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第53話 色即是空2

「いや、別にたいしたことやないねん。今から召喚魔法を使ってやな、平敦盛さんに明日飲む酒を予約しといてくれへんか?」


 え?予約?そんなことができるの?


「そりゃできるやろ。そやないと、明日ここに来てから酒頼んどったんじゃ時間かかるからな、あらかじめ頼んどいて欲しいねん。」


 なるほど、それもそうだね。今日みたいに小屋に取りに戻るのも面倒だしね。


「そやろ」


 わたしと旦那さんがお酒の段取りを打ち合わせていたら、ベッド上で着替えていた緒方さんが目を爛々と輝かせて言った。


「山中さん、今から酒の予約してくれるんでっか?」


「はい。なんかリクエストとかありますか?」


「そやな。もうちょっとビールが冷えとって欲しいんやけどな」


「なるほど、じゃあ今度来る時にクーラーボックスを用意しときますわ」


「頼むわな」


 え?クーラーボックス?そんなのどうやって用意するのよ?


「そんなもん近所のどっかの家にあるやろ。ワイがそこで召喚して来るわいな」


 え~?なによそれ?そんなことしてさ、不法侵入とか泥棒とかにはならないの?


「大丈夫や。よっぽど霊感がない限りワイには気づかへんし、その家のクーラーボックスが無くなるわけでもないからな。なんの問題もあらへんわ」


 そうか~、なんか幽霊って得だね。そんなふうになんでも召喚できるんだったらさ、世界中の物が全部自分の物みたいなもんじゃないの?


「まぁ考えようによっちゃそうかもしれんけどやな、残念ながら幽霊には欲というモンがないからな、全然物を欲しいとは思わへんねや」


 え?そうなの?


「そりゃそやろ。生きとる人間にはその命をつなぐために欲望があるんやろうけどやな、死んどるワイにはそんなもんはないからな」


 なるほど、そういうもんか――なかなかうまくいかないもんだね。


 それからわたしは、召喚魔法で明日の9時にこの小屋にお酒を届けてもらうように敦盛さんに予約をし、着替えてから元の世界に戻った。


 しかし、戻ってからがなかなかに大変だった。松永さんはすっかり寝ちゃってるし、緒方さんと黒山さんはなんか知らないけれど、同じタイミングでゆっくり前後に揺れてるし、山中さんは妙にハイテンションで「玉ねぎか!?」って連発して笑ってるし、これはわたしの手に負えるのかと心配になったんだけれど、それでもなんとか4人のトイレ誘導を済ませ、それぞれの部屋に戻ってもらうことができた。


 ふぅ、やれやれ――そうして他の部屋の巡回も終え、ようやく一段落つけた時には、時刻はすでに1時半を回っていた。すると、旦那さんの声が聞こえて来た。


「おつかれさん。それじゃあ、3時の見回りはワイがするから、5時まで寝とってもうたらええで。なんかヤバそうなことがあったら起こすけどな。あっ」


 そうだね、疲れちゃったからね、お言葉に甘えてそうさせてもらおうかな。なんかあったら起こすって言ってくれてることだしね――。


 わたしはすぐに眠りについた。夢見ることもなく、深い眠りだった。呪文を唱えると精神力を使うのか、なんか凄い疲れるのだ。


「ピピピ、ピピピ、ピピピ」


 ――時刻は、あっという間に5時となり目覚ましが鳴った。今日のわたしは、寝すごすことなくちゃんと目覚めることができた。


 さてと。では、朝の準備を始めるとするか――わたしはおもむろに起き上がり台所を目指す。そこでふと思い当たったんだけれど、呪文の練習はどうしたらいいんだろう?やっぱり新しく教えてもらった色即是空の方を唱えたらいいのかな?わたしがどうしたものかと思案していたら、旦那さんの声が聞こえて来た。


「そやな。その方がええけど、それには解説がちょっと不十分やから補足しとくわな。あっ」


 そうなの?じゃあお願いします。


「それじゃあまずはおさらいで、因縁をドラクエ世界のモンスターに当てはめて考えてみよか」


 うん。


「ドラクエ世界にモンスターがおる原因、すなわち因縁の因に当たるんは、言うまでもなくゼメシナールみんなの妄想なわけやな。ほんで縁やけど、もちろんワイがモンスターに仕立てとるからや。ようするにやな、みんなが妄想をせんかったらやな、あんなモンスターは生まれることはないわけや」


 うん、なるほどね、それはわかるよ。


「ほんでやな、なんでそんな妄想なんかすんねんって話しになんねんけど、それはやな、これから出勤して松井に会うの嫌やなぁと思ってみたり、お前さんがウンコを踏んだのを松井のせいにして文句ブーたれたりしとったようにやな、自分の価値観に物事を当てはめてこの世界を認識するからなんや」


 また、ウンコの話し――。


「ウンコの話しが気に入らんのやったら、お前さんの山田さんに対する妄想でもええで。自分が牛が怖いからって、肉のことなんか全然考えてない山田さんに、焼肉のことを考えるのを止めろとか妄想しとったけどやな、これも自分の価値観に物事を当てはめて、自分の基準でこの世界を認識しとるわけやろ?つまりやな、自分の感覚とか考えとか価値観に固執して、自分へのこだわりが強すぎるんや」


 わかったよ、もう。自分へのこだわりが強かったことは認めるよ。


「わかってくれたらええねん。でもやな、ドラクエ世界には上には上がおって、あのサイクロプスみたいにもっと強烈なモンスターがおるわけや。自分へのこだわりが爆発的に強くなったひとつの結果があの怪物や」


 なるほどね――確かにアレはとんでもい怪物だったね。


「サイクロプスの正体は、ドラクエ世界でも言うたように、渡辺さんの澤村さんが気に入らんっていう妄想の集合体なんやけどやな、自分へのこだわりがキツすぎると、結果的にあないなえげつないことになってまうんやで。あっ」


 そうか――是非とも、あんなとんでもない怪物を生むようなことにはなりたくないもんだね。


「そやろ。だからやな、お前さんも気をつけんとアカンのやで。今存在しとるすべての物は常に変化を続けとって、たまたま因縁がそろった時だけ存在しとるにすぎひんってことを理解せんとやな、なにかに強烈に固執してまうと、あないな怪物を生んでまうことになるかもしれへんのやからな。あっ」


 うわ、こわ。それは嫌だね――。


「だから『色即是空』と唱えるんやないかい。すべての物は常に変化を続け、たまたま因縁がそろった時だけ存在しとる実体のない存在やから、あらゆる物に対するこだわりをなくさなアカンって念じながらな。あっ」


 なるほど、そういうことか――。


「そういうことや。これを第3の課題とするからな。さっき言うたことを念頭に置いて、呪文を唱えてみてくれや。あっ」


 旦那さんの声は消えた。「色即是空」か、よ~し、頑張ってみるか。それからのわたしは、時おりその意味を考えながら「色即是空」を唱えた。


「色即是空色即是空」。緒方さんと松永さんの尿量がいつもに比べてハンパなく多かったのは(1時すぎにトイレに行った時もジャンジャカオシッコが出たにも関わらず)、ドラクエ世界でお酒を飲みすぎたせいだろうか?「色即是空」。それとも3時の巡回を旦那さんにまかせて排泄の確認を怠ったせいだろうか?「色即是空」。でもドラクエ世界で飲んだ酒が、こっちの世界のオシッコの原因だんなんて考えにくいから、それはやっぱり寝る前に摂った食べ物だったり水分だったりするのだろう。なんにせよ、緒方さんや松永さんの体の中にあった物が、たまたま因縁がそろった結果、多量のオシッコとして出現したってわけだ「色即是空」。そしてオシッコは今度は下水の中であらゆる物と溶け合いながら流れ行き、もうオシッコではなくなっている。「色即是空」。


「色即是空色即是空」。今朝、黒山さんの部屋でうさぎの糞みたいな便が5つくらい転がっていたのは、ドラクエ世界でのうさぎの糞が混じっていたからなんだろうか?「色即是空」。それともやっぱり3時の巡回を旦那さんにまかせて排泄の確認を怠ったせいだろうか?「色即是空」。でもやっぱり、ドラクエ世界からうさぎの糞を持ち帰るなんてことは考えられないから、結果このウンコは、たまたま因縁がそろった結果、黒山さんの体から出て来たってことなんだろう「色即是空」。そうしてウンコもやっぱり下水の中であらゆる物と溶け合いながら流れ行き、もうウンコではなくなっている「色即是空」。


 そんな感じでつぶやきながら、わたしは起床介助をこなして行った。そんなことをしているうちに、時刻はあっという間に6時半となってたんだけれど、早くも、早出の森川さんがやって来た。そしてもちろん森川さんは、台所のカウンター前のテーブル席に座っていた緒方さんの元に行った(森川さんは緒方さんと話すために早く来たものと思われる)。


 すると緒方さんの口から、どんどこどんどこドラクエ世界の情報が溢れ出て来た――。


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