第46話 召喚魔法の呪文2
「おっ、なんとなく効果があったような感じやな」
旦那さんが言った。よくわかんないけどさ、上手くいったのかな?
「山中さん、どないなったんや?そのなんちゃらっちゅうんは、成功したんかいな?」
緒方さんが目をひんむいて、早口で旦那さんに聞いた。どれだけ必死なのよ。
「おそらく成功したと思います。ただウイスキーがここに届くまでは、少し時間がかかりそうなんで、先に着替えときましょか」
「そうかいな~。まぁ、ウイスキーがまだ来うへんって言うねやったら先に着替えとこか。宴会は用意が整ってからでええもんな」
え?宴会?緒方さん、なんか勘違いしてない?
「そういうことですわ、さっ、着替えましょ、着替えましょ」
しかし旦那さんは、宴会のことなんかにはちっとも触れずに言った。どうやら物事をさっさと前に進めたいらしい。
「ねえねえ?」
わたしが2人の様子を見ていたら、黒山さんがわたしの太ももを指先でツンツンしながら聞いて来た。
「お姉ちゃん?なんでそんなに必死にパンを食べたことをアピールしとったん?」
げ!わたしは顔から血が噴き出しそうなほど恥ずかくなった。ほら!言わんこっちゃないでしょ!黒山さんから見たらわたしは、突然、どこで売ってるのかわからない素敵そうなパンを食べたことをアピールし始めた、とんだいかれポンチなんだよ!これは、ちゃんと説明しなくちゃいけない。
「さっきのはね、魔法の呪文なんだよ」
「魔法?さっきのが?」
「そう。ちょっとヘンテコなんだけどね、ある人がそう決めちゃったからしょうがないんだよ」
「ふうん、そうなんや。でさ、さっきの魔法ってどんな効果があるん?」
「そこにいる緒方さんにウイスキーが欲しいって頼まれたからさ、ある人にここに届けてくれるように頼んだんだよ」
「え?そうなん?じゃあ、わたしの好きな物も届けてくれるん?」
「それはどうだろ?物によるかもしんないけどさ――」
「わたし子犬が欲しいんよ!」
え?なにそれ?子犬?それはさすがに難しいんじゃないかな。
「ミレーユ、召喚魔法の呪文を唱えてあげなさい」
わたしが二の足を踏んでいたら、旦那さんが言って来た。え?でもさすがに子犬は、すぐには無理なんじゃないかな?
「そんなもん、試してみんとわからへんやないかい。さ、召喚魔法や。お前さんにとっても練習になってええやないかい」
え~、もうしょうがないな~、子犬だね、どうなっても知らないよ。わたしは両手を組み合わせて呪文を唱えることにした。すると黒山さんも、わたしと同じように両手を組み合わせている。
「どこで売ってるのかわからない素敵そうなパンを食べた中道理子です!!」
わたしは、なんとなく思い浮かんだ白い子犬をイメージしながら呪文を唱えてみた。するとまた一瞬、部屋の明かりが消えて暗くなってからすぐに明るくなった。おっ、効果があったのかな?
「どこで売ってるのかわからない素敵そうなパンを食べた中道理子です。ウフフフ、ヘンな魔法やね」
黒山さんが、わたしの真似をして言ってからニッコリ微笑んだ。まったく、みっともないったらありゃしないよ、わたしはやっぱり顔から血が噴き出しそうなほど恥ずかくなったんだけれど、黒山さんの笑顔の中に、90歳の婆さんである黒山さんの面影を発見していた。
そうしているうちに、男連中3人の着替えが終わった。ところで3人の格好なんだけれど、今日は3人共が勇者ではなかった。勇者なのは旦那さんだけで、緒方さんと松永さんの2人は、真っ赤な兜と鎧と籠手とブーツを装備して、立派な斧を持っていた。二の腕がむき出しなのが気になったものの、なんか頑丈そうだし、強そうだった。
「ほなら、松永さん、緒方さん、早速外に練習に行きましょか?」
旦那さんが言うと、緒方さんが言った。
「ウイスキーは?」
緒方さんは、ホントのホントにお酒が好きみたいだ。
「まだもうちょっとかかりそうですから、先に練習しときましょう。一汗かいてからのお酒の方が、美味しいに違いないですよ」
「そうかな~?」
「絶対美味しいですって。それにアレですわ、次は女子が着替える番ですから、なんにせよワイら男連中は、ここから出て行かなあきませんねや」
「そうか――」
「さぁ、行きましょ行きましょ」
旦那さんは、あまり気の進まなさそうな2人を扉の前まで連れて行くと、こちらを振り向いて言った。
「ほなら、ワイらは先に外に出とるから、3人はそこのベッドの上に用意してある装備に着替えたら出て来るんやで」
旦那さんは扉を開け、3人は外に出て行った――。
それで、わたしはすぐに着替え終わったんだけれど、黒山さんがちょっと手こずっているみたいだったので、手伝って衣装を着せた。着せてみると、白と紫のロングドレスで、体部分にはその上に軽い鎧は装着しているものの、どこが魔法使いなの?って感じの格好になった。特に防御面での不安が大きい。腕なんかむき出しだし、頭に兜なんて物はなく、デッカイリボンで長い髪を束ねているだけだったからね。
まぁ、わたしの装備も二束三文なんだけどさ、どうしてこの世界の装備って、防御のことをちっとも考えてないのだろう?とにかく腕むき出しが好きみたいなんだけどさ、あんな凶暴な牛がいるってのにさ、もうちょっと考えてもらいたいもんだよ、まったく――。
「わ~、かわいい~」
しかし黒山さんは、鏡で自分の格好を見ながらすっかり喜んでしまっている。ことの重大さがまるでわかってないね、牛がいるんだよ、牛がさ――。
3人の着替えが終わり、さぁ出て行くかと思ったその時、この小屋にとんでもない事態が巻き起こった!




