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第56話 ヘンちくりんな鳥

「いたっ!」


 わたしは右手で後頭部を抑え、後ろを振り向いた。


 するとそこには、こうもりみたいな全長50センチくらいの黒いモンスターが飛んでおり、小刻みに羽根を動かせてゆっくり上下に動いていた!


 出たな!ようし、やってやる!


「色即是空!」


 わたしは両手を前に出して呪文を唱えた。


「ナントカイッショウココデハタラケヘンカナ~!!」


 モンスターは叫び声を上げて一瞬で消滅した。ん?今のは福井さんの声だったね。確か「なんとか一生ここで働けへんかな~」って言ってたと思うんだけれど、一体どういうこと?ゼメシナールなんかで一生働きたいの?ヘンなの。


 まぁいいや、そんなことどうだっていい。重要なのは色即是空の呪文がバッチリ効果があったってことだ。昨日教えてもらったばっかりでこれだからね、抜群の才能とセンスがあるのかもしれない――。


「後ろ!」


 その時、突然黒山さんの声がしたので、わたしは振り向いた。


 そしたらそこには、鷹くらいの大きさの巨大な鳥が3羽もいて、バタバタとしきりに羽根を動かして飛んでいた。しかし鳥と言っても、体は太った蛇みたいで、頭はハゲワシみたいな感じのヘンちくりんな鳥だった。ともかくすぐにやっつけちゃおう!


「色即是空!」


 再びわたしは、両手を前に出して呪文を唱えた。


「ナンカニノロワレトルンカモシレヘン~!!」


 すると1匹だけはやっつけることができたんだけれど、残りの2匹は仕留めることができなかった――。げ、やべえ。なにが抜群の才能とセンスだよ、全然たいしたことないじゃない――。


 そして今度は、ヘンちくりんな鳥2羽が、くちばしで小刻みにわたしを突いて来た!痛い!痛いってば!わたしは両手をブンブン振りまくって、ヘンちくりんな鳥を追い払おうともがいた。でもヘンちくりんな鳥は攻撃を止めてくれない。


「あっメラミ!」


 その時、わたしの目の前に火の玉が飛んで来て、ヘンちくりんな鳥1匹に命中した!お!やった!そしたら鳥はわたしから離れてくれ、黒山さんの方に向き直った。助かった!ありがとう!黒山さん!


「あっメラミ!」


 黒山さんは呪文を連発し、またもやヘンちくりんな鳥に命中した。しかし、倒すことはできなかったようで、まだ飛び続けていた。ようし、わたしも呪文を唱えなくっちゃね。集中だ集中――このへンちくりん鳥だって、たまたま因縁がそろって今は存在してるだけで、すぐに変化して消えてしまう実体のない存在だ――。


「色即是空!」


 わたしは勢いよく両手を前に出して呪文を唱えた。


「ダレカガオレニノロイヲカケトルンヤナイカ~!!」


 すると1匹仕留めることができた!やった!ようし、残すは1匹――。


「あっメラミ!」


「オレノセンスニツイテコレヘンカラッテネタマントイテホシイワ~!!」


 黒山さんが、3度目の火の玉をヘンちくりんな鳥に命中させ、へんちくりんな鳥は黒焦げになって荷台の上に落ちた。


「やった~!みんな~焼き鳥やよ~!」


 黒山さんは、その黒焦げになったヘンちくりんな鳥を掲げてみんなに言った。


「おっ~!」


 みんなは歓声を上げ拍手をした。げ、まさかそんなヘンちくりんな鳥も食べる気じゃないでしょうね――大体そいつ、鳥かどうかすら随分と怪しいんだよ――まぁいいよ、アリゲーターガーののどぐろ味があるくらいなんだからさ、ヘンちくりんな鳥の丸焼きがあったって全然不思議じゃないしね。


 そんなことより、なに?あのヘンちくりんな鳥の叫び声?森川さんの声だったんだけどさ、なんか、やたらと呪われてるんじゃないかって心配してたよね――。しかも森川さんのセンスを妬んで呪うってどういうこと?


 一体誰が森川さんのセンスを妬んで、わざわざ呪いなんてかけるのよ?もうめちゃくちゃだよ、いくらなんでも妄想が酷すぎるよ――。


 わたしがあきれながら宴会を見てみたら、若返った爺さん婆さん達が、丁度その森川さんの妄想が正体の鳥を食べようとしているところだった――ホント、なんなのよこの状況?なんかクラクラして来たよ。一体どんな因縁がそろったら、こんなわけのわからないことになんのよ?


 でも、クラクラしてる場合じゃない、結構空飛ぶモンスターが攻撃してくるからね、油断禁物だ。


 その時だった――。


「プップ~!!」


 クラクションが鳴った!いよいようさぎの糞の助けが必要だってことだね!わたしは周りを見渡してみた。相変わらずモンスターはウヨウヨいたんだけれど、さっきまでと特に変わった様子はない。でも、クラクションが鳴ったってことは、旦那さんがなにかを見つけたのかもしれない。確かに、モンスターの鳴き声がどんどんうるさくなって来ている。


 わたしは、黒山さんに缶を渡そうと思って、荷台前方の隅、クーラーボックスの横に置いてあった缶を取りに行った。そうして缶を取り、振り返った時のことだった。なんと緒方さんが、ヘンちくりんな鳥を荷台の後方へと投げたんだよ!


「お姉ちゃん!あの鳥は食べへん方がええで!クッソマズいからな!」


 緒方さんは、黒焦げのヘンちくりんな鳥を指差して言った。頼まれたって絶対に食べたりしないけどさ、やっぱりクッソマズかったんだ――。そりゃあ、森川さんのとち狂った妄想が、ヘンちくりんな鳥の正体なんだからね、おいしいわけがない。


 ――って、そんなことはどうでもいい。早く黒山さんにうさぎの糞をまき散らしてもらわないといけない。もしかしたら、モンスターが大挙して押し寄せて来ているのかもしれないんだからね。


「黒山さん」


 わたしは、座って缶のお酒を飲んでいる黒山さんを呼んだ。


「なに?」


 振り向いた黒山さんは、目がトロ~ンとして顔は赤くなっており、明らかに酔っ払っていた。子供なのにさ、一体どれだけのお酒を飲んだのよ?そもそもオッサン2人は、子供にお酒飲ませてさ、一体どういうつもりなのよ?


 しかしそういうわたしも、その子供にうさぎの糞をまき散らせようとしてるわけだからね、あまり2人のことは言えないんだけどさ――。でも危機が迫ってるっていうんじゃあしょうがない。


「この缶の中に入ってる物をまき散らして欲しいんだけど・・・」


 わたしは、缶を差出して、少しためらいながら言った。


「なにが入っとるん?」


 ヘラヘラ笑って聞いてくる黒山さん。


「――うさぎの糞」


 伏し目がちに、ちょっと小声で言うわたし。


「キャハハハハ!うさぎの糞やって!キャハハハハ!」


 黒山さんは地面に寝転んで、手足をバタバタさせて大笑いし出した。わたしは文字どおり「キャハハハハ」と笑う人を初めて見た。わたしは黒山さんの笑いが収まるの待ってから、うさぎの糞をまき散らしてくれるのかどうか確認してみることにした。


「どうかな?やっぱり嫌かな?」


 恐る恐る聞くわたし。


「いいよ!お姉ちゃんには、わたしの糞を渡して迷惑かけちゃったことやしね!キャハハハハ!」


 黒山さんはそう言って、またバタバタと笑い出した。え!?わたしにコロ便を渡したあの時のことを覚えてるの!?なにもわかってないふうだったけれど、やっぱり確信犯だったんだ――あちゃ~。


 しかし今は、あの時のことをとやかく言ってる場合じゃない。


「じゃあ、お願いね」


 わたしは、立ち上がって来た黒山さんに缶を渡した。


「はい。でもどこにまけばいいの?」


 缶を受け取った黒山さんが言った。そう言えばそうだね、一体どこにまけばいいのだろう?でもやっぱり、後ろや横よりは、前の敵がいなくなってくれた方がいいに違いないよね。


「車の前の方にまいて欲しいんだけど――」


 わたしは言った。

 

「わかった!」


 黒山さんは、ニッコリ笑って缶を持って立ち上がり、荷台の一番前まで行くとわたしに手招きして言った。


「お姉ちゃん!」


 ん?なんの用だろう?わたしは黒山さんの元に行った。


「どうしたの?」


 わたしが聞くと、黒山さんが真顔で言った。


「お姉ちゃん、わたしを肩車してくれん?」

 

 え?なんで?今は肩車なんかして遊んでいる場合じゃないんだけどな――。

 

 

 

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