二 持たざる者たちの紲(じゅばく)
「憂、うるッせァし!! あと髪うざってェから刈りやがれァ!?」
ぐちぐちとぼやき続ける長髪男に、耐えかねた獏が巻き舌で怒鳴る。
が、逆効果である。
「ねえ、なんで呼び捨て? 獏は敬語が不自由だからタメ口は百歩譲って許すとしても、なんで呼び捨てなの……? 俺さぁ、これでも四天王筆頭なんだけど? 最年長なんだけど? きみよりひと回り年上で干支同じなんだけど? 作家としても、本郷先生の門下生としても結構センパイなんだけど……?」
憂はますます勢いづき、獏にからみ始めたのだった。
「あああ、ゴタゴタうるっせァ!!」
「ちょっとぉ、ごたごたうるさいわよ、憂ちゃん」
獏と周に左右から責められ、四天王筆頭の男はペットの白蛇を撫でながら、今度はさめざめ泣きだした。
「周ちゃんまで……。筆頭だからって特別手当とかないのに……。ジョセフ、もう帰りたい……」
将校服は偽物なので非現実的なデザインのうえ、明るい灰銀色の長髪を女子のように後頭部でひとつに結っている。陰鬱な性格に釣り合わない派手ななりが、獏曰く『よけいにうざったい』らしい。
「アナタはもっとしっかりして頂戴よ。最年長~」
そう説教する周も負けず劣らず、筋肉質な肉体に女装という不審人物なのだった。
黒菊四天王──
衣装や髪型が全体的に華美で一見年齢不詳だが、新世界派よりも一世代上の中堅作家たちだ。
吉原遊廓で生まれ、私生児または孤児として花柳の女帝・胡蝶太夫に育てられた。のちに大作家・本郷真虎の門下に入り、文壇デビューしたのが憂や周らである。
敵の大ボス、大蔵大臣・菊小路鷹山がそれらの資金援助を行っていた。
胡蝶太夫への恩義があるため今でも遊廓との縁は途切れず、それぞれ妓楼の楼主も任されている。
「つまんないな……。ねぇ、獏、俺のこと敬ってよ……。憂さんとか呼ばれてみたい」
「うるっせァな!? だったら敬られるようなことしてみろォ!?」
元々同人雑誌『新世界』に所属していた獏だけが例外で、歳もまだ二十二の最年少だ。彼だけは孤児院育ちではないが、出生は本人が話したがらず隠している。
傲慢にして粗暴な気質ゆえ、同世代しかいない新世界派とは対立も多かった。しかし、年上ばかりの『黒菊』では弄びやすいとしか思われていない。他の四天王たちに構われて、しょっちゅう玩具となっているのである。
「あ、そういえば……、しのっちはいつ着くの?」
「まだ地方公演の最中ですってよ。来週には集合できるでしょ」
ふと思い出したように憂が呟いたのは、四天王最後のメンバーの名だ。
「はああ……いいよね、劇団の脚本家って……。ボロ儲けでさ、千秋楽のたびに花束とかもらってキャアキャア言われてさぁ……。小説家なんて俺くらいの売れっ子でも収入は雀の涙なのに……。芝居の原作になれば稼げるらしいから、いっそ大衆文学に看板替えしようかな。純文学なんてくそくらえだよ……。今のままじゃ、楼主やめたら生活できないしー……。まあ、どうせやめれないからいいんだけどさぁ……」
周が朱塗りの化粧箱から取り出した白粉で首元をはたきながら、ツンとした態度で答えた。
「アナタ、寂しいとすぐ散財するからお金無くなるんでしょ。あの子が着いたら適当に相手しといて頂戴。面倒だからアタシはつきまとわれたくないのよ」
「しのっち、昔っから周ちゃんに懐いてるもんねぇ……。ていうか、うちの弟子たちも全員周ちゃん大好きだよね……。なんで筆頭の俺より人望あるわけ?」
文芸雑誌『黒菊』には以前タカオ邸を奇襲した藤や海石榴ら新人作家が四人おり、四天王が弟子として各自ひとりずつ面倒を見ているのである。
「弟子の海石榴もそうだけど、しのもたまたまアタシが拾ったってだけよ。あの子みたいに女同士でイチャイチャする趣味はないのに、まったく」
「え。だれとだれが女同士……? 俺の認識では、四天王は男四人だけど……?」
「ハァ? アタシ的には男女半々だわよ?」
「あれ? ちゃっかり自分も女側に入れた……?」
ふたりは眉をひそめ、いぶかしげな表情で見つめ合う。
その空気を破るように、獏が叫んだ。
「混乱するからやめろォ!! テメェらの性別の認識はフリィダムすぎんだよ! あと、憂が人望ねェのは日頃のげんど──ぐはッ」
──が、言い終える前に憂の腕が首に巻きついた。
獏の口をふさぎながら、素知らぬ顔で会話を続ける。
「なんだ、しのっちが遅れるなら俺たち来週までやることないじゃん……。暇だし、そのへんの妓楼でも行かない?」
「アナタ、〆切前じゃなかったの。なんで暇なのよ」
「〆切前は〆切前であって、まだ過ぎてないし……。遊ばないと仕事もやる気でない。行こうよー」
「だから、女は興味ないってば」
「べつに男でも女でも、どっちでもいいじゃんね……。獏は?」
と、自ら羽交い絞めにしている三白眼の若者に尋ねる。
獏は物の怪と合体なしの状態ではさほど強くない。他の四天王がかなりの長身揃いなのもあり、柔術家の周はもちろんのこと憂にも生身では勝てないのだった。
「離せダメ人間! ぶは! 部屋に、帰るァ!」
「ふっふっふ。うちはアト・ホオムな職場だからさぁ……。協調性ゼロは許さないよ? だいたい獏さ、こないだ勝手に単独行動しといて新世界派に負けたよね……? だから罰として遊びに付き合って。寂しいから」
「小生は、男女交際は文通からって決めてるんだよォ!」
「えっ、べつに遊女とは交際するわけじゃないけど……」
呆然とする憂に対し、周は嬉しそうだ。
「カワイイ~。なんでその口の悪さで純情なのよ。でもアナタ、文章だけは綺麗だから、文通から始めたら会ったときにがっかりされるわよ」
化粧箱の小さな抽斗をパタンパタンとすべて閉めると、花魁男はしなやかな身振りで言った。
「それより、遊んでる場合じゃないのよ! 菊小路の目的を成し遂げるには、伊志川化鳥が完全復活するのを止めなきゃならないの。文字の力の源である『幻想写本』の原本を手に入れるためにね。待ちに待った一斉攻撃よ。今回、そのために集合かけられたに決まってるんだから」
コタツの天板に顔を伏せて、憂は無気力な声をあげる。
「え~、そんなに重要……? 闘うの、めんどくさい……」
「そりゃそうよ。なんであの血も涙もないボスが、数十年も孤児や作家を育てる援助なんかしてたと思うのよ」
「じつは良い人だから……?」
「そんなわけないでしょ。感謝はしてるけど、少しは畏れたほうがいいわよ。この機会を失ったら長年の計画がすべてがパァなのよ。新世界派を消せなきゃ、アタシたちが消されるわ」
だらりと寝ていた憂と、櫛で髪を整えている周。
憂が伏せた体勢のまま、手首に巻きついた黒い蛇の入れ墨を指でなぞる。周も自らの頬に連なって舞う黒蝶の刻印にそっと触れた。
畳で足を崩して座っていた獏は、彼らの目の色が一瞬で変わるのを見逃さなかった。
その光には、過酷な環境で生き延びてきた者たちの隠しようもない残忍さが含まれていた。
***
八王子・タカオ邸。
すでに日は高くなっていたが、娘たちはまだ庭のテニスコートで戸外遊戯に興じている。
ぐるっと回って反対側の裏庭近く──シクラメンの花壇にはさまれた三段だけの階段に、ふたつの人影があった。
眼鏡をかけた大人しそうな少年は白玉。
虎丸の幼馴染であり、常に後光が射して見えるほどの美青年が入舟拓海だ。
「貸してみろ。繃帯を外すぞ」
指先まで布で包まれた両手の、痛々しい火傷跡が露出する。
白玉は滅多なことでは館から出ず、病院にも行こうとしない。なので、医科の学生である拓海がときどき古傷の具合を診ていた。
「以前から言っているが、訓練さえすればこの指はちゃんと動くようになる。引き摺った片足も、ダメになったわけじゃないんだ。お前にその気があればの話だがな」
拓海は文字の力によって『診察』『治療』という特別な能力を有している。
魔法のように傷を治すことができるわけではない。可能な治療は現代の医学と同程度だ。しかし、体に直接尋ねるその『診察』にミスは起こり得ない。
「あーあ、拓海さんには仮病も使えませんねぇ。人形がぜんぶやってくれるから、手なんか動かなくてもぼくとしてはぜんぜん構わないんですけどね!」
「……文字の力は敵に狙われている。奪われたらどうするんだ」
「大丈夫、ぼくは強いから! それに──」
拗ねてみたり、また笑ったりと、表情をころころ変えるが少年の本心は見えない。
いや、おそらく裏の顔などないのだろう、と拓海は思う。
「八雲さん、および主の邪魔をするヤツは、ぜったいにぼくが潰しますから」
なぜならこの無垢さが、白玉の強さの源なのだから。




