エピローグ
ある夏の終わりの午後のこと――。
テーブル席に座っていた緒方さんと森川さんが話しをしていた。
「あの雲がなにでできとるか知っとるか?」
唐突に緒方さんが森川さんに聞いた。
外では、まだ夏を終わらせてたまるかと言わんばかりに、しぶとくセミが鳴き続け、入道雲がモクモクと沸き立っている。
「え?水蒸気とかですか?」
笑顔で言う森川さん。
「ちゃうで」
なにかありそうな含んだ笑顔を浮かべる緒方さん。
「え?じゃあ、なんなんですか?」
「聞きたいか」
「はい」
「ワシの小便や」
「え!?緒方さんの小便なんですか?凄いじゃないですか!」
森川さんは凄い笑顔で、緒方さんの両肩を両手で揺らしながら言った。
「そうやで、ワシの小便なんやで」
緒方さんはもう1度言って、改心の笑顔を浮かべている。
それにしても、あの入道雲が緒方さんの小便でできているだなんてさ、改めて考えてみると凄い話しだよね――。
ヘンな話しだけどさ、それだったら、その雲から降る雨が溜まった貯水池の水を飲んでいるわたしだって、緒方さんの小便からできているのかもしれないよ。さらに言えば、その小便だって、元々はお酒とかのどぐろとかハチミツだったわけで、となると、わたしはお酒とかのどぐろとかハチミツでできていることになるよね。そしてそのお酒とかのどぐろとかハチミツだって、元々はまた別の物であったわけで――っていうふうにドンドン考えて行くと、地球が誕生してからこの世界で誕生して来たありとあらゆるすべての物で、わたしはできているってことになるんじゃないかな?
今見えるすべての人、緒方さん、森川さん、杉浦さん、原さん、井上さん、達郎、それから観葉植物やセミや入道雲、そういった人や物がそこにあるおかげで、わたしはこうしてここに成り立っているのかもしれない――。
わたしは窓を開けて、ベランダに出て空を眺める。
赤とんぼが飛び、シャンシャンシャンとセミが鳴き、入道雲の上では青い空が広がっている。それは、なんでもないいつもの空だったんだけれど、やけにダイナミックに躍動してどこまでも広がっているように見えた――。




