第7話 意味不明な場所に意味もわからず無理やり連れて来られて
また!?
で、なに?――山田さんが喧嘩もしたことないし筋肉も鍛えたことがない?どういうこと?それって山田さんの擁護?ホント一体なんなの!?
それにしてもだ――なんだって幽霊のオッサンは、主任や山田さんを擁護するようなことばっかり言うのだろう?もしかして、2人に共通する守り神ってこと?って、なによそれ?どんなセンスの悪い守り神なのよ。も~わけわかんない。
プルルルルル、プルルルルル。
トイレからブザーが鳴った。わたしがトイレ戻ると、山田さんは再び「前」で五十嵐さん抱えた。「後ろ」のわたしはトイレでの作業を終えると、五十嵐車椅子を押してフロアに戻りテーブルの前に連れて行った。
それでは最後の1人、山中さんだ。ところで山田さんは、スタッフの机に行って排泄チェック表に記入してから、さっさと台所に入って行ってしまった――。
なんて人なの!最初っから全然トイレ誘導に行く気なんてゼロじゃないのさ!ムカつく!くっそ~!でもまぁ、もうしょうがない。時間もないし、腹は立つけれどあきらめて、山中さんのトイレ誘導へとまいりましょう。
わたしは山中さんの部屋に入った。すると、山中さんはやっぱり寝ていた。相変わらず勇者のぬいぐるみは山中さんの横で立つようにして置いてある。わたしはベッドの傍に近付き、布団の上から肩を揺すりながら言った。
「山中さん、もうすぐお昼ご飯ですよ。そろそろ起きませんか?」
「ん?アンタ誰や?なにしとんのよ」
山中さんはすぐに目を覚まして言った。あんまり機嫌がよくないようだ。
「中道です。お昼ご飯なんで呼びに来ました」
「ご飯?ご飯ってなによ?」
「え~とですね。ご飯は食べるとエネルギーになる物です」
「エレルギーってなによ?」
「エネルギーはですね、物体が動くための原動力ですね。山中さんが動くためには必要なものです」
「なによそれ?知らん」
不機嫌な山中さんはソッポを向いてしまった。あれま。とにかく、こんな問答しててもらちが明かない、とりあえず起きてもらうことにしましょう。
「ではちょっと起きてもらってもいいですか?失礼しま~す」
わたしは布団をのけた。
「なにすんのよ!お父さんお父さん!」
山中さんはちょっとパニック気味になりながらドラクエの勇者のぬいぐるみが置いてある左を向いて言った。
「多分お父さんも、お昼ご飯を食べたいって言ってますよ」
わたしは山中さんに言った。
その時だった!
なんと、勇者のぬいぐるみが、上に跳ねるように動いたのだ!
えっ~!!?なに今の!!?
さっき部屋に来た時動いた気がしたのとは違い、今明らかに山中さんは、勇者のぬいぐるみには触っていない。今のは完全に自発的に勇者のぬいぐるみが動いた!間違いない!どうなってんの!!?これも幽霊の仕業なの!!?
「幽霊っちゃ幽霊やねんけど、ワイがこんなふうにしゃべり始めなアカンくらい、今ゼメシナールでは大変な事態が起きとんねんやで、あっ」
今度はぬいぐるみがしゃべり出した!!えっ~!!嘘でしょ~!!
「嘘やないねん。詳しいことはまた明日の夜説明するわいな。お前さん、明日夜勤やろ?あっ」
確かに明日は夜勤だけど――
「今は忙しいやろ。そやから詳しいことはまた明日や。ほなな。あっ」
そうしてぬいぐるみはしゃべらなくなった――。
しばし呆然とするわたし――。
ついに、ハッキリ幽霊を見てしまった――わたしは恐怖っていうより、未知なることを体験してしまった妙な興奮に包まれる。
――ところで、今勇者のぬいぐるみの声って、例のヘンなオッサンの声だったよね。しゃべり始めないといけないくらい、ゼメシナールでは大変な事態が起きてるとか言ってたけどさ、一体なにが起きてるのだろう?それでわたしが出勤してから、なんじゃかんじゃと言って来てるの?
しかし、今のわたしにはなにもわかり得ようはずがない。勇者のぬいぐるみが明日って言ってるんだから、明日を待つ他ないだろう。
それより今はトイレ誘導だ。わたしは山中さんに、勇者のぬいぐるみを渡してから起きてもらうことにした。
「ちょちょちょっと!お父さん!お父さん!」
ベッドに座る体勢になった山中さんは、慌てた様子で抱えたぬいぐるみに言っている。
「とりあえずトイレに行きましょう」
「トリレってなによ!?」
相変わらず不機嫌な山中さん。
「トイレはオシッコとかするとこです」
「オスッコってなによ!」
「オシッコは体に溜まったいらない物を出す水分です」
「知らん!」
再び似たような問答をしながら、わたしは山中さんをトイレへと誘導する。山中さんは怒ってはいたものの、それほど抵抗することもなくトイレに入ってくれた。
「それではちょっとパットを見せてもらっていいですか?失礼しま~す」
わたしは山中さんのズボンを下ろした。
「なによ!なにすんのよ!お父さん!お父さん!」
パニック気味になりながらぬいぐるみに助けを求める山中さん。思えば気の毒な話しだ。山中さんにしてみれば、いちいちトイレ誘導の度に、意味不明な場所に意味もわからず無理やり連れて来られて、こうやって下半身をズルむけちゃんちゃんこに脱がされちゃうわけだからね。そりゃあ、パニックにもなるよ。
でもしょうがない。ほっといたら、尿漏れパットからオシッコが溢れ出て、下半身がオシッコまみれになっちゃうからね。わたしは紙パンツを下ろしてから、便座に座ってもらうことにした。
「ではちょっと座ってもらっていいですか?」
わたしは、右腕で山中さんの背中を支えるようにしてから、左手でお腹を押して、便座に座ってもらおうとする。
「痛い痛い!お父さん!」
山中さんは、力を入れ踏ん張っている。んんん、なかなか手強いぞ、んんん。が、わたしがもう一押しすると、山中さんはなんとか便座に座ってくれた。
ふぅ、やれやれ、ホント大変だよ――でも、今日はぬいぐるみを抱いてくれてるからまだマシだ。これで両手がフリーだったら、手すりやらベッド柵やらいろんなところを持つのでもっとうまくいかないし、さらには殴るはつねるはで手に負えない時だってあるからね。まったく、もう。ホントこんなのは、喧嘩も筋トレもしたことがないんだかなんだか知らないけどさ、見るからにパワーと戦闘力溢れる元ヤンキーの山田さんがやればいいんだよ。
「山中さん行きましょか」
しばらくして、トイレでの作業が終わったので、わたしは山中さんに立ってもらうことにし、山中さんの両脇の下の辺を持ち上げた。
そしたら、とんでもないことになった!!
「ペッペッ」
なんと山中さんがわたしに向かって唾を吐きかけて来たのだ!!ワワワワワ!!なんとか顔を背け左右に揺らし、よけようとするわたし。ヒャ~!!
しかし残念ながらその唾は、見事わたしの右の頬に命中してしまった――。
ううう、なんてことなの――だからと言って手を離すわけにもいかない。山中さんがズッコケちゃったら大変だからね。もうしょうがない。わたしは唾を受けたまま山中さんに立ってもらい、尿漏れパットをあてながら紙パンツとズボンを上げた。
一連の動作が完了し、わたしはぬいぐるみの頭を右手で1発はたいた。まさか山中さんをはたくわけにはいかないからね。
よし!じゃあ、ほっぺを水で流そう!わたしは山中さんに背を向け、洗面台の鏡を見ながら水を出した。
その時だった――。
「痛いやん。あっ」
後ろから、ヘンなオッサンの声が聞こえて来たのだ――。