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狂人ダイアリー ~大正浪漫幻想活劇~  作者: アザミユメコ@書籍発売中
第十一幕【かはたれ時の追悼歌】
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七 束の間の戯れ

 完成した虎丸の女装を見て──。

 十里(じゅうり)は微笑んだまま固まり、拓海はあからさまに顔をしかめた。


「うう~ん、微妙~☆」

「目つきが悪いせいで、夜の歓楽街にいる不良(バクレン)女みたいになったな。あと、バカでかい髪飾りが似合わなくて腹立つ。五点」


 ずけずけと駄目出しされ、虎丸は頭のリボンを(むし)って幼馴染に掴みかかった。


「拓海、おまえは言いすぎやろ!!」


 たしかに虎丸は名前どおりの猫科系で、少々やんちゃそうな顔つきをしている。

 生まれつき明るい茶髪も手伝って、中高生の頃は生意気そうだとたびたび上級生に因縁をつけられていたのだ。


 だが、目つき自体は拓海もとくにいいわけではない。美青年であるために凛々しく流れる目元がかえって美点となっているだけだ。その瞳が冷たそうでいいのだと、大阪にいた頃は町内の主婦や女学生に『氷の貴公子』などと呼ばれていた。虎丸は世の不公平を切に感じたものである。


 昔を思い出したせいでよけいに怒りが沸いてくる。虎丸の気持ちなど露知らず、拓海は追い打ちをかけた。


「華族や皇族が通うような女学校なんだろう? その姿で侵入したら、間違いなく通報されるな。帝国陸海軍くらいは呼ばれるんじゃないか」

「ほんならおまえがやってみろって言いたいけど、フツーに綺麗めになりそうでなおさらむかつくわ~。歩く歌舞伎役者め!!」

「歌舞伎役者は元々歩く。比喩が不適切だ」

「ムキィ、いちいち細かいやっちゃな~!!」


 本日何度目かの言い合いを始めた青年らをまるっと放置して、十里は深刻にショックを受けている様子の茜を慰めることにした。


「茜、思ったより虎丸くんが可愛くなくて残念だったね~。化粧技術はたいしたものだと思うよ」

「くやしい……なぜかしら……。八雲さんだったら仕上げには自信あるのに」

「虎丸くんはほら、いかにも男の子って感じだしさ。部長は元から女性と間違われる顔立ちだから採点外だよ~。(ばく)だって四年前の初めて会った日に文通申し込んでたじゃない」


 以前闘った男の名が耳に入り、幼馴染に柔道技をかけていた虎丸は手を止めた。


「いつのまに採点制に……。てかあの狂犬男、八雲さんを女の人と間違えたんです? そういうオレも初めて会ったときちょっと迷いましたけど」

「そう、獏はああ見えて純情だし惚れっぽいんだよね。おみつにも初対面で交際してくれって申し込んでたし、そのあとすぐ部長に同じことを言ったんだよ。ちなみに、しばらく本当に文通してたよ。ふたりとも結構楽しそうだったなぁ」

「ぶ、文通ですか? 八雲さんと狂犬男が……」


 無表情で掴みどころのない八雲と、話すらあまり通じなかった名刃里(なはり)(ばく)

 手紙どころか、会話すら虎丸には想像ができない。


「八雲部長は案外悪ふざけに乗ってくれるからね~。初日はすぐ追い返されてさ、でも手紙に綴られた獏の文章を八雲部長が気に入ったおかげで、僕たちは作品を読んでもらえて、新世界派に参加できたというわけ。あれでも美文家なんだ、彼は」


 微笑みを浮かべながら、ハーフの青年は金色に透けた睫毛を揺らす。

 仲違いしたかつての仲間、獏の話をしているときの十里は、笑ってはいるがいつも少し寂しそうだ。


 獏は十里の日本側の血縁で、従兄弟(いとこ)同士だという。八雲との出会いも、ふたりで連れ立ってタカオ邸を訪ねて来たのがきっかけらしい。

 おそらく仲が良かったのだろうと思うが、虎丸からすればあまり印象のいい相手ではない。心のこもっていない慰めを気安く口にするわけにもいかず、悩んでいると──。



「次は拓様……。あら、どうして後ずさるのかしら」



 十里と話し込んでいる間にも、茜が化粧道具を抱えてじりじりと拓海に迫っていた。

 拓海は苦虫を噛み潰したような顔で、少しずつ壁のほうに回避している。女装も嫌なのだろうが、女姿の茜も苦手なのだ。


「おかしいなぁ。おみつちゃんとええ感じになって、ちょっとずつ男っぽくなってきたと思っとったのに。そのかわり、女装時とのギャップがますます広がった気ィするわ」


 拓様親衛隊なのは以前からだ。しかし、姉と入れ替わって女の恰好をしていたことに対する葛藤やコンプレックスは、徐々に解消されていったように見えた。

 おみつとデートもしていたので、近頃は本来の少年らしさが戻ってきたように虎丸は思っていたのだ。

 となれば、女装はもはやただの趣味なのではないかという気がしてくる。

 虎丸が首をかしげていると、十里が小声で言った。


「コミュニケエションが得意で器用なのが災いして、スイッチで人格を切り替える癖がついてるみたい。(コウ)は不器用な性格だから、どっちの恰好でも変わらなかったけれど」

「ジィキル博士とハイド氏みたいやな……。大丈夫かいな」

「無理はしていないようだし、茜にとって自然なら何も心配ないよ。最近はすごくすっきりした顔してる。あの子はあと何年かしたらいい男になると思うよ。虎丸くん、負けてらんないね~。それより、拓海を助けてあげたら?」

「えー、べつに放置でええんとちゃいます~」

「ダンデェは友を助けるものなんだよ、虎丸くん」

「よっしゃ、しゃあないな」


 実際にどういうものかはわからないが『ダンデェ』というワードにめっぽう弱い虎丸は、張りきって後ろから声をかけた。


「なあ、茜ちゃん。どうせなら簡単そうな奴より、難しいほうがやりがいあると思うで! せやなぁ、たとえば……いっそのこと(あい)ちゃんでやってみるとか」

「嫌よ!!」


 茜はキッと振り返り、すごい剣幕で言い放つ。


「嫌よ!? 全力拒否!? そんなに!?」

「筋肉髭中年の女装は嫌!!」

「タカオ邸でほぼ唯一の良心・茜ちゃんにそんなん言われたら、藍ちゃん泣くで!?」


 ずっと逃げ腰だった拓海は、虎丸と十里の会話を聞いて何かを思いついたらしい。

 近くにかかっていた洋服を一着手に取り、この冷淡な男らしくない優しげな声色でそっと茜に手渡した。


「茜、頼みがある。お前がこの服を着ている姿を見たいんだ。着てくれないか」

「拓様……!? 拓様の頼みなら喜んで……!!」


 嬉しげに衣装を受け取って、メイド少年は衝立(ついたて)の奥へと消えた。


「なんやろ、この茶番……」


 いぶかしげな視線でやり取りを眺めていた虎丸だったが──着替え終わって戻ってきた茜を見て、ようやく合点がいった。

 その衣装は異国の子供が着ていそうな、海軍の軍服をアレンジしたもの。日本風に言えば水火夫服(フロック)。紺と白の、いわゆるセーラー服という代物であった。


「どう? 似合うかな?」


 男子用の服なので、茜は性格も口調も男子に戻っている。

 拓海は壁際でほっとした顔をしていた。なかなかの策士である。


「ああ、いいね。似合う似合う。赤髪には洋服がよく似合うと思うよ~☆」

「すごい切り替わりや。まさにジィキル博士とハイド氏……」


 十里と虎丸が感想を述べていたそのとき、ノックが鳴って扉が開いた。

 ようやく場が収まったと思ったところで、またしても来訪者がやって来たのだった。



「なにを騒いでいるのかしら?」



 次に現れたのはタカオ邸女主人。阿比(あび)である。


「あ、阿比さん……」


 衣装室を借りる許可はもらっていたが、作戦の内容は漏らせない。理由を尋ねられたらどう言い訳しようと虎丸はとっさに焦る。

 しかし、阿比は予想とは違った斜め上のことを言いだした。


「なぜ虎丸はアンチヰクドレスを着ているのですか? ……まあ、女装ですって?」

「おっと、美意識に反しましたか。えらいすんませ──」

「どうしてこんな楽しそうな遊びに呼んでくれないのかしら。わたくしもやりたいですわ」

「そっちか~」


 理由にはいっさい触れられなかったが、阿比まで混ざって若者たちは次々と着替えされられるはめになってしまった。


「虎丸くん、これ履いてみてよ。本物の虎皮を使ったパンツ。似合いそう~」

「あかん、ジュリィさんまで遊びだしたで」


 衣装室はもはや、混沌(カオス)の様相を帯び始めたのだった。



 ***



「ああ、つい夢中になって忘れていましたわ。皆の手紙をまとめて引き取ってきたから、届けにきたの。虎丸、貴方への電報もありますわよ」


 二時間ほど全員を着せ替え人形にして楽しんだあと、阿比はようやくこの部屋にやって来た用事を思い出したようだ。鞄から紙の束をどさっと取り出した。


 タカオ活版所宛の宅配物はそこそこ多いのだが、なにぶん人里から離れているので郵便屋が巡回しない。そのため、すべて八王子駅前の郵便局預かりにしているのである。月に何度か女主人か、不在のときは作家たちが交代で引き取りに行っている。

 急ぎのときは直接出向くしかないのだが、今回はちょうどいいタイミングだった。


 阿比に渡された電報を読んで、虎丸は機嫌よく口笛を吹いた。


「よし、小石川の女学校に正式な取材の申し込み完了! 先進的な女性教育が主題の記事を書きたいんでって編集長に頼んで許可もろて、さっそく校長に電話してお願いしてんけど返事早かったなぁ」


 茜たちに聞こえないよう十里と拓海にそう告げると、彼らは一瞬動きを止めてその場に固まった。


「ねえ、それはつまり……正攻法で女学校の中に入れるってことかい? ということは、今日の女装は完全にムダだったよね? 虎丸くんの案だよ?」


 阿比にパリジェンヌメイクを施された十里が、笑顔のまま詰め寄ってくる。


「ふふふ、最近忘れとったけどオレは真面目な勤め人なんですよ。世間の信頼度は作家より上ですし、超お嬢様学校に取材も受けてもらえるっちゅうわけです!」

「だったら、最初からそれでよかったじゃない~?」

「女装はそっちを断られたときの最終手段ですよ。念には念を入れる男、オレ。さすがやなー」


 十里は「まったくもう~」とため息を漏らしただけでさほど怒ってはいない。

 だが、問題は幼馴染だ。


「……バカ丸、お前の戯言には、俺はもう二度と付き合わないからな」

「そっ、その恰好で睨まれても!! ふは!」


 歌舞伎の女形風に仕上がった拓海、そして西洋ドレスを着た虎丸。

 幼馴染同士のもう何度目かわからない喧嘩が、女装姿にて勃発する。


 三人の青年が女装した結果──。

 阿比と茜によって、拓海「優」、十里「良」、虎丸「可」という採点がひそかに行われていたのだが、虎丸には知る由もないのだった。

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