第59話 塔の中
わたしはトラックの荷台の上から降りた。みんなはトラックの傍で待ってたんだけれど、見事にみんなの周りにはモンスターがいなかった。まったくたいしたもんだよ。モンスターがうじゃうじゃ見えるわたしは、できるだけみんなに囲まれて歩くことにしよう。
「みなさ~ん!それでは黒い塔に入りますんで、ワイについて来てくださ~い!」
旦那さんがみんなに言った。その前にさ、旦那さんに言っておかなきゃいけないことがあるんだよ。
「なんや!?ミレーユ!」
いやさ、ここまで緒方さんと松永さんを連れて来るのに、レストランに連れて行くって言っちゃったんだよね。だから多分あの2人は、この黒い塔を大阪のマルビルくらいにしか思ってないと思うんだよ――。
「なんやと!なんでそんなことになんねや!」
いや、だってさ、そうでも言わなきゃ、ついて来てくれそうになかったんだもん――。
「マジか――でも、そういうことなんやったらしょうがないな。なんとかごまかして行くか――」
お願いします。
旦那さんと山中さんを先頭にして、わたしはその後ろにつき、わたしの左に緒方さんと松永さん、右に黒山さんという布陣で我々一行は歩き始めた。でも旦那さんは、目の前に溢れているモンスターをどうさばいて行くつもりなんだろう?他のみんなにはモンスターが存在してなくたって、旦那さんには存在しているはずだからね――。すると歩き始めてすぐのこと、わたしの疑問はあっさり晴れた。
「あっ、メラゾーマ!」
旦那さんが両手を前に出して、呪文を唱えたからだ。旦那さんの前に出現した巨大な火の鳥は、勢いよく前に飛んで行き、その鳥が通ったところにはポッカリと道ができている――。す、すげえ――。
「山中さん!今のなんでっか!?レストランのショーの一環でっか?」
緒方さんが言った。
「はい、そうです!次はワイの剣の舞をお見せしますんで、よろしくお願いします!」
旦那さんは後ろを振り向いて言って、剣を取り出した。
「手がこんでまんな~。レストランに行くまでにいろんなショーを見せてくれるなんて、なかなか日本にはありまへんで」
緒方さんが松永さんに言った。
「そうやな~、僕、新婚旅行でハワイに行ったんやけど、その時レストランで見た火のショーみたいやったわ」
「そうでんな~、ワイもラスベガスに行った時のショーを思い出したわ。きっと山中さんのレストランは、アメリカ仕込みなんでっしゃろな」
「こりゃあ、料理も楽しみやな!」
緒方さんと松永さんがニコニコして話している。でも、申しわけないんだけどさ、この先レストランなんかないし、料理も出て来ないよ。後、旦那さんなんだけどさ、アメリカ仕込みじゃなくってドラクエ仕込みなんだよ――って、今ふと思ったんだけどさ、これも五蘊皆空っぽい話しだよね。実際とは全然違う情報を埋め込まれて、実際とは全然違うように物事を解釈しているんだからね。ま、全然違う情報を埋め込んだのはわたしなんだけどさ――。
そんなこんなで、わたしたちは進んで行ったわけなんだけれど、度々モンスターが道をふさぐように現れた。だけれど、その都度旦那さんが剣で倒すか、もしくは山中さんに当たって消えるかしたので、特に問題にはならなかった。
そうしてしばらく歩くと、黒い塔の壁に木の扉があるのが見えた。お、もしかして入り口?わたしがそう思ったら、旦那さんがその前で立ち止まった。やっぱり入り口だったんだ!
わたしはドキドキして来た。だって、ついに黒い塔の中に入るわけだからね、そう思うとドキドキと緊張が止まらなくない。中身はどうなっているのだろう?外見以上に不気味で禍々しいのかな?そう考えると怖くもある――。
ついに、旦那さんが扉を開けた!
「ギィィィイ~」
扉は不気味な音を立てて開いた。わたしは山中夫妻の隙間から、中を覗きこむようにして見たんだけれど、薄暗くって中の様子がよくわからない。音は特にしない、モンスターはいないのだろうか?
まず、旦那さんと山中さんが中に入って行く。わたしもドキドキしながら、それに続くように黒い塔の中に足を踏み入れたんだけれど、まず一番最初に感じたのは、結構寒いってことだった。こんな薄着ではやりきれない寒さで、まるで冬の気温だった。
「山中さん!寒いわ!クーラーの効きすぎちゃうか!」
塔の中に入るなり、松永さんが言った。
「すいません。従業員に言うときますんで、しばらく我慢して下さい」
「頼むで!」
みんな寒そうに露出した腕をさするようにしている。わたしも同様に腕をさすりながら、塔の中を見渡してみた。中も暗くってあまりよくは見えなかったんだけれど、床と壁は外同様に石畳になっていて、壁にはところどころ等間隔にくぼみがあり、そこには火のついたランプが置いてあった。そして壁には、額に入ったわたしの上半身くらいの大きさの絵がズラッ~と並んでいた。一体どんな絵が飾られているのかな?
疑問に思ったわたしは、どんな絵が飾られているのか近くに寄ってよく見てみることにした。するとそれは主任の絵で、主任が山根さんとニコニコしながら入浴介助している絵だったんだよ!なにこれ!?ヘンなの!
わたしは、他にどんな絵が飾られているのか、順番に見て行ったんだけれど、主任が五十嵐さんに食事介助している絵とか、杉浦さんと原さんと主任が洗濯物をたたんでいる絵とか、すべてがそんなゼメシナールでの主任の絵ばかりだった――。なにこれ?不気味すぎるんですけど――なんか頭がクラクラする。わたしは、こんな絵を見るのは止めることにして、フロア全体を見渡すことにした。
天井はどこに天井があるのかわからない程高く、フロア全体にはなにもなくガランとしていた。しかし、広いわりには不気味な圧迫感を感じる。なにかジワジワと胸をしめつけてくるような嫌な感じがする。そして、心なしか呼吸をするのが苦しい気がする。わたしは何回か深呼吸をしてみた。
「山中さん!なんか息が苦しいで!ここ暗いし寒いしどないなっとんの!?」
寒そうに腕をさすりながら松永さんが言った。やっぱり松永さんも苦しいんだ――。
「すいません、ちょっと待って下さい、どうにかしてみますんで。お~い、ミレーユ」
旦那さんがわたしを呼んだ。え?なに?なんでわたしを呼ぶのよ?
「はい」
わたしは疑問に思いつつも返事して、旦那さんのそばに行った。
「召喚魔法で平敦盛さんに毛布を頼んで欲しいんや」
なるほどそういうことか――でもさ、池の底に毛布なんてあるの?
「そんなもん頼んでみんとわからへんやないかい。あんなトラックまで送ってくれる人やで。試してみる価値はあるやろ」
わかりましたよ、確かに毛布くらいならどうにかなりそうだもんね。よ~し。わたしは深呼吸を1回して召喚魔法に備えた。
「どこで売っているかわからない素敵なパンを食べた中道理子です!!」
そしてわたしは、6枚の毛布をイメージして呪文を唱えた。すると、どこかで聞いたことのある低い声がどこからともなく聞こえて来た。
「どこで売っとるかわからん素敵なパンを食べた中道理子やと?なんでそんな介護職員がここにおって、わけのわからんアピールして来とるんや?シャブでもキメてドタマイカれてもうたんか?」
え!なに今の声!?声はフロアに反響するようになったんだけれど、この背筋が凍るような地獄な感じ、もしかして主任の声じゃないの!!?
「松井か!?どこにおんねや!?」
旦那さんが言った。
「なんや、今度はオッサンか。なんか前にも来たよな?」
再びさっきの声が聞こえて来た。どう聞いても主任の声だ!となると、猛烈にヤベえ!召喚魔法の呪文を主任に聞かれてしまったわけだからね!!うわ~!!別にアンタにパンを食べたことをアピールしたんじゃないんだよ~!!
召喚魔法の呪文を、世界中で一番聞かれたくない人に聞かれてしまったわたしは、全身ゾッとして凍りついたようになりながらも、顔からは火を吹くように熱くなるというめちゃくちゃな状態になりながら心の中で悶えた。
そんなわたしをよそに、旦那さんが空中を見上げるようにして言った。
「今日こそはお前の悪行を止めさせるからな!覚悟せえや!」
「悪行?悪行ってなんや?誰かわからんけど、お前もドタマイカれとるんか?シャブシャブパーティーやったらよそでやってくれよ」
「ドタマなんかイカれてないわい!今日こそはお前に囚われとるワイの妻を取り戻しに来たんや!」
「ワイの妻?なんやそれ?知らんぞそんなもん。わけのわからんことばっかり言いくさって、シャブ中がええかげんにせえよ」
「しらばっくれんな!今から行くから首を洗って待っとけ!」
「なんで俺が首なんか洗って待っとかなアカンねん。お前の首こそグリングリンにブン回して引きちぎって、バスケットゴールにシュートしたろか」
ますます主任の口が悪くなった――主任ってこんなに口が悪かったんだね。
「山中さん?今の口の悪いの誰やの?」
松永さんが、旦那さんの傍に行って聞いた。
「まぁライバル店の店長ってところですわ」
「なんやタチの悪い店があんねんな~、僕いざこざはごめんやで~」
眉をひそめるようにして松永さんが言った。
ところでさ、これからどうするの?主任ってどこにいるのよ?
「松井やったら、この塔の一番てっぺんにおるやろ。自分で築いた虚栄のてっぺんにな」
旦那さんは上を見ながら言った。
「虚栄のてっぺん?なんやそれ?まだわけのわからんことを言うとるんか、シャブ中が」
また、主任の声が聞こえて来た。そしてここから、主任と旦那さんがの壮絶な応酬が始まった――。




