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狂人ダイアリー ~大正浪漫幻想活劇~  作者: アザミユメコ@書籍発売中
第十幕【感情仕掛けの生き人形】
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四 予言の操觚者

 虎丸が馬を小屋に繋いでタカオ邸の食堂に入ると、八雲、十里(じゅうり)(あい)の三人がなにやら深刻げに顔を突き合わせていた。


「わお。男ばっかりで何しとるんです? 艶本(えんぽん)鑑賞会とか?」

「虎丸くん、なんだか発想が藍ちゃんに似てきたねぇ」


 と、振り返ったのは十里だ。

 異国の血が入った青年特有の瞳は翡翠色(グリーン)。ふわふわとした柔らかいウェーブの金髪が揺れる。


「そんなとこ似るのん嫌や~」

「艶本はないけれど、日本で一度発禁になったクラフト=ヱビングの学術書『変態性慾心理』でも貸そうか? 自分自身も気づいてないマゾヒ……性的倒錯がわかるかもよ? 独逸(どいつ)語版でいいなら」

「もう独逸語とか露西亜(ろしあ)語とか、勘弁してくださいよぉ。しかもマゾヒストって決めつけましたよね、絶対! せや、川で魚捕ってきましたよ。昼ご飯に追加してもらおっと」

「きみ、大阪のど真ん中育ちじゃなかったかい。生きる能力に溢れてるねぇ〜。さすがは無人島に連れて行きたい系男子一位~☆」

「どこ調べですか、それ」


 台所に行って使用人に魚を預け、戻ってみるとやはり空気が重い。


「ほんで、何か問題でも起こったんですか?」


 長テーブルの席について輪に混じると、隣の八雲が答えた。


「敵の組織・通称『黒菊(クロギク)』の残した発言で、引っかかる内容があったのです。最近少し(コウ)が気落ちしているとは思っていたのですが、ようやく話してくれました」

「敵の発言って……こないだの名刃里(なはり)(ばく)?」

「ええ。虎丸君、あなたも聞いていたかわかりませんが──私たちの中から『裏切り者と退場者がひとりずつ出る』と」


 腕を組んで、あの日のことを思い返す。しかし、記憶にない。

 少なくとも虎丸が直接聞いた言葉ではなかった。ということは、紅と獏が森の奥で闘っていたときの会話だろう。

 

「オレはその場におらへんかったけど、狂犬男の脅しとちゃいます? ほんまに裏切り者が混ざっとるんやったら、工作員(すぱい)ってことやろ? こっちに教える利点なんかないはずですしー」

「おっ、虎丸くん、冴えてるね〜! いいよいいよ〜」

「褒められた!? まあ、それほどでもありますわ〜!」

「うん、でもね」

「でも!?」


 十里に褒められかけて一瞬調子に乗ったが、そう簡単な話でもないようだ。

 ハーフの青年は少し目尻の下がった柔和なたれ目を細めて、ため息をついた。


「『いる』じゃなくて『出る』と言ったみたいだし、僕は『予言』という言葉が気になるんだよね」

「今裏切り者がおるんじゃなくて、これから寝返るって意味ですか? 先の予言なんて、そんな非現実的な……」


 そう口にしたあとで、はたと気づいた。

 作家たちの使用する文字の力自体、そもそも非現実的で超自然現象的な力なのだ。


「つまり、未来がわかる操觚者(そうこしゃ)がおるんやな」

「ふむ、少々非現実的すぎますかね」

「えっ。あ、今使ってる力は八雲さん的に現実の範疇なんや……」


 なにしろここは怪奇現象でも何でもありのタカオ邸。

 ならば予言も十分有り得るかもと思い直したというのに、不思議な力を使う当人の八雲にばっさりと否定されてしまった。


「非現実にも、可能な範囲の非現実があるということです。存在していない未来をすでに形あるものとして把握するなど、不可能な範囲の非現実です。ですが、予言を『成立』させるのは可能です。むしろそちらのほうが、虚構を作りだす我々の力の真骨頂でしょう」

「っていうと??」

「例えば、平安時代に予見の姫君として名をはせた高尾姫(たかおのひめ)の占術は、『言霊(ことだま)』の一種です。今風に洗脳といったほうが伝わるでしょうか。彼女の占いどおりに(まつりごと)や戦が動いていき、結果的に占術は予見と呼ばれた。しかも、彼女は自分の力を自覚していませんでした。だから自身の死さえ止められず、予見と同じ末路をたどったのです」


 短命ながらも壮絶な生涯を送った高尾姫──もとい肉体だけ残されたタヌキのアンナ・カレヱニナは、現在八雲の膝で眠っている。虎丸の分けてやった小魚を一匹食べたばかりで、満足そうである。

 獣の肥えたお腹をゆさゆさと触りながら、十里が言った。


「要は、そうなるように仕向けて当たれば予言になるって意味だよね? 白玉が使う他人の記憶を操作する力だって似たようなものだよ。あれは暗示だからね。虎丸くんの言ったように、わざわざ予言をこちらに教える意味は脅しか、かく乱か──どちらにしろ、成立させるための罠に決まってるさ。そのココロは?」


 ピーンときて、虎丸は席を立った。


「予言は、避けれる!!」

「はい、よくできました~☆ 僕らが敵の思惑どおりに動かなきゃ、成立しない。予言は当たらないってことだよ」


 黙って若者たちの会話を聞いていた(あい)がようやく口を開く。

 得意顔で伸びた前髪を掻きあげる、いつもの自信に満ちた仕草だ。


「ああ、惑えば敵の思う壺だ。疑心暗鬼にさせようったってそうはいかねえ。お前らは全員家族みたいなもんだよ。俺らの絆がどのくらい強いと思ってるんだ。裏切り者なんざ出るはずねえと俺は信じてるし、言いきってやる」

「藍ちゃん……! めっちゃかっこええ……!」


 世話役の力強い言葉にじんわりしていた空気は、八雲の一言で崩れ去った。


「もし私たちが深読みしすぎているだけで、裏切り者がすでに潜んでいるという意味であればお手上げですが。獏君は喋るのが少々下手でしたので、言い間違えただけの可能性もあります」


 頼もしかった藍の態度はころっと変わり、煙管(キセル)の火皿で正面の青年を指した。


「やっぱりお前か、十里。怪しいと思ってたんだよなぁ」

「え~待って待って。今良いこと言ってたのはなに!? 八雲部長、なんとかしてよ~」

「そうですね、十里君が裏切り者ではあまり意外性がありません。大穴で拓海に五十銭賭けます」

「じゃあ俺も一発狙いにするかな。白玉に六十銭で」

「僕の信頼度(オッズ)低すぎない? だったら部長に三十銭~」

「私ですか。ミステリで探偵を犯人とするようなオチですよ、それは」


 突如はじまる、謎の賭け事と茶番。


「あの、ちょっと真面目にやってもらってええですかね??」


 中学のときに教室で開催されていた艶本鑑賞会と、なにひとつ変わらないノリだ。

 仲間を信用しているからできる冗談だとわかってはいるが、男はいくつになっても男子である。


 『予言』についての会議は、十里の台詞で締めくくられた。


「予言の操觚者はまだ誰も見たことのない最後のひとりかな~。黒菊四天王というからには四人いるんだろうけど、あの周辺の小説家を洗っても、それっぽい人物が特定できないんだよね。引き続き情報収集はやっておくよ」


 虎丸としては『退場者』のほうも気になる。

 一番心配なのは狙われている八雲だが、いなくなれば彼を復活させるために闘っている新世界派は目的を失う。闘いそのものが終わるので該当はしないだろう。


 他の誰が退場するというのか。

 退場の意味することは? 最悪、死かもしれない。

 不安はどうしたって拭えない。


 しかし、こうして悩むこと自体が敵の思惑なのかもしれないと──。

 はっと気づいて、虎丸は頭を左右に振った。



 ***



 タカオ邸、二階。

 滞在中借りている客室に戻ろうと虎丸が廊下を歩いていると、甲高いふたつの声が曲がり角の先から聞こえてきた。


 声ですぐにわかったが、(コウ)とおみつの不仲娘コンビである。


「なんでオマエといっしょに寝なきゃなんねーんだよ。自分の部屋に帰らせろ」

「貴女が冬に怪談なんてするからでしょ! 責任取りなさいよ!」


 紅の部屋は八雲の離れ屋にすぐ駆けつけられる一階端のはずだが、なにやらおみつの部屋の前で捕まっているらしい。


莫迦(ばか)やろーめ、そもそもオマエの存在が怪談だろーが。寝てる間に元戻ったらどうすんだよ。夜中に目ぇ覚まして隣に等身大の人形いたらおれでも怖えっつーの」

「ひっ、夜中に人形!? 怖い話しないでよ!」

「いやオマエのことだから」


 浴衣の袖を掴み合ってキャアキャア騒いでいるが、喧嘩というよりじゃれているようにしか見えない。


「茜の部屋でも行けば?」

「よっよっよっ夜這いだなんて!! 嫁入り前にそんな破廉恥な真似できるわけないでしょ!?」

「そこまで言ってねーし、そこまで許可してねーから!!」 


「……仲ええな?」


 見ていて飽きないのでぼやっと鑑賞していると、階段のほうからばたばたと慌ただしい足音が響いた。


「あ、紅ちゃんいた! 大変、八雲さんが……」


 息を切らして走ってきたのは、メイド服姿の茜だった。

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