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第60話 ライバル店の店長

 主任の声を受け、旦那さんがそれに応える。


「壁にかかっとる絵が、幻と嘘っぱちでまみれとるっちゅうとんじゃ!」


「なにをクソ生意気なことぬかしさらしとるんじゃボケナス。この偉大な俺様がやって来たことが幻や嘘なわけないやろ。どの利用者もみんな喜んでくれとったわ」


「そりゃあ確かに、喜んでくれとったこともあるやろ。では、澄子の虐待はどう説明するつもりや!?アレが偉大な俺にふさわしい行為なんか!?」


「ん?澄子?虐待?お前は一体誰なんや?」


「澄子の死んだ旦那や!」


「山中さんの死んだ旦那?じゃあ幽霊になって、ゼメシナールを見とったとでも言うんかい?」


「そのとおりや!お前の虐待の一部始終を見てきたんや!それで、虐待を止めさせるためにここに来たんや!」


「なるほどな。でも虐待やけどな、アレはしゃあないねん。いわゆる必要悪というやつやねや」


「必要悪?どういうことや?」


「まぁ、今から説明したるからよう聞けや。まず、ゼメシナールでは、優秀な俺1人だけがとびっきり仕事して、他のボンクラはアホでトロいわ、サボりまくるわ、利用者と関わらへんわで全然働かへんわけや。例えばそこにおる中道理子や。『どこで売っとるんかわからん素敵なパンを食べた中道理子です』とか、わざわざこんなとこに来てまで、全然仲良くともなんともない俺に、素敵なパンを食べたことをアピールして来るようなシャブ中やで。日々俺は、そんなイカれた奴らに囲まれて仕事しとるわけや、かわいそすぎるやろ?」


 誰がシャブ中よ!!クッソ~!!悔しい!!悔しすぎるよ~!!しかし旦那さんは、悔しがるわたしをよそに、サラッと流して聞いた。


「それで?」

 

「そういう劣悪な環境で、毎日毎日俺はイライラしてしょうがどうしようもないんや。それで、そんな俺のイライラを治めるためには、他のボンクラ職員がボンクラでもしゃあないと思えたらええわけやけど、そう思うためには、俺にもダメなところがあると思えればええわけやろ?」


「そやな」


「ところが困ったことに、偉大な俺にはダメなところなんかなくて、完璧に正しいときとるわけや。それでダメな部分を作らなアカンなぁってなって、それで作ったんが虐待になるんや。他のクソボンクラ共と優秀な俺のバランスを取ろうと思ったら、虐待でもせなしゃあないやろ」


 なに?そのめちゃくちゃ自分勝手な理屈?それで山中さんを虐待してるって言うの?聞いているだけでムカムカして来たよ。


「そないな理由で、澄子の腕をねじり上げたり頭をどついたりしとるんかいな?」


「まぁそういうことやな。でも、証拠が残ってバレても困るからな、そないにキツいことはしとらんし、大したことないんとちゃうか?」


「お前は大したことをしてないつもりかもしれんけどな、澄子の尊厳は大きく踏みにじられとんねん!ほんで、そんな世界を認識したくないからやな、認知症が悪化しとんねん!」


「はぁ?ちょっと腕をねじったくらいで認知症が悪化するわけないやろ、アホ。山中さんが診断されとるアルツハイマー型認知症は、脳が萎縮する病気やで?腐れ素人がなんにもわかってへんのに偉そうなことぬかすなよ、そういうクソみたいな戯言は、ボットン便所の底でクソにまみれながらほざいとれや」


「どうやら、お前とは話し合いにはなりそうもないな」


「当たり前やろアホ。お前みたいな脳足りんが、俺様と対等に話せるわけがないやないか。少しは考えろ、レベルが違うねん、ボケ」


「もうええ。今からお前のところに行くから、首を洗って待っとれや」


「だから首なんか洗わへん言うとるやろ。なんべんも同じこと言わすな、シャブ中が」


 主任の声は消えた。それにしても、主任の酷さは想像以上だね。元々地獄からの使者だとは思ってたけどさ、ここまで劣悪極まりないものだったとはね――。


「まぁこれが、松井の本性といったところやな」


 旦那さんが自分を落ち着かせるかのように、天を見上げて静かに言った。そしたら松永さんが、旦那さんに近づいて行って心配そうに言った。


「山中さん?詳しいことはようわからんけど、ライバル店の店長、なんかめちゃくちゃ言うてへんかったか?大丈夫かいな?」


「ええ、大丈夫です。今から直接会ってケリをつけますんで、ご馳走はそれまで待ってもらってよろしいか?」


「そりゃあ、別にええけどやな――」


 それから旦那さんは、みんなを見渡して言った。


「みなさんお待たせしました!それでは行きましょか!」


 て旦那さんはみんなの先頭に立ち、静かに歩き始めた。すると緒方さんが旦那さんの傍に行って言った。


「山中さん、さっきの話しを聞いとったんでっけどな、お宅の奥さん、つまりそこにおる澄子さんでっか?ライバル店の店長に虐待されとるって話しやったと思うんでっけど、それってホンマのことでっか?」

 

「ええ、ホンマのことなんですわ。それで虐待を止めさせるために、今から会いに行くんですわ。ですからそれまで、ご馳走とお酒は待ってもらって構わないですか?」


「いやぁ、ご馳走や酒なんかええんや。そんなことより、そんな虐待されとるんやったら警察に行った方がええんちゃうかって思ったんでっけどな」


「ワイもそうしたいんは山々なんですけど、澄子は認知症っていう病気で、例え腕をねじられたり頭をどつかれたりしても、すぐに忘れてしまうんですわ。だから証拠があらへんから警察に通報できひんのです。そこを巧みについてさっきの男は虐待しとるんですわ」


「そうなんでっか――でも、こうして見とったら澄子さん、しっかりしとるように見えんねんけどな」


「ええ。この世界ではそうなんですけど、元の世界に戻ったら、今あったことをすぐに忘れてしまうんですわ」


「それは困った話しですな。なんかワシに協力できることがありまっか?宴会仲間がそないな酷い目におうとるのに、黙っとくわけにはいきまへんからな。なぁ、松永さん?」


 緒方さんが松永さんの方を見て言った。


「そうや!僕も黙ってないで!山中さんの奥さんにそんな酷いことをする奴はこらしめたらなアカンで!」


 松永さんは興奮気味に言った。


「ありがとうございます」


 旦那さんが深々とお礼をして言った。


「ではひとつ、みなさんにお願いしてもよろしいやろか?」


「なんでも言うてや!」


 緒方さんと松永さんが同時に言った。


「澄子に黒山さんにミレーユも聞いてくれるか!?」


「はいな!あんさん!」

 

 山中さんと黒山さんが同時に笑顔で威勢よく返事して、みんなは旦那さんの元に集まった。


 その時だった!


「なんで私を放って行くんや~!!」


 聞いたことがある声が塔の中に響き渡った!アレ?この声ってさ、山根さんじゃないの!?


「山根さんですか~!!?」


 わたしは、声をした方に聞いた。


「そうや~!!なんであんな猿が出るところに私を1人おいてけぼりにしたんや~!!私、大きな猿に襲われたんやで~!!」


 なに!?大きな猿!?そうか、よくわからないけれど、大きな猿に襲われたからここまで逃げて来たんだね。


「ごめんなさ~い!!だって起きなかったんですもん~!!」


 わたしは声がする方に走って行きながら言った。


「だってもおってもないわ!!あんな大きな猿がおるんやったら、無理にでも起こさなアカンやろ~!!」

 

「ごめんなさい!!」


 山根さんの元に着いたわたしは、息を切らしながら頭を下げて謝った。

 

「ホンマ頼むで!!目が覚めたら大きな猿がおって、心臓が止まるか思ったくらいビックリしたんやで!!」


「すいません!!」


 わたしは何度もお辞儀をして謝った。


「でも、わたしがお経を唱えたら『猿くらいの知能しかないんちゃうか』とか女の声で叫んで消えたんや。ヘンなメスの猿やったな~」


「え!?そうだったんですか!山根さん、お経を唱えたんですか?」


「そうや。あんな大きな猿を目の前にしたら、もはや観音様に助けを救いを求める以外どうしようもないやろ?」


「お経を唱えれるんですか?」


「昔お寺に行っとったからな」


「へ~意外ですね~」


 なんにせよ山根さんは、この世界の仕組みをわかっていないわりには、たまたまお経を知ってて、たまたまお経を唱えたことで、うまいこと窮地を抜けて来られたようだ。


「それにしても、よくわたしたちがここにいるってわかりましたね?」


 わたしは山根さんに聞いた。


「そりゃわかるやろ。他にはなんにもないんやから」


「それもそうですね。じゃあ、みんなのところに行きましょう」


 わたしたちはみんなの元に向かった。


「山根さんすいませんでした。1人おいてけぼりにして」


 わたしたちがみんなの元にたどり着くと、旦那さんが深々とお辞儀をして山根さんに謝った。


「もうええわ~、確かに起きんかった私も悪いからな」


 山根さんが少し笑って言った。よかった。機嫌を直してくれたようだ。


「これでようやく無事全員がそろいました。お疲れさまです」


 旦那さんはみんなにお辞儀をしてから、頭を上げて言った。


「それでは、さっきの続きとまいりましょう」


 そうだよ。みんなへのお願いだよ。一体なんなのだろう?

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