第75話 黒い塔が、煙を上げながら崩れ去って行く
「松永さん。それは心配ないんです」
ニッコリ笑って、旦那さんが言った。
「なんで心配ないの!?僕なんか心配しかないんやで!」
「なんせワイには魔法の呪文がありますから」
「魔法の呪文?そうか!そう言えばアンタ、そんなんできんやったな!」
そこで安心したのか、息を吹き返したかのように笑顔を浮かべる松永さん。
「ほならみなさん行きまっせ!あっリレミト!」
旦那さんが呪文を唱えると、わたしたちは、一瞬にして塔の外に出ていた!なにこれ?どうなってんの?戸惑いながらわたしは、辺りをキョロキョロ見回した。すると目の前に立っていた山根さんが、わたしの後ろを指差して言ったんだよ。
「うわ~!めっちゃ揺れとんで~!」
え?揺れてる?なにが?わたしは後ろを振り向いてみた。すると、すぐそこには黒い塔があって、冗談みたいにグラングランに揺れていた!げ!今にも崩れそうじゃないのさ!ヤバすぎるでしょ!
「山中さん!このままやったら塔の下敷きになってまうやないの!どないすんの!?」
松永さんが眉毛をずり下げて言った。確かにそうだよ!めちゃんこ危ないよ!
「大丈夫です。なんせワイには魔法の呪文がありますから。あっルーラ」
旦那さんが呪文を唱えると、わたしたちは一瞬にして、今度は小屋の前にいた!あれ?あれれ?戸惑いながらわたしは辺りをキョロキョロ見回した。すると、今度は向こうの方から、物凄い地響きが聞こえて来た!え!?なに!?わたしがその音がする方を見てみたら、向こうの方で黒い塔が、煙を上げながら崩れ去って行くのが見えた!
「おおおおっ~!」
みんなで歓声を上げてその様子を見る。そうして黒い塔が完全に崩れ去るのを見届けると、旦那さんが子供の主任を地面に置いてから、わたしのところにやって来た。
「ミレーユ、お疲れさん!ありがとうな!」
旦那さんは爽快な顔を浮かべてそう言って、両手でガッチリ握手を求めて来た。
「お疲れ様です!」
わたしもしっかり握手に応えた。ついにやったんだね!なにか感慨深く、胸にこみ上げて来る物がある。ともかくわたしたちは成し遂げたわけだ。これで主任の虐待もなくなることだろう。
「ところで旦那さん、ゼメシナールでの主任はどうなるんですか?」
わたしは、1番気になることを旦那さんに聞いてみた。
「そやな。まぁ、なんせ、ゼメシナールで築いた自分がすべて崩れ去ってもうたわけやからな、新人のように大人しくなるんとちゃうか?」
「え?そうなんですか?信じられないですね」
確かに信じられない。あの主任が急に新人のように大人しくなるものだろうか?
「まぁ楽しみにしとき。でも、大人しいかもしれんけど、性根は腐りきっとるからな、アイツをこれからビシバシスパルタ教育して、少しずつまともな人間になってもらうことにするわ」
「お願いします」
わたしは深々とお辞儀をした。あの超絶ウザい主任が、まともな人間になるなんてさ、願ってもないことだからね。
「みなさん!お疲れ様でした!ありがとうございます!」
それから旦那さんは、みんなに言って深々とお辞儀をした。
「お疲れ様です!」
みんなもお辞儀をした。そこには、それぞれがなにかをやり遂げたような、爽快な笑顔が並んでいた。
「今回、澄子への松井の虐待を止めることができたんは、皆様のおかげです!みなさんの協力なしには、黒い塔をこんなに早く破壊することはできませんでした!本当にありがとうございました!」
旦那さんは、もう1回深々とお辞儀をした。確かにそのとおりだよ、わたしたちだけでは、こうはうまくいかなかっただろうからね。
「なぁに、お安い御用でっせ。またなんかあったら言うてんか」
緒方さんが笑いながら言った。
「はい。またお願いする時があるかもしれませんので、その時はよろしくお願いします」
旦那さんは、緒方さんと握手を交わした。すると緒方さんが言った。
「ほんで、次ここに来るんはいつでっか?」
え?なに言ってんの?黒い塔を破壊したんだからさ、もう来ないんだよ。
「次、ですか?」
旦那さんが、少々狼狽気味で言った。
「そうでんがな、また宴会しましょうや」
「そうですね。それでは、みなさんへの感謝の意味をこめて宴会しますか」
旦那さんが言った。え?なに言ってんの?
「ミレーユ」
旦那さんがわたしを手招きして呼んだので、わたしはソワソワしながら旦那さんの元に行った。
「今度の夜勤はいつなんや?」
旦那さんが、顔を寄せ小声で聞いて来た。え?次の夜勤?これはマジでやる気だね、もう、しょうがないな――
「――5日後ですね」
わたしが渋々答えると、旦那さんがみんなに言った。
「みなさん!5日後にここに来て、盛大に宴会しますから、楽しみにしといて下さい!」
「やった~!!」
みんなはバンザイして、さらに小踊りして喜んでいる。それってさ、きっとわたしも来なくちゃいけないんだよね?
「当たり前やないかい」
旦那さんがわたしを見て言った。
やっぱりそうか――。あ~あ、もうここに来なくてすむって思ったのにな――。それにしてもだよ、どうしてみんなこの世界にそんなに来たがるのよ?今日だって随分酷い目に合ったって言うのにさ――わたしが疑問に思っていたら、旦那さんがわたしに言った。
「そりゃあ、自分の持ち味を発揮してやな、困難を乗り越えてなにかを達成したり、誰かの役に立ったりしたりすることは、生きてるっていう充実感が持てて嬉しいもんやからやろ。みんなこのドラクエ世界では、ゼメシナールと違って、そういう充実感が持てたんとちゃうか?」
そっか、なるほどね――。確かにゼメシナールでは、そういう充実感を持つ機会なんてほとんどないもんね――。
「そういった日常生活で当たり前に持てるはずの生きる充実感をやな、今後ゼメシナールの生活の中で取り入れてもろたら、みんなもボケずにハリのある生活が送れると思うんやけどな」
なるほど、ハリのある生活か――。そう言われてみると、そういう充実感を少しでも持ててそうなのは、森川さんがついてる緒方さんくらいかもしれないね――。
「まぁそれは、今後の課題として考えるとして、とりあえず今日のところは、随分と遅なってもうたし帰ろか」
そうだね、この世界に来てから随分と時間が経ってるもんね。ところで、ゼメシナールに残されたみんなは大丈夫だろうか?わたしは急に心配になって来た。そしたら旦那さんが、まだ小躍りしているみんなに言った。
「みなさん!今日のところは帰りましょか!」
そうしてわたしたちは小屋に戻り、敦盛さんにお酒の予約をし、着替えて、子供の主任はベッドに寝かせてから、順番に元の世界に戻って行った。
さて、山中さんはどう変わるのだろうか――?




