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第55話 ノドグロ

「カンパーイ!!」


 みんながトラックの荷台の上にそろい、輪になって座り飲み物を持ったところで、旦那さんは音頭を取って乾杯をした。え?どういうこと?とりあえずは、景気づけに乾杯しようってことなの?まぁでもアレか、これからいよいよ黒い塔に行くわけだから、チームの団結力を高めようってことなのかな?


 ――しかし、しばらくしても、旦那さんにトラックを出発させようという様子はなく、みんなはお酒を飲み続けていた(さすがに旦那さんとわたしはお茶だったんだけれど)。一体どういうことなの?時間がもったいないから、あらかじめお酒とトラックを用意したんじゃなかったの?わたしが疑問に思っていたら、緒方さんが旦那さんに言った。


「山中さん、こないだの魚はないんでっか?」


「ああ、ありますよ」


 旦那さんは緒方さんに即答して、それからわたしに言った。


「ミレーユ、召喚魔法でこないだの魚を頼んであげなさい」


 え?また?別にいいんだけどさ、これじゃあ召喚魔法って、まるで居酒屋の注文じゃないのさ――。


「これ、ミレーユ。つべこべ言わず頼みなさい」


 もう、しょうがないな――。


「どこで売っているかわからない素敵なパンを食べた中道理子です!!」


 わたしは両手を組んで目をつむり、アリゲーターガーを思い浮かべながら呪文を唱えた。ところで魚の名前なんだけどさ、昨日帰ってからネットで調べたからわかったんだよね。


 バシャ!バシャ!バシャ!バシャ!


 するとすぐに、アリゲーターガーが空から降って来て、地面の上で跳ねた。


「あっメラミ!」


 旦那さんと黒山さんが、それを魔法の火の玉で焼いて、すぐにアリゲーターガーの丸焼きは完成した。それから旦那さんと緒方さんと松永さんが、焼けた4匹の魚をトラックの荷台の上に持って来ると、その鱗をバキバキ剥がし始めた。なんとも豪快というか、乱暴な調理方法だったんだけれど、すぐに鱗は全部はがれた。そうして白身になった状態のアリゲーターに向かって、旦那さんが呪文を唱えるように両手を差し出して言った。


「あっノドグロ!」


 え?なに?今「ノドグロ」って言った?


「なんですか今の?呪文ですか?」


 わたしは「ノドグロ」という言葉の響きが気になったので、旦那さんに聞いてみた。


「魚がおいしくなる呪文やないかい」


「え?そんな呪文があるんですか?」


「そりゃここはワイの世界なんやから、ワイが作ればどんな呪文だってあるわいな」


 なるほど、そりゃそうか――でもさ、そんな呪文かけなきゃいけない程、アリゲーターガーってマズいの?


「うん。こないだちょっと味見してみたらやな、パッサパサの鶏肉にうっすら魚の味がついとる感じやったからな、こりゃアカンと思って、急遽魚をノドグロ風味にする呪文を作ったんや」


 そうだったのか――見てみると、荷台の隅でゴロンと横になっている山根さん以外の4人は、魚にむしゃぶりついている。どうやら魔法の効果は絶大なようだ。


「このドラクエ世界を気に入ってもらわんとやな、また来てくれへんからな、こうしてマズい魚をおいしくして、酒もふるまっとるわけや。いわゆる『おもてなし』っちゅうやっちゃな」


 なるほど「おもてなし」ね――。それで、今もなかなか出発せずに宴会してるってわけか――。


「ま、それもあるんやけどやな、他にもなかなか出発せえへん理由はあるんや」

 

 え?そうなの?その理由ってなんなの?


「すぐに出発してもうたらやな、緒方さんと松永さんのオシッコが出えへんやろ。だからやな、こうして酒をたらふく飲んでもらっとるわけや」


 げ、そんな魂胆があったんだ――。


「そりゃそやろ。なんせオシッコは強力な武器やからな、できれば緒方さんと松永さんには、黒い塔に向かう道中、トラックからオシッコをまき散らして欲しいって思うんが人情っちゅうもんやろ?」


 なにその人情?トラックからオシッコをまき散らして欲しいって思う人情なんてのがあるの?


「もちろんあるわいな。でもやな、悠長に2人のオシッコが出るのを待っとる時間があるわけでもないからな、そろそろ出発すんで」


 そりゃそうだよね。よ~し、いよいよか――と、その前に、実はわたしもさ、あの魚をちょっと食べてみたいんだよね。ノドグロなんて食べたことないしね。


「そうか。じゃあ出発する前に、ちょっともらって来なさい」


「はい」


 わたしは返事して、魚を豪快にまるかじりしている山中さんの元に行って声をかけた。


「わたしにも、その魚をちょっと食べさせてもらえませんか?」


「ええよ、ええよ、わたしはもうええからな、アンタ全部食べ」


 山中さんは魚を差し出してくれた。でもさ、こんな1メートル以上ある魚、全部は食べられないよ。


「では、ちょっとだけいただきますんで――」


 わたしは、ためらいながらもおもむろに両ひざをつき体をかがめ、焼けたアリゲーターガーの身を丸かじりした。


「うまっ!!」


 一口食べて、わたしは思わず声を上げた。これはホントにうまい!今まで食べた魚の中で間違いなく一番おいしい。もしホントにこんな巨大なノドグロがあったとしたなら、1匹何百万とするんじゃないだろうか?


「ミレーユ、ちょっと来てくれ」


 わたしがのどぐろ風味のアリゲーターガーの味に感動していたら、旦那さんが手招きして呼んだので、アリゲーターガーを食べるのは止めて旦那さんの元に戻った。


「ノドグロおいしかったです!ノドグロってあんなにおいしかったんですね!」


 興奮冷めあらぬわたしは、早速旦那さんに報告した。


「そうか、そりゃよかったな。でも、あののどぐろの味もやな、しょせんワイが思い出したノドグロ味にすぎひんからな、本物のノドグロの味とはちゃうんやで」


 なんだっていいよ。おいしかったんだもん。


「まぁ、また機会があればやな、本物のノドグロを食べてみてくれや」


 是非ともそうするよ。あんなにおいしいんだからね。


「ほんでやな、今から出発すんねんけどやな、その前にお前さんに頼んでおきたいことがあんねや」


 え?なんなの?


「今からワイが運転して黒い塔に行くわけやけどやな、ワイが車のクラクションを鳴らしたら、あの缶を黒山さんに渡して欲しいんや」


 旦那さんは、クーラーボックスの横に置いてあった円柱の缶を指差した。え?缶?別にいいけどさ、あの缶の中にはなにが入ってるの?


「うさぎの糞やないかい。昨日からワイがせっせと集めとったんや」


 え!?なんでそんなことするのよ?


「なんでって、強力な武器になるからやないかい。是非とも、黒山さんにはこの前来た時みたいにやな、うさぎの糞をまき散らして欲しいって思うんが人情ってもんやろ」


 また人情?でもさ、黒山さんにうさぎの糞をまき散らす役目なんかさせちゃってさ、こんなところに来たくないって言い出したらどうするのよ?「おもてなし」は?


「そういう役割をしてもらうために、ワイは『おもてなし』をしとるわけやからな、それなりに頑張ってもらわんとな。それにやな、前回うさぎの糞をまき散らしとった黒山さんは、随分と楽しそうやったから大丈夫やろ」


 そうかな?――でも確かに、歳を取ってからも平気で自分のコロ便をわたしに手渡すくらいだからね、うさぎの糞をまき散らすくらいどうってことないのかもしれないけどさ――。


「そやろ。よっしゃ、じゃあそういうことで頼むわな。よし!出発や!」


 旦那さんは荷台から降りて行った。そして運転席に向かう途中でわたしに言った。


「あ、そうそう。みんなは酒を飲んどるやろうけどな、ミレーユは軽トラが走っとる最中にモンスターが押し寄せて来たら、ちゃんと追っ払ってや」


 え~、マジっすか。その役目ってわたしだけで大丈夫なの?


「いざとなったら、うさぎの糞も緒方さんと松永さんのオシッコもあるやないかい。大船に乗ったつもりで頑張ってくれや」


 大船ね――うさぎの糞とオシッコが頼りの素晴らしい大船だね。


「なんや、皮肉か?」


 いえ、めっそうもございません。


「ほな、ワイがクラクション鳴らしたら缶を黒山さんに渡すんやで」


 そうして旦那さんは、運転席に乗りこんで行った。


 エンジンがかかり車はゆっくり動き始めた。わたしは荷台の右側から前の方を見てみた。モンスターはウヨウヨいたんだけれど、車が走ると避けるように逃げて行ってくれている。横からもモンスターが近づいて来る様子はないし、振り返って左側の方を見ても、モンスターが近づいて来る様子はない。


 ふぅ。どうやらそんなに危険はなさそうだね。わたしはひと息ついて荷台の上に座ることにした。


 そうして、改めてこの世界を眺めて見たんだけれど、薄暗いし不気味なことこの上ない。モンスター以外はなにもなく、ズッ~と石畳が広がっているだけで殺風景だし、あちこちから聞こえて来るモンスターの鳴き声が不気味でしょうがない。


 そんな風景を見ながら、わたしはさっきののどぐろのことを考えていた。あれはホントめちゃんこおいしかったな~。でも、よくよく考えてみるとあの味ってさ、旦那さんが思い出したのどぐろの味なんだよね――ってことはさ、旦那さんがのどぐろをむしゃむしゃ食べて感じた味をわたしが共有したってことになるよね。


 そう考えると、気色悪くなって来た――。なんだってわたしは、そんな薄気味悪い物を喜んで食べたのだろう?しかも、ホントはのどぐろでもなんでもなくって、須磨寺近くの池に住むアリゲーターガ―なんだしね――。


 もしかしたらわたしってさ、どえらい物を食べてしまったんじゃないの?――わたしは後悔に包まれ右手を口にやった。


 でも、みんなを見ると、手でほじったり直接かじったり、思い思いのスタイルでアリゲーターガーを食べている――よくよく考えてその光景を見てみると、地獄絵図に見えなくもない。まったく、とんでもない「おもてなし」があったもんだよ――。


 わたしがげんなりしてみんなを見ていたら、不意に後ろからなにかが当たる感触があった!え!?一体なに!?


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