第71話 お姫様の山中さんの声
その部屋も、やっぱり薄暗い真っ白な部屋だった。左右の壁にはそれぞれ大きな窓があり、白いレースのカーテンがかかってたんだけれど、他にこの部屋にある物と言えば、正面奥の壁を埋めつくすような白い大きな本棚だけで、それ以外はなにもなかった。広さは20畳くらいだろうか?かなり広かったんだけれど、広くてがらんとしているわりには、やはり壁からの圧迫感が強烈で、暗さと静けさが痛いくらいだった。
「なにもありまへんな?」
緒方さんが部屋を見回しながら言った。確かになにもない――本棚はあるけれど、本棚に本はない――わたしは何気なく部屋を見渡した。その時だった――。
「りこ・・・・助けて、りこ・・・・」
わたしの頭の中に、例のお姫様のか細い声が聞こえて来たのだ!これは間違いなく、わたしが夢の中で聞いたお姫様の山中さんの声だ!今こうして声が聞こえて来るってことは、本当の山中さんであるお姫様は、この部屋にいるってことなのだろうか?このなにもない部屋のどこいるの?
「ミレーユ?姫の澄子の声が聞こえたってホンマかいな!?」
旦那さんが慌ててわたしの元にかけ寄って来て言った。
「はい!ホントです!間違いなく夢で聞いたお姫様の山中さんの声でした!」
「そうか!ほんじゃあ、この部屋に姫の澄子がおるってことかいな!」
興奮気味に旦那さんが言った。
「それは、わかりません。いつもの夢のように、わたしの名前を読んで『助けて』って言ってるだけですから」
「そうか――でも、この部屋に来て声が聞こえたってことは、やっぱりこの部屋におる可能性が高いな」
それからみんなが集まって来て、緒方さんが旦那さんに聞いた。
「どないしましたんや?山中さん?」
「ミレーユが、囚われとる本当の澄子の声を聞いたって言うんですわ」
「姉ちゃん、ホンマかいな!?」
緒方さんが、わたしを見て言った。
「はい、ホンマです」
「どの辺りから聞こえて来たんや?」
「どの辺りっていうじゃなくって、頭の中にいきなりポンって声が浮かんで来た感じなんです」
「え?声が頭ん中に浮かぶやて?ほならそれは、テレパシーっちゅうことかいな?」
「テレパシーのことはよくはわからないですけど、そんな感じかもしれません」
「そうか――どう思います?山中さん?」
緒方さんが、今度は旦那さんに言った。
「そうですな――澄子?お前はなんか感じへんか?」
旦那さんが山中さんに言った。すると山中さんが、ちょっと困惑した表情で言った。
「それが、なんにも感じへんのよ」
「そうか――じゃあ、とりあえず今のところ手がかりは、ミレーユの聞いた声だけってことやな」
旦那さんは腕組みをして、何度かうなづいた。
「それで山中さん、どないしまんの?」
緒方さんが旦那さんに聞いた。
「そうですね――とりあえず、壁とか本棚とかを探ってみましょか。隠し扉があるかもしれませんから」
「よっしゃ、ほならそうしまっか」
緒方さんは、小走りに本棚に向かって行った。
「みなさんも、壁とか床とかいろいろ調べてみて下さい」
旦那さんが言うと、みんなは四方に散らばって行った。とりあえずわたしも、本棚から調べてみることにするか――わたしが本棚に向かって歩き始めたその時だった――。
「りこ・・・違う・・・そっちじゃない・・・私はこの下・・・この下にいるの・・・」
またお姫様の山中さんの声が、聞こえて来た!え!?下なの?
「旦那さん!またお姫様の山中さんの声がしました!この下にいるそうです!」
わたしは旦那さんに言った。
「え!?下!?下におるってか!?」
「はい!そう言ってます!」
わたしが言うと、みんながわたしの元にかけつけて来た。
「この下か――」
かけつけて来た旦那さんが言った。みんなも白い床を見つめる。でも、入り口らしき物はなにもない。この下にいるにしたって、どうやってそこに行けばいいのだろう?
「とりあえず、入り口がないか調べてみましょか?」
旦那さんは膝をついて床を調べ始めた。わたしも、四つんばいになって床を探り始める。そしてみんなも、思い思いのスタイルで床を調べている。しかし、白いフローリングの床に手がかりのような物は、なにもなかった――。
ふぅ~。どうしたものか――。
その時だった――。
「今はまだ無理・・・黒い塔を壊した後にまたここに来て・・・」
再び、お姫様の山中さんの声がした!
「え!?黒い塔を壊した後!?」
わたしは咄嗟に聞いた。するとみんなが、わたしの傍に集まって来た。
「そう・・・黒い塔自体を壊さないと、この部屋から出れないの・・・」
「すぐこの下にいるの!?」
わたしは、床に向かって必死に問いかける。
「そう・・・りこ、私はあなたのすぐ下にいる・・・」
「でも、黒い塔を壊さないと、そこから出れないんだね!」
「そう・・・だからお願い・・・黒い塔を壊して・・・」
「わかった!壊すよ!」
そう言ったものの、どうしたらいいのだろう?
「黒い塔を壊さな出られへんってか?」
わたしが戸惑っていたら、旦那さんが聞いて来た。
「はい」
「ほなら、早いとこ松井んとこに行って『色即是空』の呪文を唱えなアカンな。この塔の核である松井に直接『色即是空』呪文を唱えな黒い塔は破壊できひんからな」
なるほど、そうか――わたしは、再び床の下のお姫様の山中さんに言った。
「お姫様の山中さん!この黒い塔を壊すには、主任に直接呪文を唱えないといけないんだけどさ、主任がどこにいるかわかる!?」
「それはわからない・・・ごめんなさい・・・」
「謝らなくたっていいよ!すぐに主任を見つけて呪文を唱えてさ、黒い塔を壊したら必ずここに戻って来るからね!」
「ありがとう。お願いするわね・・・それと、もうひとつお願いがあるの・・・」
「なに?」
「そこにいる私をここに呼んで欲しいの・・・」
「そこにいる私?そっか山中さんだね!」
わたしが周りを見ると、山中さんがすぐ傍にいたので、わたしは山中さんを呼び、わたしのいる場所に来てもらった。すると再びお姫様の山中さんの声が聞こえて来た。
「いろいろなことを失ってしまったわたし・・・今はまだ、私のすべてを託すことはできないけれど、せめてひとつの記憶だけ・・・大事な記憶を返すわ・・・」
ひとつだけ記憶を返す?そんなことができるの?わたしが疑問に思ってたら、再びお姫様の山中さんの声が聞こえて来た。
「りこ・・・そこにいるわたしに、両手で床を触るように言って・・・」
「わかった!山中さん!両手で床を触って下さい!」
わたしは四つんばいで床に両手をついて、ジェスチャーで示しながら山中さんに言った。
「え?こうかいな?」
すると、体育座りをしていた山中さんが、戸惑いながらも四つんばいになった。なにが起こるのだろうか?わたしたちが静かに山中さんを見守っていたら、しばらくしてお姫様の山中さんの声が聞こえて来た。
「じゃあお願いね・・・りこ・・・黒い塔を壊したら、また、ここに戻って来て・・・」
お姫様の山中さんの声は消えた――。そしてその声が聞こえた後に、山中さんを見てみたら、山中さんにある変化が起きていた――。




