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狂人ダイアリー ~大正浪漫幻想活劇~  作者: アザミユメコ@書籍発売中
第十幕【感情仕掛けの生き人形】
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十 化鳥の人體實驗(じんたいじつけん)・其の壱

 情緒とモダンが合わさった、華やかなる金沢城下。

 二本の川が流れ、西と東に分かれた茶屋街には徳川時代の風景を残した店が立ち並ぶ。


「うーん、素晴らしい景色。金沢いいところやなー。ぎょうさんお店もあるし、めっちゃ遊びたいわぁ」

「よし、では遊ぶぞ。旨いものを食つて酒を呑むぞ」


 ついこぼれた虎丸の願望に、伊志川(いしかわ)化鳥(かちょう)は即答である。

 以前八雲に同じことを提案したときは「用事がなければ自室に篭りたい」と言われたというのに、やはり正反対の性格だ。


「感情が多いと少ないでこんなに人格変わるんやな……。でも、里帰りしに来たんやろ? 実家とか寄らんでええの?」

「ハッ、実家?」


 何を莫迦(ばか)なことを、とばかりに化鳥は肩をすくめる。


「生家など()うに無い。俺が潰した。各地に別荘はあるが母親(あのをんな)は殆ど異國(いこく)で生活してゐるし、九社花(くしやげ)も当代で(しま)ひぢゃないか。なにしろ跡継ぎもいないからな」

「跡継ぎって、化鳥じゃダメなん──」


 と、言いかけて虎丸は口をつぐむ。


 八雲として出会ってから今まで、共に過ごしているせいで忘れていた。

 というより未だに実感がなかった。

 八雲・化鳥は五年前に死んだ人間なのだ。蘇ったとしても、世間で故人として扱われている者が家を継ぐのはいろいろと無理が発生しそうである。


「戸籍とかはどないなるんかわからへんけど。生きとるとか死んどる以前に、八雲さんも化鳥も商売向いてなさそうやなぁ……」


 両人格とも、別方向で対人関係には不向きだ。八雲は引きこもりで知らない人間とまともに会わない。化鳥は有名な気性難。

 (あい)が小説しか書けない男だと評していたのは、あながち誇張でもないのだろう。



──そういう藍ちゃんも、かなりの放蕩者(ほうとうもん)やし。

 息子も弟も家業じゃ頼りにならへんて、阿比(あび)さんも苦労したやろなぁ。



 と、女当主にいらぬ同情をするのであった。


()の辺りで獲れる、杜父魚(ゴリ)()ふ川魚が旨い。刺し身に唐揚げ、骨酒も()い。金沢の郷土料理だ。まづは腹拵(はらごしら)へだな」

「乗り換えのたびに駅弁買うて食べてたやん!?」


 虎丸の言葉を無視し、化鳥は張りきって茶屋町の手近な料亭に入ろうとする。

 だが──。


 ばたばたと、店の戸が閉められていった。


 休日ではない。つい今しがたまで通りは盛況、店は繁盛といった賑わいだった。皆、あきらかに化鳥の姿を目にして怯えたように去り、戸締まりをしたのである。


 人の気配がこつ然と消えた通りに、化鳥と虎丸はぽつんと取り残されてしまった。


「──興醒(けふさ)めだ」

「うわぁ、めっちゃへこんどる。ちょっと可哀想……」


 しゃがみ込み、膝を抱えていじけている化鳥を憐れみの目で見下ろす。


「そら、死んだはずの人間とそっくりな奴が現れたら怖いよな」

「地元で俺を知らない者など居ない。俺が歩けば皆が道を開けてゐた」

「不良少年みたいなこと言いだした……。まあ九社花のご令息で天才作家やし、超有名人やろー」

「だが、今避けられてゐるのは生前にやらかした色々とは別の理由がある」

「その色々も怖いもの見たさで知りたい気ィするけど、置いとくわ。別の理由って?」


 化鳥は早くも気を持ち直したらしく、立ち上がると虎丸を正面から見据えて得意顔で言った。


「今回俺が帰郷したのは、心殘(こころのこ)りがあつたからだ。()れを晴らしに()た」

「心残り……。なんか幽霊みたいやな。今も幽霊と同じようなもんか」

「さうだ、亡霊が出るんだ。此処(ここ)にゐる俺ぢやない、本物の亡霊だ」

「へっ!?」


 物の怪・幽霊の類が大嫌いな虎丸は戦慄する。


「死んだ後、噂で耳にした。金沢では五年前から俺の亡霊が出ると(もつぱ)らの評判らしい。祟りなんだと。(わら)へる」

「ああ、それで住民に怯えられたんや……」

八雲(やつ)はどうでもよささうだつたが、俺は見たいぞ。話が出來(でき)るならばしたい。だから()の目で確かめたくて、故郷に帰つてきたんだ。そいつはかなり厄介な暴れ者らしくてな。手傳(てつだ)へ。貴様、俺の『闘者(とうしや)』とやらなのだらう?」

「はいはい、闘う方向でいくんやな。今までに何回もあったから、もぉわかっとるわ! ちなみに、闘者である前に担当編集やねんで。そこんとこよろしく!」


 新世界派と関わるようになってから、闘いにはすっかり慣れてしまった。

 理解の早い虎丸であった。



 ***



「あ、ここ四高(しこう)や」


 化鳥に連れられてやってきた建物は、見るからに学校だった。背の高い木々がそびえる奥に赤レンガ造りの立派な校舎が構えている。

 初めて訪れたのになんとなく懐かしい空気だと思っていた虎丸は、門に書かれた学校名を読んで合点がいった。 


 数字を冠した高等学校は全国に八校ある。

 そのうちの一つで、金沢にあるのが第四高等学校、通称『四高』だ。東京の第一高等学校は拓海の出身校。そして、虎丸が通っていたのは京都の第三高等学校。

 つまり、虎丸にとっては母校の姉妹校みたいなものなのだ。


 土地が変わっても行き交う生徒たちの雰囲気はどこか似通っている。

 ナンバースクールと呼ばれる八校は全寮制であり、基本的に超エリートコースだ。白線の入った丸帽に紺色の詰襟をきっちり着た者、制服ではなく絣着物と袴の者、さらに黒マントを羽織り下駄を履いた蛮殻(バンカラ)が混在した独特の校風である。


「高校は懐かしいけど、自分の居場所でもないような感じやなぁ……」


 金銭的な事情で中途退学してコースから外れた虎丸としては、ちょっとした心悲(うらがな)しさを感じるのだった。


「狸が不味(まづ)ひと()ふのは、本当に本当だらうか。試す価値は有るよな」

「アンナを変な目で見んといて。お腹空いとるのはわかったから、この用事が終わったら変装して料理屋入ればええやろ?」


 化鳥は虎丸の哀愁にまったく無関心である。

 威嚇するアンナ・カレヱニナをどうどうとなだめ、ふたたび鞄に入ってもらった。


 夕暮れの近づく空の下、生徒が散るように寮に帰っていく。校庭からは運動部のかけ声が響いていた。


「俺の亡霊が出ると噂があるのは、講堂だ。門を入つて()ぐが本館、()の裏手にある教会のやうな建物がさうだ」


 自分の亡霊探しという虎丸にとっては不可解な探索だが、化鳥はとても楽しそうにしている。


「詳しいなぁ。あれ、ここ母校?」

「当たり前だらうが。何故(なにゆへ)俺が縁もゆかりもない學校(がつこう)に化けて出なければならない」

「それもそうか。東京の人って印象あってん。でも上京してまだ数年やったんやな」

「死んでからの年数は知らんが、東京で過ごしたのは帝大に進學(しんがく)してからの一年にも満たない。()ぐ退學に()つたうゑに、直ぐ入水して死んだ」


 いつだか八雲に大学時代の話を聞いたとき、「やらかして中途退学になった」と言っていた。


「つまり、やらかしたんは化鳥(こっち)やったかー。納得したわぁ……。拓海も言うとったな。化鳥が解剖用の人体を勝手にバラバラにしたとかなんとか」

「四高でも幾度と無く退學になりかけたが、全て九社花が揉み消した。まあ、寮で出る飯に色々混ぜて人體實驗(じんたいじつけん)をしたりと、可愛(かはい)いものだったからな」

「可愛いの定義知っとる!?」

「東京の帝大では家の威光が(あま)り通用しなかつたな。十回ほどの呼び出しを経て、退學に()つてしまつた。俺は研究がしたかつただけだ。もつと人間の事を知りたかつた」

「勉強熱心は結構やけど、無断でやったらあかんのやで?」


 つっこみが追いつかない奇矯(エキセントリック)さ。

 本当にタヌキ汁にされてしまいそうで、思わずアンナの入った鞄をぎゅっと抱きかかえた。


 あきらかに怪しい私服のふたりなので、誰にも見咎められないようこそっと校内に侵入する。



()れだ。屋内體育場(たいいくじよう)の横」



 傾斜の鋭い三角形の屋根、そして尖塔がついた非常に美しい建物だった。化鳥の説明どおり、西洋の教会によく似た外観である。


 しかし、その場所には何の力も持たないはずの虎丸でさえ寒気がするような、嫌な雰囲気が漂っていた。

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