第50話 召喚魔法の呪文3
バシャ!バシャ!バシャ!バシャ!
なにやら4つの細長い物が、少し離れたところに降って来て水しぶきを上げた!地面に落ちた4つの細長い物は、ピチピチと跳ねている!え!?魚!?一体なんなのよ!?
わたしは、そのビチビチと跳ねる細長い物が一体なんなのか確認するために近づいてみることにした。恐る恐る傍まで行って見てみると、それはやっぱり魚だった。でもなに?この巨大で細長い魚!?気色悪いんですけど!こんなのがあの池にいるってことなの!?もしかしてさ、これこそがなんちゃらガーとかいう魚なんじゃないの!?
「なんや!?これは!?」
わたしの横にやって来た旦那さんが言った。
「多分なんちゃらガーとかいう魚です」
わたしは答えた。
「なんやそれ!ガーかバーかなんか知らんけどやな、こんなもんなんの役にも立たへんやんけ!」
知らないよ。敦盛さんが必要な物を見つくろってくれるんじゃなかったの?
「なんにせよ、召喚魔法のやり直しや。今度はもっと必死で切迫したイメージを送ってくれや。」
切迫したイメージか――ふぅ~、なかなか難しいね。
「なんでもええけど、この魚邪魔やな。丸焼きにして、あの2人の酒の肴にでもするか。あっメラミ!」
旦那さんは両手を前に出し、なんちゃらガーに向かって火の玉を打った。なんでもいいけどさ、なんちゃらガーって食べられるの?
「よし、ワイはあの2人に丸焼きを持って行って来るから、その間に召喚魔法を頼むで。澄子、黒山さん、ちょっと魚を運ぶん手伝ってくれへんか?」
「は~い」
そうして3人は、こんがり焼けた魚を持って行ってしまった――。
――さてと。わたしは、召喚魔法の仕切り直しと行こう。もっと切迫した感じで行かないといけないんだよね。でも、言いわけするわけじゃないんだけどさ、宴会だの魚の丸焼きだのって、緊張感がそがれる場面が多すぎて、今が切迫してる場面だって感じにくいんだよ。ただまぁ、実際の話しとして、もうすぐそこまで巨人は迫って来ているわけなので、この事実のみに着目して、切迫した感じを伝えてみることにしよう。よし行くぞ、巨人が来てる巨人が来てる。しかもそいつは20メートルだ――。
「どこで売っているかわからない素敵なパンを食べた中道理子です!!」
わたしは、両手を組んでギュッと目をつむり、必死で呪文を唱えた。頼むよ!敦盛さん!
ボタバチャビチャバチャブチャベチャボタ!
するとすぐに、大量のなにかが落ちて来た音がした!お!来たね!わたしは目を開けて、なにが落ちて来たのかを見てみた。
わたしの目の前には、大量の亀だとかザリガニだとかカエルだとかがいた!げ!なによこれ!?こんなのがなんの役に立つって言うのよ!
そしてあろうことか、デッカいカエルが、わたしの靴の上に乗った!
「きゃあ~!!」
わたしは右足を蹴り上げるようにしてカエルを追っ払った。一体なにやってんのよ敦盛さん!わたしに嫌がらせをする物じゃなくってさ、巨人を倒すのに役に立つものが欲しいんだよ!
「ミレーユ、なにを叫んどんねや?」
後ろから、旦那さんの声が聞こえて来た。どうやら戻って来たみたいだ。
「カエルが足の上に乗ったんですよ!も~う!」
「そうかいな。ところでやな、召喚魔法を唱え直した結果がこれかいな?」
「そうです――」
「そうか――でも、まぁしゃあないんかもしれんな。池の中におるもんなんてこんなもんやろうしな」
まぁ、そうだね。池の中にある物なんてさ、確かにこんなもんだよね――。
「よっしゃ、もう平敦盛さんを頼るんは止めにしよか。ミレーユ、お前さんはとにかく五蘊皆空を唱えまくってくれや」
結局そうなるんだね。でもわたしの呪文なんかがさ、あの巨人に通用するの?
「あっさり牛を吹っ飛ばすくらいには呪文の威力が高まっとるわけやからな、そりゃ通用するやろ」
そうかな?――わたしは首をかしげたんだけれど、そこではたと気がついた。そう、よく見てみれば、黒山さんがいなかったのだ。
「あれ?旦那さん、黒山さんはどうしたんですか?」
わたしは旦那さんに聞いてみた。
「黒山さんか?『わたしも魚が食べたい』とか言い出してやな、宴会に参加してもうたんや」
え?なによそれ?じゃあ結局さ、いつもの3人だけであの巨人と戦うってことなの?でもさ、黒山さん達3人って精鋭で、巨人攻略の秘策なんじゃなかったっけ?
「まぁ、そのはずやってんけどやな、こうなってもうた以上しょうがないやんけ」
しょがないってさ、この3人で巨人に対抗できるもんなの?
「さぁそろそろやで!ミレーユ!澄子!心の準備はええか!」
旦那さんは、わたしの質問に答えることなく威勢よく言った。確かに巨人はすぐ近くまで迫っている。
「はいな!あんさん!」
山中さんも、旦那さん呼応するように威勢よく言った。
よし、それではわたしも心の準備をしよう。ふぅ~はぁ~。わたしはひとつ大きく深呼吸をし、固唾を飲んで巨人を見上げてみた。それにしてもデカい、そしてただデカいだけではなく、全身は不気味な青色で、筋肉隆々でゴツい体をしており、顔は大きな耳と一つ目が特徴的で、頭には角を生やしている。まさに怪物、こんなのホントに倒せるの?
「五蘊皆空!!」
わたしが巨人に圧倒されていたら、旦那さんが呪文を唱えながら、勢いよく走り始めた!お!いよいよ戦闘開始だね!
ズドン!
しかし旦那さんは、走り出してわりとすぐにこけてしまった!げ~!!なにやってんのよ!?こけてる場合じゃないでしょ!
わたしは、次に旦那さんがどうするのか見ていたんだけれど、そこで気づいたことがあった。それは、今旦那さんがいる周辺が、広範囲に渡って水浸しだったってことだ。つまり、亀やらザリガニやらカエルやらが大量に降ってきたせいで地面が濡れて、それで旦那さんが滑ってこけちゃったみたいななのだ。
げ!敦盛さん!ホントなにやってんのよ!どうして、わたしたちの足を引っぱることばっかりするの!?
旦那さんは、上半身を起こして右手で腰をさすっていたんだけれど、すでに巨人がすぐ傍まで迫り、今まさにその旦那さんをその巨大な右足で蹴ろうとして振りかぶっているところだった!げ!!危ない!!旦那さん気づいてないの!!?
「旦那さ~ん!!!!前です!!!!前!!!!危な~い!!!!」
わたしは精一杯叫んだ!!
ブオオン!!!
次の瞬間、巨人が右足を蹴り抜き、物凄い風が吹いた!うわ!!わたしは思わず両腕で風を防御するようにし、目をそらした。
すぐに、わたしが視線を巨人の足元に戻してみると、旦那さんは右ひざをついた姿勢で巨人の前にいた!よかった!どうやらうまくよけたみたいだね!
巨人はと言えば、右足で地面を蹴った時に滑ったみたいで、後ろにバランスを崩している!もしかして倒れるんじゃないの!
ドッバ~ン!!!!!!
次の瞬間、物凄い地響きを立て、巨人は倒れてしまった!!そしてその時、強烈な風が吹き、ザリガニやらカエルやらがわたしにぶち当たって来た!
うげ~!!気色ワル~!!もぅっ~嫌っ~!!最悪!最悪!最悪!わたしは必死に、体についた物を払った!ホントまったく、なにが召還魔法だよ!まさかこんなところで、ザリガニやらカエルやらにまみれることになるとは思わなかったよ!
ドン!!!
わたしが泣きそうになりながらもがいていたら、今度はいきなり後ろから物凄い音が聞こえて来た!!えっ!!なにっ!!わたしは心臓が止まるんじゃないかというくらいビックリした!一体なんなのよもう!
わたしは後ろを振り向いてみた。すると、ちょっと離れたところに軽トラックがあった。なにアレ?さっきまであんなのなかったよね?もしかしたら今の音ってさ、あの軽トラが発した音なのかな?他に音の原因になりそうな物が見当たらないってことは、きっとそうだよね――てことは敦盛さんの仕業!?でもなんだって軽トラを送って来たんだろう?
意味がさっぱりわからないんだけれど、とりあえず軽トラのことは放っておくことにしよう。今は巨人を倒すのが先決だからね。なんせ巨人は倒れてくれてるわけで、千載一遇のチャンスに違いないのだ。
わたしは、山中さんと一緒に旦那さんの元に行くことにした。地面が水で濡れているので、こけちゃわないように気をつけなくちゃいけない。ゆっくり旦那さんの元にたどりつき、立ち上がった旦那さんにわたしは聞いた。
「旦那さん大丈夫ですか?」
「ああ、しこたま腰は打ってもうたけど大丈夫や。ところで今こそ大チャンスやで!澄子!ミレーユ!巨人が起き上がる前に攻撃しまくったれ!」
「はいな!あんさん!」
山中さんは威勢よく答えると巨人に向かって行った。ところでさ、前から気になってたんだけどさ、その「はいなあんさんっ」って返事はなんなの?
「男ドアホウ甲子園の豆たんのセリフやないかい」
なに?その男ドアホウ甲子園って?
「水島新司の野球漫画やないかい。澄子はその漫画が好きで、その豆たんのセリフを昔からよう言うとったんや」
そうなんだ――。
「さ、そんなことより今は攻撃や!このチャンスを逃したらアカンで!行くで!ミレーユ!」
「はい!」
わたしは威勢よく答え、とりあえずは目の前にある、3メートルはありそうな巨大な右足の裏に向かって、呪文を唱えることにした。
「五蘊皆空!」
わたしは両手を前にかざし呪文を唱えた。しかし特になんの変わりもない。げ!やっぱり効かないよ!
他の2人はどうなのだろう?山中さんを見てみると、巨人の右ふくらはぎの外辺りを剣でめった切りしていた。ただ、それもダメージを与えている様子はない。旦那さんはと言えば、両腕を上げて巨人の両足の間に立ち、なんか大きな火の鳥を作り出しているところだった。お!なんか凄そうな鳥じゃない!これは期待が持てるぞ!
「あっ、メラゾーマ!」
次の瞬間、旦那さんはそう叫んで、両腕を振り下ろした!
すると大きな火の鳥は、巨人の股間めがけて飛んで行った!




