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第58話 レストラン

 わたしは、トラックの左にそびえ立つ黒い塔を仰ぎ見る。異様な圧力が押し寄せて来るようで、胸がしめつけられドキドキと苦しい。なんだろうこの嫌な感じは――不気味で歪んだドス黒い空気が、この辺り一帯を支配している感じがする。


 ともかく、この禍々しい塔の中に主任の本性がいて、本当の山中さんが囚われているんだよね。早く助けに行かなくちゃいけない。


 でも、どうすればいいのだろう?トラックの周りには、それこそモンスターがひしめき合っており、あちこちから叫び声が聞こえて来ている。ともかくこんなにモンスターがいるんじゃ、トラックの外に降りられないもんね。


「ミレーユ!」


 その時、旦那さんの声が聞こえて来た。


「はい!」


 わたしは即座に返事する。


「なんや運転席の上におんのかい!」


「はい!」


「ともかくやな!全員をトラックから降ろしてくれへんか!?」


「え!でも危なくないですか!モンスターで一杯ですよ!」


「大丈夫や!そんなもん、お前さん以外にはほとんど見えてへんわいな!4人が歩くだけでほとんどのモンスターが消し飛ぶわ!」


 確かに旦那さんの言うとおりだとは思う。おとといここに来た時だって、山中さんと黒山さんが歩くだけでモンスターを吹き飛ばしていたからね


「ホントなんですか!?」


 ただ、おとといとは比較にならない数だったので、わたしは疑心暗鬼になって聞いた。


「前にも説明したやろ!嘘やと思うんやったら、そこにおる誰かに聞いてみいな!」


 そういうことなら、隣にいる黒山さんに聞いてみよう。


「黒山さん!トラックの周りになにが見える!?」


「え!?トラックの周り!?」


 黒山さんは周りを見渡した。


「そうやね、石畳と黒い塔とヘンな化け物!」


「ヘンな化け物はどれくらいいる!?凄い量!?」


「いいや!そうでもないよ!とりあえずトラックの右側には3匹おるけど!」


 黒山さんはトラックの左側を指差した。え?こんなにひしめき合ってるのにたったの3匹しか見えてないの!?そんなもんなんだね――。


「どうやミレーユ!?ワイの言ったとおりやったやろ!?4人が外に出て歩くだけでモンスターなんか一網打尽やで!」


 確かにそうかもしれない。よし、じゃあ早く外に行こう。


「黒山さん!今からトラックの外に行くよ!」


「うん!」


 わたしと黒山さんは、運転席の屋根の上から荷台に飛び降りて、まだ宴会を続けている3人に言った。


「みなさん!今から外に降りますよ!」


「外に降りてどないしまんの?」


 緒方さんが聞いて来た。どないしまんのって、そりゃあ黒い塔を攻略するんだけどさ、そんなこと言って緒方さんがついて来るとは思えないよね。


「あの黒い塔の中に行きます!」


 わたしは、トラックの左にある黒い塔を指差した。


「なんでんの?あの不気味な塔は?あの中になにがありまんの?」


「凄いご馳走とスコッチウイスキーです!」


 わたしはまったくのデタラメを言った。ところで、どうしてわたしがスコッチウイスキーと言ったかというと、知っているお酒の中でスコッチウイスキーが1番高級そうだったからだ。


「ほんまでっか――そしたら、あん中にはレストランがあるんでっか?」


 え?レストラン?著しくかけ離れてるけれど、もうしょうがない。このままレストランということにしよう。


「はい、高級レストランがあるんです!大阪のマルビルみたいなもんです!では、予約の時間が迫ってるんで早く行きましょう!」


 わたしは、次から次へと嘘っぱちを並べ立てた。そのことに罪悪感がないわけではなかったんだけれど、緒方さんと松永さんを連れて行くためにはしょうがない。


「そうなんでっか――ほんじゃあサウナもあるんでっか?」


 なにそれ?なんでサウナなのよ?わたしは戸惑いつつ緒方さんに聞いた。


「サウナ?ですか?」


「そうやがな、サウナで汗かいた後のビールがうまいんやで~」


「そうなんですか――でも、サウナは、ないですね」


「そうでっか――まあでも、それはしょうがありまへんな」

 

 ようやく緒方さんが立ち上がってくれた。さらに、松永さんと山中さんも立ち上がってくれたんだけれど、松永さんがちょっと困ったぞというふうな顔をして言った。


「姉ちゃん!今から高級レストラン行くっちゅうのに、こないなけったいな格好しとってええんかいな!?」


 げ。確かにそんなドラクエの扮装で高級レストランに行くなんてヘンすぎるもんね。痛いところをついて来たよ、どうしよう?


「松永さん大丈夫なんですよ!そういうレストランですから!」

  

 そういうレストランってどういうレストランなのよ?わたしは自分で言っておきながらそう思った。


「そういうレストランってどういうレストランやの!?僕が忘年会で第一楼(高級中華店)に行った時なんか、背広来て行かなアカンかったんやで!こんなふざけた格好した人間なんて誰もおらんかったで!」


 別に第一楼じゃなくたってさ、王将やバーミヤンにだってそんなドラクエの格好をした人間なんて絶対いないよ。それにしてもどうしよう。なんとか納得のいく説明が必要だね――。


「実は今から行くレストランは、山中さんの旦那さんが経営するレストランで、こういう格好こそが正装なんですよ!だからこそ旦那さんはあんな格好してたし、この建物だってそんな感じでしょ!」


 わたしは口からデマカセを言った。それにしても、我ながらよく次から次へとデマカセが思いつくもんだよ――。


「そうなんかいな!それで山中さん、僕らにこんなけったいな格好させたんかいな!?」


「そうなんですよ!」

 

 なかなか苦しいデマカセだけれど、なんとかなって!


「山中さん、おたくの旦那ちょっと変わってんな~」


 松永さんが、首を傾げながら山中さんに言った。


「そうなんよ~、ホンマ、ドラクエが好きで好きでしょうがないからな~」


 微笑みながら応える山中さん。


「ドラクエ!?なんかようわからんけど、そう言えば今日来た時、山中さんの旦那さんも、なんかドラクエ世界にようこそとかそんなようなことを言うとったな」


 そうなんだよ。旦那さんは、今日ドラクエ世界に来た時みんなに、ここはドラクエ世界という世界で、まずは外にあるトラックの上で宴会するとしかほとんど言ってなかったのだ。だから松永さんは――昨日の旦那さんの説明や巨人のことなんて綺麗さっぱり忘れてるだろうから――イマイチここがどういうところかわかってないはずで、ここに来た目的は宴会するためくらいにしか思ってないはずなのだ。


「『ドラクエ世界』っていうのが店の名前なんですよ。それで旦那さんは、経営者だから挨拶したんですよ」


「なるほど、そうやったんかいな!それやったらはよ言うてくれたらよかったんや!なんか山中さんが、この世界の衣装はこれやからって言うて、ヘンな服着させるなぁって思っとったんやけど、これがレストランにふさわしい正装やったんやな!納得したわ!」


 松永さんは、ようやく納得してくれたみたいで笑顔を浮かべた。


「レストランのことは、後でみんなをビックリさせようと思って黙ってたんじゃないですか!」


「そうかいな!山中さんも粋なことするな~!ハハッハッハ!」


 松永さんが豪快に笑った。ごめんね。これから違う意味でビックリさせちゃうかもしれないけどさ――。


 ふぅ――ともかく、これでなんとかなったね。みんなは、順番にトラックの外に降りて行ってくれている。

 

 でも最後に、大きな問題が残っている。そう。大きな問題っていうのは、荷台の後方の隅でゴロンとなっている山根さんだ。まさか、こんなトラックの荷台の上に、1人放っておくわけにはいかないからね、なんとか起こさなくてはいけない。それにしても、まさかこんなところまで来てまで、起床の声かけをすることになるとは思わなかったよ――。


「山根さん!!つきましたよ!!」


 わたしは山根さんの体を揺らして言った。


「え~!どこについたんや!」

 

 山根さんは、目を開けず体を動かすこともなく言った。


「黒い塔です!!」


「はぁ!?なにをわけのわからんことを言うとるんや!」


「ちょっと目を開けて目の前を見て下さいよ!!」


「なんや?目を開け言うて、どういうことや?」


 山根さんは目を開けた。


「なんやアレ?」


「だから黒い塔です!!」


「そうか――」


 山根さんは、再び目をつむってしまった――。どうして!?どうしてあんな不気味で禍々しい物を見て、そんな平然と寝てられるのよ!


「ミレーユ!山根さんはそのままでええわ!」


 わたしがどうしようかと思っていたら、横から旦那さんの声がした。でもそのままでええわってさ、さすがにそれはマズいんじゃないの?


「しょうがないやろ!寝ときたいんやから!ところで、うさぎの糞は余ってないか!?」


 うさぎの糞?なんで?


「山根さんの周りにまいとったら、モンスターも近づいて来んやろ!」


 そうか、なるほどね、魔よけ代わりってわけか――わたしはうさぎの糞が入った缶を取りに行くことにした。中身を見てみると、ちょっとだけ余ってたようなので、わたしはそれを山根さんの周りに置くことにした。でも、直接手で触るのは介護職とはいえ嫌なので、直接缶から山根さんを囲むように置いて行った。

 

「よっしゃ!それじゃあ、黒い塔に行くで!」


 わたしの作業が終了した時、旦那さんが言った。


 いよいよだ。ついに、黒い塔に入る時がやって来たのだ――。

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