第57話 運転席の屋根の上
「肩車?」
わたしが聞き返すと、黒山さんは言った。
「そう。わたしこの車の上に乗りたいんよ。だから、お姉ちゃん肩車して欲しいんよ」
なるほどそうか、わたしが車の前の敵を倒した方がいいって言ったから、車の上に乗るつもりなんだね
「でも、車の上なんかに乗ったら危ないよ」
「だってそうせんと、車の前にうさぎの糞なんて投げれんよ」
確かにそうだ。でも、酔っ払ってる子供を走ってるトラックの運転席の屋根の上に乗せて、さらにうさぎの糞なんかをまき散らせるなんて危険すぎやしないだろうか?
「大丈夫やよ。車はゆっくり走っとるし、もしヤバかったらお姉ちゃんが後ろから支えてくれとったらええでしょ?」
わたしがどうすればいいのかためらっていたら黒山さんが言った。なるほど、確かにそうかもしれない。
「わかった。わたしも後ろから見てるけど、十分気をつけてよ」
「うん、じゃあお願いね」
黒山さんは笑顔で言ってから、前を向いて股を広げ、肩車をしてもらう体勢を作った。わたしは、その股ぐらに頭を通してから立ち上がった。
「お姉ちゃん、わたしを上の方に抱き上げてくれん!?」
黒山さんが言った。ん?上に?そうか、このままじゃ登れないのか――ともかくわたしは、言われたとおりに両手で黒山さんの体を持ち上げることにした。
「ありがと!」
そうすると黒山さんの声がして、体が軽くなった。どうやら運転席の屋根の上に登ることに成功したようだ。わたしが上を見ると、両膝をついて座っている黒山さんが、笑顔でこっちの向かって手を振っていた。
「大丈夫!?」
「うん、大丈夫やよ!じゃあわたしは、うさぎの糞をばらまくからね!」
「お願いね!体は支えた方がいい!?」
「いや大丈夫!支えなしでもいけそう!」
「危なかったらすぐ言ってね!」
「うん!」
黒山さんは笑顔で返事し、両手のピースサインで応えから、ゆっくり前の方に向いて行った。ホントに大丈夫だろうか?ともかく危険なことにならないように見守ることにしよう。
「姉ちゃん!姉ちゃん!」
唐突に、後ろから松永さんの呼ぶ声が聞こえたので、わたしは振り向いた。松永さんは、相変わらず緒方さんと山中さんとお酒を飲んでいる。一体なんの用だろう?
「ションベンしたいんやけど!トイレどこにあるんや!?」
松永さんが慌てた感じで言った。
「トイレはないですね」
「え~!そんなんどないしたらええの!ションベンもらしてまうやんか!」
眉毛をずり下げて松永さんが言った。どないするもこないするも、旦那さんの企みどおりだよ。
「この荷台の上から外にしてくれたいいですよ」
「え~!そんなん言われても僕、走っとるトラックの荷台の上から立ちションなんてしたことないんやで~!!」
魂の叫びとばかりに、松永さんがさらに眉毛をずり下げて言った。そりゃあ、世界中のほとんど誰もが、そんなスタイル体験したことないでしょうよ。
「松永さん、そないに困らんでもワシも一緒にしまんがな」
緒方さんが、松永さんに助け舟を出すように言った。
「緒方さん!?アンタさんはトラックの荷台の上からションベンしたことあんのかいな!?」
松永さんが、驚いたような顔をして緒方さんに聞いた。
「そんなんありまへんわ。そやけどトイレがない以上、そうするしかありまへんやろ?」
「そうかもしれへんけど、そんなんめちゃくちゃやないの~」
「まぁまぁ。めちゃくちゃでもなんでも、今この状況ではこっから立ちションするしかありまへんからな」
緒方さんが諭すように言うと、不安そうな顔して松永さんが言った。
「そんなんできるかな~」
「大丈夫、松永さんならできまっしゃろ。ワシは松永さんと今日飲んで、走るトラックの荷台の上からでも、オシッコできる人やと確信したんでっせ」
なにそれ?一体なにを根拠にすれば、そんな確信持てるのよ?わたしは大いなる疑問を抱いたんだけれど、松永さんは緒方さんのそんな戯言を信じたのか、助けを求めるような潤んだ目で緒方さんを見つめて言った。
「ホンマかいな?」
「ホンマでんがな。だから、はよしなはれ。そうせんとオシッコもらしてまいまっせ」
松永さんを促す緒方さん。
「そりゃアカン!僕、オシッコもらすなんてみっともない真似だけは絶対したないねん!」
勢いよく松永さんは立ち上がった。続いて、おもむろに立ち上がった緒方さんが松永さんを励ますように声をかけた。
「じゃあ、やりまっせ!」
「やるぞ~!」
松永さんは、両腕を上げて大きな声を出した。なんか、随分と大袈裟なことになってるね――。
「松永さん、どっち行くんでっか?左でっか?右でっか?」
「緒方さんはどっちがええの?」
「そうでんな。ワシは左効きやからな、やっぱり左がええかな」
「じゃあ僕は右にしよかな」
そうして、松永さんは右の方に向かい、緒方さんは左の方に向かった――。
「京都~♫お~はら♫さんっぜんっいんっ♫」
トラックの右端に行った松永さんが、のんきに唄いながらオシッコをしている。これで旦那さんのバッチリ思惑どおり、前方には黒山さんのうさぎの糞、左右には緒方さん&松永さんのオシッコがそろったってわけだ――。
ふぅ。それでは黒山さんのところに戻るとするか――わたしがそう思って黒山さんを見ると、運転席の屋根の上に黒山さんが立って、うさぎの糞をバラまいていた!え!?危ないよ!
「福は~うち!鬼は~外!」
黒山さんは、豪快にうさぎの糞をバラまいている。なにやってんのよ!わたしは黒山さんの元に行った。
「黒山さん黒山さん!そんなところで立ったら危ないよ!」
すると黒山さんが、うさぎの糞をバラまくのを止めてこちらを向き、ニンマリ笑った顔を少し傾けてピースサインをして言った。
「大丈夫大丈夫!ダイジョウブイ!」
ダメだ――全然大丈夫じゃない、完全に酔っ払っている。
その後も黒山さんは「福は~うち!鬼は~外!」と言いながら、うさぎの糞をまき散らしている。危ないので、わたしも運転席の荷台の上に登ろう。わたしは、隅に置いてあったクーラーボックスをちょっと動かし、それを踏み台にしてトラックの運転席の屋根の上に登った。
屋根の上に登ったわたしは、四つんばいになって前方を眺めた。すると黒い塔が、もうかなり目前に迫って来ていたので、ちょっとビックリした。いつの間にか、こんなところまで来てたんだね。黒い塔は真っ黒な筒みたいで、所々に窓なのか四角の穴があったんだけれど、こうして近くで見るとますます不気味で異様な雰囲気を漂わせている。そしてその前には、モンスターが今まで以上にひしめき合っており、その鳴き声がますますうるさくってしょうがない。
「お姉ちゃんも来たん!?」
わたしに気づいたのか、黒山さんがわたしを見て笑って言った。
「うん!黒山さん!とりあえず危ないから座りなよ!」
「大丈夫だよ!」
黒山さんは言ったが、その瞬間、「ガコン!!」となにかがトラックに当たる音がしてトラックが揺れ、黒山さんはよろめいた。危ない!でも黒山さんはなんとか踏ん張った。
「ほら!だから危ないって言ったでしょ!」
「はぁい」
するとさすがに黒山さんも危ないと思ったのか、ようやく座ってくれた。
「黒山さん!後どれくらいうさぎの糞は残ってるの!?」
「これだけ!」
わたしが聞くと、黒山さんは缶の中身を見せてくれた。まだ半分以上残っていたんだけれど、果たして黒い塔までもつだろうか?ともかく、うさぎの糞を前方にまいてもらうしかない。トラックはなかなか前に進めなくなっているし、さっきみたいにモンスターに激突を繰り返されたら、トラックが壊れてしまうかもしれないしね。
「黒山さん!とにかく前の方にうさぎの糞をバラまいて!」
わたしは黒山さんにお願いした。今となっては、うさぎの糞が黒い塔までたどり着くまでの頼みの綱だからね。
「うん、わかった!それ~!」
黒山さんは、勢いよくうさぎの糞をまき始めた。うさぎの糞は確かに凄い威力で、糞に当たったモンスターが次々と消えていっている!
ようし、それならばわたしも、できるだけのことはしようじゃないの!わたしはあぐらをかいて座り、手を合わせながら呪文を唱えることにした。
「色即是空!色即是空!色即是空!色即是空!」
わたしが「色即是空」と連呼すると、モンスターが次々と消えて行った!お!わたしもなかなかやるじゃないの!
道はどんどん開けていっている。これはこのまま黒い塔までたどりつけるんじゃないの!トラックはモンスターの叫び声の物凄い喧騒の中、ゆっくり黒い塔に近づいて行き、わたしは「色即是空」の呪文を唱え続け、黒山さんはうさぎの糞をまき続ける。そうして黒い塔に近づくと、思ったより随分高かった。見たところ15階建てのマンションくらいの高さはあるんじゃないだろうか?
わたしが、トッラクの屋根に登って「色即是空」の呪文を唱え始めてから何分くらい経っただろうか?ついにトラックは、黒い塔の前に到着した!




