二 男子風呂相撲小咄
タカオ邸・大浴場。
広さは銭湯と同じくらいだ。
内装はタイルではなく板張りだが、数年前から東京の銭湯で流行し始めている壁のペンキ絵もある。
男女は特に分かれていない。が、今ここに女子はいない。
男のみ総勢六名が入浴中であった。
「は~、いい湯……でもないわな。さすがに狭っ!!」
「いいじゃない、たまには。ジャポネ・裸の付き合いってやつ?」
「私は風呂に入れれば何でもいいです。少々微温いですが」
覗き騒動が終わって、なんとなく風呂に浸かっているのが虎丸、十里、八雲。
「なぜ俺が二度目の風呂に入らなければならないんだ? しかも深夜に」
「まあまあ。十里さんのいうとおり、たまにはいいじゃないですか。交流ですよー」
「あー、風呂に浸かりながらの酒はうまいな。なのに、なんで野郎ばっかりなんだよ。お前ら、文字の力で美女になれねえの?」
せっかくだからという適当な理由で夜中に呼び出された、拓海、白玉、藍。
「藍、もしかしなくても莫迦なのですか?」
「八雲さんは藍ちゃんに当たり強いなー」
「自分の黒歴史を知り尽くしている人物など、厭なものです。いつか丸ごと証拠隠滅しようと思っています」
「藍ちゃんごと隠滅したらあかんのやで? あ、白玉に記憶消してもらったらええんとちゃいます?」
「う~ん、できないこともないですけど、たぶん昔の八雲さんに関する記憶、ほとんどぜんぶ消えちゃいますよ? 藍さん、八雲さんの存在ごと忘れちゃうんじゃないですかねぇ?」
「歩く黒歴史かい!」
「あっ、ねえねえ」
と、十里がまた懲りもせず、よけいな案を思いついたらしい。
先ほどもよけいな発言で火に油を注いだ男である。
「せっかくみんなで入ってるんだからさ。何かして遊ぼうよ~」
「うわぁ、歩く嫌な予感のジュリィさんがなんか言い出したで。嫌な予感する〜」
「変な異名つけないで。普通の遊びだよ~。ほら、相撲とか!」
「風呂で!? 全裸で!? 男だけで!? フ×××で!?」
「男だけって……それ女の子いたら圧倒的にまずいでしょ」
「でも、女子の応援なしで相撲なんかやる気にならへんやんー」
「きみは本当に、フ×××の相撲を女の子に応援されたいのかい?」
「想像したらちょっとお婿にいかれへんようなるなあって思いましたわ」
たいして本気にするでもなく進行していた雑談だったが──。
こういった方面に関してはかなりややこしい人物が、いきなりバーンと戸を開けて登場した。
「あら、ここはわたしの出番かしら」
赤い髪を揺らして入ってきたのは、見た目は少女、中身は少年。着物の上に白いフリルのエプロンを着用した、タカオ邸のハイパーメイド。
源氏物語を心から愛し、光源氏と側仕えである小君の男色関係解釈を愛し、拓海を筆頭に美青年の追っかけをしている、やや倒錯した趣味嗜好の持ち主。
普段であれば、他のメンバーよりかなり常識人なはずの女装少年──茜である。
「なんか来た! ものすごい張りきって来たな……。タイミング良すぎやねんけど、まさか、ずっと覗いとったわけちゃうよな?」
「そんなことはいいの。わたしなら女子に応援されてる気分も味わえるし、 フ×××を見られても問題ないでしょう? だから相撲の行司をつとめさせていただくわ。みんな、思う存分ぶつかりあってね」
「かつてないほどイキイキしとるなー。むしろ誰よりも見られたらまずい相手な気ィしてくるわぁ……」
いつも穏やかな茜だが、趣味嗜好のことになると少し挙動がおかしい。
こころなしか拓海が湯船の中で後ずさり始めたが、そんなことには構わず話を進めている。
「組み合わせもわたしが決めていいかしら? 一試合目は虎丸さんと拓海さんで『一見仲が悪いけど協力すると誰よりも以心伝心の幼馴染ペア』、二試合目は藍さんと八雲さんで『唯一過去を知ってるうえに思わず反抗してしまう関係性ペア』でいきましょう。十里さんと白玉に関してはわたしちょっとイチオシの組み合わせがあって、準決勝はぜひ──」
「わー、個人的な趣味嗜好を全面に押しだしてくる行司だねぇ」
さすがの十里も身の危険を感じたらしく、さっと流れを変えた。
「準決勝の組み合わせまで決まってたら、もはや試合じゃなくて茜のための見世物だからね。僕、いちばん強い藍ちゃんに挑戦しよっかな~」
「おっやるか、十里。いい度胸じゃねえか」
なんとか健全な相撲に軌道修正したものの、当初の問題点だった部分は何も解決していない。
浴槽から出て洗い場で向き合った男たちを眺め、虎丸はげんなりとした声をあげた。
「や、もうすでに絵面がきつい。せめて腰に布巻いてください」
「日本人は生まれたままの姿を恥ずかしがりすぎだよ~☆」
「すんません、日本には欧羅巴みたいな裸体主義の文化ないんで……」
試合の結果──。
当然、藍の勝利である。謎の武闘派僧侶に軟派な作家が敵うはずもなく、背丈は十里のほうが高いもののあっさりと敗北した。
「あ~やっぱりダメかぁ。藍ちゃんは筋肉すごいし、やっぱり強いねぇ。虎丸くんならいい勝負になるんじゃないの?」
「いや……結構っすわ……。フ×××鑑賞きつかったんで……」
「なんだ、虎坊。俺に勝つ自信ないのか?」
壁にもたれて絶望している虎丸を、藍が煽る。
負けず嫌いの虎丸は簡単に乗せられてしまった。
「む。これでもオレ、中高んとき相撲じゃ負け知らずやったんやで? やったるわー!!」
かくして、洗い場では第二試合が開始した。
「拓海、先日発売された『中央公論』の最新号はもう読みました?」
「もちろんです。森鴎外の『山椒大夫』が傑作でしたね。白玉、髪を洗いたいなら手伝うが」
「ほんとですか? やったー! 自分じゃうまくできないんですよー」
浴槽の八雲、拓海、白玉は相撲を回避済みですでに別の世界である。
「ふふふ、たまにはみんなでお風呂も楽しいわね」
今回一番喜んでいたのは、間違いなくメイド少年なのであった。
番外の幕【日常ダイアリイ】 了




