係ないんかな」
十数人に取り囲まれてはいるが、声が響いているのは別の場所だ。方角からすると、最初に虎丸たちが入ってきた正門のあたりである。
なんとなく身を潜めて陰から幼馴染を観察していると、どうやら、女生徒たちに墨色の入った眼鏡を取ってほしいとねだられている最中のようだ。
「拓海がモテる姿を見るんは三年ぶりやなぁ。ああ、腹立つ……」
ごねられても面倒だと思ったのか、意外にも拓海は度の入っていない眼鏡をあっさりとはずしてみせた。
どうせ壮絶な黄色い声が飛ぶのだろう──と。
虎丸が歯を食いしばって薄目で睨んでいた、そのときだ。
さらなる意外なことが起こった。
「ええ……あの拓海が女子に、雑に扱われた……!?」
他の女生徒が呼びにきたのを皮切りに、何故か女子全員であわててその場を去ってしまったのだ。
あの拓海が顔を見せたというのに、である。
会話までは聞こえなかったので、女生徒がいなくなった理由は不明だ。
あとに残された拓海は、初めての体験にやや呆然としていた。
「あーあいつ、ちょっと衝撃受けとるやん。今まで生きてきて一度も女子に拒否されたことなかったもんなぁ。意気揚々と顔見せたのにフラれとるの、気持ちええ……」
「こら、虎丸くん。意地悪言ってないで行くよ~」
十里に襟首を掴まれ、ずるずると拓海のところまで引きずられていく。さっき取材を開始したばかりだというのに、早くも三人が合流してしまった。
「拓海、どしたの青ざめて。女の子に去られたのがショックだったわけじゃないよね?」
「十里先輩、いえ、初めての経験だったので多少驚いただけで、心底どうでもいいです。それより、地響きみたいに聴こえてくる声がやかましすぎて頭痛が……」
と、こめかみを押さえている。
うるさい人間、とくに姦しい女の声が何よりも嫌いだと言ってはばからない拓海からすると、拷問のような状況らしい。
「大丈夫〜? 虎丸くん、ちょっと先に行って様子見てきてくれない?」
「はいはーい」
先ほど十里に咎められたのでこれ以上嫉妬するのはやめ、素直に返事をする。そして、女子たちが去っていったのと同じ正門のほうへと走った。
***
表門前の広場でまず驚いたのは──おびただしい量の薔薇の花びらだった。
鮮烈なピンク色の花吹雪が大量に、ふわふわと空中を舞っているのだ。
「薄紅色の薔薇が、薔薇が……美しく散っとる……! なんやこれ……」
異様な光景に若干引きながらも、花弁を捕まえて調べようと手のひらを前へ差しだしてみる。しかし、どうしても薔薇には触れることができない。
何の感触もないまま、するっと指を通り抜けてしまった。
──触れへんってことは、まさか情景描写!? ほんならどっかに操觚者がおるはず……!
拓海でも十里でもないなら、敵に違いない。
急いで女生徒の群れを掻きわけ、彼女たちが囲っている輪の中心に入り込んだ。
──あ、あのキツネ顔! 前タカオ邸に来たヤツやん。
そこに立っていたのは、以前も見たことのある男だった。
八雲に会わせろと言って、タカオ邸に喧嘩を売りにきた男女の片割れだ。たしか名前は藤と名乗っていた。文芸雑誌『黒菊』に所属する新人作家である。
オールバックに流した長めの髪を後ろでひとつにくくり、細い目も輪郭も、すべてが鋭利な印象の若い男だ。年齢は虎丸より三、四歳上というところだろうか。
白いスーツを着て、背中に細い布袋をたずさえている。形からすると中身はおそらく和弓だ。
文字の力を使っているのがこの男かどうかはわからないが、武器を持っているなら『闘者』でもあるのだろうと虎丸は警戒を頭の片隅に置いた。
だが、その警戒心も強烈なインパクトのせいで一気に吹き飛んでしまった。
藤の横にいるもうひとりの男が、あまりに派手だったからだ。
「な、な、なにあの薔薇乱舞……!? なんかもう、目に映るすべてがピンクい!!」
情景描写の花吹雪は、あきらかにその男を際立たせるために舞っていた。
周囲にいる女生徒たちの感嘆の声があちこちから漏れる。
「なんて素敵な演出……! さすがしのぶ様……」
「しのぶ様が作り上げる舞台も、それはもう薔薇の花だらけで素晴らしいのですって。日本でいちばん薔薇の似合う方と呼ばれているだけあるわ……」
「日本一美しいわ、しのぶ様……!!」
まさかこんなに人がたくさんいる場所で堂々と文字の力を使うとは、いったい何が目的だろうかと手に汗を握りしめていた虎丸はどっと気が抜ける。
「ただの演出!? そんなもんに文字の力使っとるんかーい! 女子はああいうのがええの? ほんまに??」
近づくほどに激しく舞い散る薔薇、そして女子の黄色い声。
すべての中心にいるのが『しのぶ様』と呼ばれるその男だ。
おそらく薬品で染毛しているのだろうが、淡く輝く桜色という奇妙な髪色をしていた。長さは毛先が鎖骨に触れるくらいで、ふわふわと軽いウェーブもかかっている。
衣装の細部には金のボタンや刺繍や飾りつけられており、藤が着ているものと形は似ているが何倍も派手な細身の白スーツだ。拓海がしていたのと同じ墨色の眼鏡をかけているため、顔立ちは正確にわからない。
が、ここまで言われるからには相当美しいのだろう。
藤は『しのぶ様』の手下だか部下らしい。ほとんど跪くような姿勢で一歩後ろに控え、女生徒たちが近づきすぎないよう警護をしている。
虎丸はふうっと深い息を吐いて、眉間を押さえる。そして、満を持して叫んだ。
「で、出た~……。ぜったい、黒菊四天王やん!!」
文字の力を使っている時点で敵には違いない。こちらの動きをある程度把握されているのなら、タカオ邸から離れれば接触してくる可能性は十分あった。
などと、一応根拠はあるのだが。
推測の過程をいろいろすっ飛ばしたとしても、だ。
『派手な変人』であればもう絶対に黒菊四天王だろうという、非常にシンプルな理由で確信した虎丸であった。




