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第4話 ずっと手を洗い続けている

 なにごと!?


 わたしはビックリして、4号室を飛び出した!すると洗面所の前で、「ゼメシナール愛の家」の管理者兼ケアマネージャーである福井さんが手を洗っているのが見えた。


 福井さんは50歳くらいの女の人なんだけれど、わたしより背が高くてスラッとしてて、髪を腰まで伸ばしている。服装はと言えば、常にスタイリッシュで、いっつも白いパリッとした白いカッターシャツと、黒のスラックスを履いていて、まるで一流オフィスで働いてそうな出で立ちだった。


 どうやら利用者以外誰もいないところを見ると、さっきの叫び声の主は福井さんらしい。わたしは福井さんになにがあったのか聞こうと思って、洗面所に近づいて行った。


「あ、中道さん!ちょっと聞いてえなぁ!」


 すると、わたしが聞く前に、福井さんの方から興奮気味に話しかけて来た。


「どうしたんですか?」


「どうしたもこうしたも、私ウンコ触ってもうてんよ~、どないしょ~」


 ウンコを触ってもうてん?そうなの?でもさ、「どないしょ~」たって、どうしようもないよね。それが介護っていうものだからね。とは言うものの、一応調子を合わせておこう。


「え?どうして触ってしまったんですか?」


「それがな~、ここに入って来た時になんかドアの前に黒くて丸いモンが落ちとうなぁと思って拾ったらなぁ、それがウンコやってんや~。どう思う?」


 どう思うたって、それが介護っていうもの――あ!!


 もしかして、そのうんこって、わたしがさっきぶっ飛ばした黒山さんのコロ便じゃないの!?


 あれま~。見れば悲壮な表情で、ゴシゴシゴシゴシ、必死で福井さんは手を洗い続けてる。それはそうだろう。福井さんのウンコ嫌いはハンパじゃないのだ。だから、どんなに人手が足りなくたって決して現場には入りはしない。絶対に排泄介助をしたくないからだ。そして、そのフォーマルな出で立ちと腰までの長い髪が、絶対に現場には入らないという頑強な意志をありありと表現しているようだった。そんな格好で、介護現場の仕事なんてできるわけがないからね。


 そんな猛烈ウンコ嫌いの人に「それはわたしがぶっ飛ばしたウンコです」なんて言えるわけがないので、しらばっくれることにしよう。


「ヘンですね~、どうしてそんなところにウンコが落ちてたんでしょうね~」


「誰かがしたんかな~?」


 相変わらず悲壮な表情で手を洗い続ける福井さん。ご愁傷さま。それでは時間もないので、わたしはあなたが嫌いな現場の仕事に戻ります。

 

 それにしても、この人手不足が深刻な高齢者介護業界にあって、ここの2人の管理者は気楽なもんだよ。1人は勤務中に散髪屋に行って角刈りにするし、もう1人はどんなに人手が足りなくても絶対に現場に入らず、ちょっとウンコを触ったくらいで、泣きそうになりながらずっと手を洗い続けてるんだからね。


 まぁ、いいや。今そのことについてゴチャゴチャ言ってる場合じゃない。時間がないからね、さっさと部屋巡りの続きにまいりましょう。続きは5号室の山中さんの部屋からだ。


 わたしは5号室のドアをそろそろ~っと静かに開ける。ドアを開けると、山中さんはベッドで寝ていた。思ったとおりだ。山中さんがフロアにいない時は、大体部屋で寝ているのだ。


 山中さんは67歳とまだ若く、短髪黒髪で見た感じ賢そうなので、訪問してきた他の利用者の家族さんが職員と間違えるくらいだ。そんな山中さんが半年前に入所して来た時は、少々認知症はあるものの、見た目どおりしっかりしてて、ちゃんと会話もできてたし、料理作りなんかも手伝ってもらえていた。しかし、なにが原因なのかはわからないんだけれど、日に日に認知症の症状が進んでしまって、今やまともにコミュニケーションが取れなくなってしまっている。ブツクサ言いながらフロアをウロウロしていることが多くって、こちらの言うことをなかなか理解してもらえない状態だ。そして時に機嫌が猛烈に悪く、そんな時にお風呂やトイレに連れて行こうとしようものなら、パンチやキックの雨アラレになってしまう。細身の体で、身長だってそんなに高くはないんだけれど、まだ若いので、そうなったら大変なのだ。


 そんな山中さんの部屋はちょっと変わっている。他の人の部屋は、ベッドとタンスにテレビがあって、壁にはカレンダーとかレクで作った貼り絵とかの作品が貼ってあるくらいで、似たり寄ったりなんだけれど、山中さんの部屋にはドラゴンクエストのグッズが結構ある。まずスライムとホイミスライム、それと勇者のぬいぐるみがある。勇者のは山中さんがいつも抱いて歩いており、「お父さん」とか言って話しかけている。それからモンスターのフィギアが5体ほど引き出しボックスの上にあり、ドラクエ2と3のポスターが貼ってある。いつも使ってるマグカップだってスライム柄だ。山中さんには40歳くらいの息子さんが1人いるので、息子さんがその昔、ドラクエ2だか3だかを好きだったのかもしれない。


 ところで山中さんは、旦那さんを7年前に亡くしている。だから勇者のぬいぐるみを旦那さん代わりにしているのかもしれない。今も山中さんの顔の横には、勇者のぬいぐるみが立つようにして置いてある。


 ぬいぐるみは体長40センチ程で、黄色い全身タイツの上に、青いノースリーブの短いワンピースみたいな服を着て、紫のマントを羽織り、両腕には茶色の籠手、両足には茶色のブーツ、そして頭には青い宝石が埋め込まれた金色の冠みたいなものをしていて、そこから黒髪が逆立たせていた。全体的に黒ずんでいて汚い。いつも抱いているし、随分昔の物だろうからね、汚いのはしょうがないんだろうけどさ――。


 おやすみなさい――わたしは心の中で山中さんに言って、部屋を出ようと思って振り返った。

 

 その時だった!


 山中さんの隣りで寝ていた勇者のぬいぐるみが、背伸びするように上に動いた気がしたのだ!え!?わたしは振り返って、勇者のぬいぐるみをジツ~と見てみる。


 動かない――。


 おかしいな、間違いなく動いたんだけどな――う~む。でもまぁ、山中さんが触った加減で動いたのだろう。それにしては不自然な動きだったけどな――わたしは若干心に引っかりながらも、いつまでもこんなことをしてられないので、部屋を立ち去ることにした。


 そして部屋を出たところで、驚愕の光景を目の当たりにすることとなった――。


 なんと福井さんが、まだ手を洗っていたのだ!!


 わちゃ~!なんとあきれた人なんだろう。大体、どれだけ暇なのって話しだよ。それはそうと、福井さんってケアマネージャーになるまでは現場で働いていたらしいんだけどさ、一体どうしてたのかな?いちいちウンコを触ったくらいで何分も手を洗ってたら、仕事になんないと思うんだけどな――。


 どうでもいいんだけどさ、とりあえずひとつだけ確実に言えることは、「ゼメシナール愛の家」の管理業務は、よっぽど暇だってことだ。


 あ~あ、アホらし――。

 


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