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第8話 肉を要求している

 ん!?


 わたしは振り返った。


「お父さん痛かったやろ。かわいそうにな~」

 

 見れば、山中さんがぬいぐるみの頭をなでているだけで、勇者のぬいぐるみに変わりはない。


 それにしても、やっぱりヘンなオッサンの正体は、勇者のぬいぐるみだったようだ。言わば、呪いの人形ってところだろう。

 

 わたしは試しにもう1回ぬいぐるみの頭をはたいてみた。


「ああ、お父さん!かわいそうになぁ」


 そしたらヘンなオッサンはなにも言わず、ただ山中さんが悲しそうにぬいぐるみの頭をなでるばかりだった――。


 山中さんに席に着いてもらったら、時刻は11時10分になっていた。昼ご飯は11時30分くらいから食べ始めればいいのでまだまだ余裕がある。それに、山田さんが随分と早くから昼食の準備に取りかかっちゃってくれてるから、カウンターにはすでにそれぞれの利用者のお盆とお茶碗と箸とマグカップが並び、すでに準備万端となっている。


 台所では山田さんと栄養士の神代さんがいて、なにやら話している。どうやら、山田さんが神代さんに肉を要求しているようだ。肉の要求?なにそれ?って話しだよね。それは一体どういうことか?


 まず、山田さんにとって問題なのが今日の昼ご飯で、メニューは鯖の塩焼きと大根なますと味噌汁だったんだけれど、山田さんは鯖アレルギーなので鯖が食べれないのだ。それでわざわざ鯖の代用品を用意してもらってるんだけれど、その代用品が気にいらず、肉にしてくれと直談判してたってわけ。確かに、その日のメニューになにか食べれない物がある場合、利用者には他の代用品を提供してるんだけれど、利用者がその代用品について文句言ってるところなんて聞いたことがないのに、なんだって職員である山田さんがその代用品にケチつけてんのよ?って話しなのだ。大体山田さん、アンタはトイレ誘導に行きもしないで、自分の食べたいものだけは要求するって、一体どういう根性してんのよ?


 まぁ、いいよ、もう。どこまでやりたい放題なの?とは思うけどさ、わたしにはわたしのやるべき仕事がある。


 やるべきこととは一体なにか?それは全然起きようとしない山根さんを起こしに行くことなんだよ。


 しかし、これがホント最悪の寝起きで、起こすとほぼ確実に怒って暴れるのだ。とにかくよくつねって来るんだけれど、昨日つねられた跡がまだ残ってるくらいなので、言わば戦闘に向かう戦士の気分で、ちょっとした覚悟が必要となる。


 コンコン!


 わたしは意を決して、3号室をノックする。


「山根さん!!お昼ご飯ですよ!!」


 わたしは勢いよくドアを開け、大きな声で山根さんに呼びかけた。でも山根さんは微動だにしない。わたしはベッドに近づき、おもいっきりデッカい声で、山根さんの耳元で呼びかけた。


「山根さ~ん!!!お昼ご飯ですよ~!!!! 」


 ・・・・・・。


 反応がない――。

 

 思ったとおりだね。こんな程度では、山根さんは微動だにしやしない。ところでこの人は、耳が悪いわけでもなんでもない。


 こうなったら強引に行くしかない。わたしはおもいっきり布団をめくり上げた。

 

「んもおおおおお~!」


 すると山根さんは、うなりながら88歳とは思えない敏捷性で布団を奪い取りに来た!うわっ!しかし、わたしだって負けるわけにはいかない。起きてもらわなくっちゃいけないからね。


「なにすんねや~!!」


 怒る山根さん。


「起きて下さい~!!」


 叫ぶわたし。


 わたしと山根さんは布団を奪い合う。88歳にもなるのにパワーがハンパない。寝てばっかりでご飯をあんまり食べてないクセに、なんなのよこのパワー、ホントどうなってるのよ?


 しかしなんとかわたしは、88歳と25歳の布団争奪戦を制し、布団を奪うことに成功した。


「さぁ、起きましょう」


 それからわたしは、山根さんのパンチやキックを避けながら、強引に山根さんを立たせた。


「うあああああああ!!!」


 立ち上がった山根さんは大声で叫んで、何度も蹴りを繰り出している。


「やめろ!憎たらしいな~!この~!」


 フロアに向かう道中でも山根さんは、怒りながらわたしを蹴ったり殴ろうとしたりしている。


「はいどうぞ~」


 それでも、なんとかわたしは、杉浦さんと原さんがいる右奥のテーブルまでやって来て、その右手前の席に山根さんに座ってもらった。ふぅ~やれやれ。


「なんやアンタ、ずっと寝とったらアカンやんか」

 

 しかしわたしが一息ついたのも束の間、早速杉浦さんが、山根さんに言わなくてもいいことを言い出した。

 

「そやな、ずっと寝とったらアカンな、うんうん」


 もちろんいつもの調子で原さんが続く。


「うるさ~い!!黙れ~!!」


 山根さんが大声を出した。あ~あ、言わんこっちゃない――。


「うるさいのはアンタの方や」


 さらにいらないことを言う杉浦さん。


「そやな、うるさいんはこの人やな」


 さらにいらないことをつけ加える原さん。


「うるさ~~~~いいい!!!!!!や~~~~~~~!!!!!!」


 すると山根さんは、大爆発を起こしてしまった!大地を揺るがすかのような信じられない程の大声だ。それにしても、このマグマの噴火みたいなエネルギーは、どこから湧いて来るの!?


「ほら、杉浦さん、人のことはほっとかないかないと、こうしてみんなが迷惑する結果になるでしょ」


 わたしは杉浦さんに諭すように言った。


「なんでですか?私は正しいことを言っただけです。なにも悪くありません」


 しかし杉浦さんは、頑として受けつけない。


「とりあえず、正しかろうがなんであろうが、人のことを言うのは止めて下さい!」


 わたしはちょっとキツい口調で注意した。また、あんなマグマのような大声なんて聞きたくないからね。


「はいはい。お口チャックチャック」


 杉浦さんが、一応右手で口を締めるジェスチャーをしてくれた。まぁ、そんなのすぐ忘れるんだろうけどさ――。

 

 ふぅ・・・やれやれ。ともかく山根さんの誘導は終わった。わたしは昼ご飯の用意を手伝おうと思って台所に行った。


「だから、わたしは、食べられへんことはないねんけど、魚全般が嫌いやねん」


 そしたら、なんと山田さんが、栄養士の神代さんに、また鯖の代用品について訴えていたのだ!


 はあ!?わたしが山根さんと格闘を繰り広げて、大変な想いをしてたっていうのにさ、このボケヤンキーはホントなにやってんのよ!?



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